11 心理のドア
「随分と大きなチップを用意させるものだな」
「おや、ナナカ姫の覚悟の大きさに釣り合う掛け金にさせて頂いたのですが、納得頂けませんかな?」
飄々とした、わざとらしい口調が明らかな挑発だとナナカには分かった。これもこちらに対する試験なのかもしれない。
「なるほど、確かに私の心の覚悟に見合うかもしれないな。だが、肝心の景品が見劣りしてしまってはそちらの立場がないだろう。もう少し色を付ける許可を与えようではないか」
相手のペースに乗るわけにはいかない。何よりも主導権を握られたままなのが嫌いだ。
その為に「こちらは譲歩してやるから、お前もバランスを取れ」と遠回しに言ったのである。
「確かに王位継承権を軽く扱い過ぎたかも知れませぬな。宜しいでしょう。ならば、ワシの全財産もテーブルに乗せるとします。ナナカ姫にとっては大した物ではないかもしれませぬが、これ以上乗せる物が御座いませぬからご了承頂きたい」
「貴様の全てか。これは拒否出来んな。面白い。では、さっさと始めようではないか」
正直、財産など興味などはない。
しかし、軍人を長く続けて来た事で手に入れた財産は、その人間にとっては命懸けで手に入れたものである。
これで納得しなければ賭けは始まらない。相手は自身の人生の全てを賭けているに等しいのだから。
「では始めるとしましょう。何かゲームに提案があれば、お聞きいたしますがどう致しますかのう?」
「特に提案はない。ただ出来るだけ簡単な方法でお願いしたいところだ」
これは当然の話だ。
夢の世界では色々なゲームや賭けの経験もあったが、こちらの世界の記憶は新鮮過ぎる。
少なくても目が覚めてから、それらしき経験はない。となれば、難しいルールや時間のかかるものは不利になるだけである。
「では、コインを床に落とし、見えている方の絵柄を当てるというのは如何ですかな?」
「それなら私にでも分かる。それで行こうではないか」
ようはコイントスであろう。
夢の世界では球技の好守を決める際に使われていた、それに近い事をやろうというらしい。
ただ、1つだけ気になったことがあった。
爺様の隣に立つ男が口を挟まずに、珍しいほど真面目な表情で成り行きを見守っているのだ。
シェガードが戦場以外で真剣になる姿など想像もしていなかっただけに不気味だった。
「では、このコインを使うとしましょうか」
爺様がそう言うと懐から銀色のコインを取り出した。
それを「確認してくだされ」と、こちらの掌に乗せてくる。
渡されたコイン自体に仕掛けがあるようには見えなかった。ただ、確かに絵柄が両面で違いがあるようだ。
その絵柄とは片方が太陽を象ったもの。もう片方が三日月を象ったものである。
「それは空のコインと呼ばれており、表が昼を現す太陽、裏が夜を現す月を象ったもので、運命を決める、または幸運を呼ぶと言われております」
「ほう……太陽と月か。表と裏を表現するには面白い絵柄だな」
その言葉を聞いて思い出すのは、あの姉弟。
ただ彼らには表も裏もない。どちらも眩しいほどに素直で真っすぐな人間である。
正直、いくら幸運のコインとはいえ、こんな賭けに使われる物と一緒にしてはいけないと心に蓋をした。
「では、落とす役割は公平にシェガードに任せても宜しいですかな?」
「ああ、構わないとも」
恐らく彼の性格からいえば、自分寄りになる事も旧知の仲だというフェルの味方をする事もない。
もちろん、こちらに有利になるように落としてくれるなら歓迎するが、相手もそれをしない事を分かっての提案だろう。ならば、断る理由はない。
「では、ナナカ姫はどちらになさいますかな?」
「選択権をこちらにくれるというのか。では、ありがたく受け取っておこう……」
所詮どちらを選んだところで2分の1。こういうものは難しく考えるだけ本来は無駄ではある。
しかし、先ほど蓋をしたはずの姉弟の事が頭をよぎる。――太陽を選ぶか、月を選ぶのか。
もちろん別物の話なのだが、一瞬でも頭を掠めていた思考は簡単には拭えないようだ。
(どうするべきだろうか?)
難しい。
でも別に考えるのが無理なら、逆に一緒にしてしまうのはどうだろう?
例えば、この王都に現在同行しているのは太陽の方である。
だったら、これを運命と考えてしまえば良いのではないだろうか。
そう、現在の状況はこの選択の為にあったのだと。
「太陽だ。私は太陽を選ぶぞ」
「では、ワシは月を選ぶとしますかのう」
2人は答えは出揃った事を確認するようにシェガードに視線を向ける。
その視線を決定の合図と受け取り、中立者はスタートの時間を言葉にする。
「いいぜ。準備が出来たようだな。じゃあ、勝負を始めようかっ!」
同時に金属が指で弾かれる音を残し、コインは空へ飛び立つ――今、傭兵の手から運命は放たれたのだった。