10 王都が大舞台
結局、ミゲルは渋々ながら作戦の参加を受け入れた。
彼が元々は演劇舞台の上の人だった事は、ナナカ以外の人間は随分前から知っていたらしい。
確かに自身の情報源であるシェードが館内で、頻繁にメイド達と一緒の姿を確認している。
その程度の情報は伝わっていたとしても当たり前なのかもしれない。
とにかく、ミゲルを中心としたその計画は日を改めて実行される事となった。
もちろん、ミゲル一人だけでは達成は不可能である。
準備に為、みんなに動いてもらう。例外はマコトくらい。彼女だけは勇者という立場上、人同士の争いに巻き込ませるわけにはいかない。
それに、彼女が王都に来たのは別の目的の為である。
元々、この王都にある旧地下都市に用があったから同じ土地に来ていたが、今頃は目的の場所に足を運んでいるはずであり、次に会えるのは何時かもわかっていない。
シェガードからも「安全な場所ではないがマコトなら何事もなく帰ってくる」という、彼なりの保証の言葉を口にしている。その場所の知識がないナナカとしては信じるしかない。
その傭兵も己の役目を果たすために行動している。
彼の役目はラルカットの近衛隊を師事した人物との橋渡し。
相手は退役した軍人で、少女達を鍛え上げる為にラルカット個人に再雇用されているらしい。
名を「フェル・バートン」元将軍。同じ戦場を駆けていた知人だという。今回は彼にも協力を頼む必要があるのだ。
そう、今回の”親善試合”を行う為には……
夕食後――
シェガードは戻ってきた。
ただし1人ではなく、2人で。
共に現れたのは白髪交じりの短髪に、同じような色の髭を蓄えた男。驚くべきはシェガードと並んでも違和感がない存在感だろうか。
ただし、雰囲気は全く違う。
シェガードが飄々とした態度で掴み所がないタイプであるのに対して、その男は相手に緊張感を求める空気を放っている。
まるで、こちらを敵だとでも認識しているかのような感覚である。
「お嬢、このおっさんが『フェル・バートン』元将軍。王都一の頑固爺だ。直接、話をさせろって聞かないから連れてきた」
「初めまして姫、ご紹介にあずかった、フェル・バートンです。フェルとでもお呼びください」
退役軍人だったという割には言葉はハッキリしており、隣に立つシェガードにも引けを取らない肉体は現役を思わせた。
「私がシャールス・ベイル・ナナカである。今回は無理な願いを申し出をすまない」
「はあ、少々驚きましたが、要はあの子達を姫が引き取る為に必要な願いであるのですな?」
言葉に隙が無い。
言い方がきついとか威圧しているとか、そういう事ではない。
ナナカの事を信用していない人間の雰囲気である。
「ああ、ラルカットから頼まれた。そして断るつもりはない。何とか円満に解決したいと思っている」
「なるほど。ご兄弟として兄の願いを聞くために必要な事だから、私も雇い主の思いを酌めという事ですな。確かに筋は通っております。ですが……そこに本当に何の企みがないと、どう判断すれば良いのですかな?」
どうやら彼は、ナナカがラルカットを唆したのではないかと疑いを持っているような口調だ。
もちろん、こちらとしては唆したつもりも、騙そうとしたつもりない。純粋に兄の子供らしい願いを叶えてやりたいと思っただけである。
ただし、それをそのまま言った所で信用してもらえる相手には見えない。
彼はこの国、王族、貴族の間で生きてきた人間。そこには純粋な心など見る事が出来ず、常に泥水の中に居るような状況だったかもしれない。
そんな彼からすれば、例え、目の前にいるのが7歳の少女だとしても信用する理由にはならないのかもしれない。
「なるほど確かにな。しかし言葉で納得させる事も難しいのではないか?」
その言葉を受けた元将軍は、一瞬だけ目元を細めた。
「よく分かっていらっしゃる。若いとはいえ、流石に王族の血を引く方です」
「お世辞はいらん。どうすれば信用するのか、それを口にしてくれ」
「これはこれは……長い間、主を持つ事しなかった、このシェガードがべた褒めするだけの事はありますな。わしも少々興味が湧いてきましたぞ」
「おいっ! 誰がべた褒めなんてしたんだよ、この爺が……!」
とりあえず悪態をつく、シェガードに優し気な微笑みを向けてやる。
彼は、それだけで「チッ」と言葉を吐き出し、やや頬の色を変えながらも口を閉ざした。
珍しく照れているのかもしれない。
出来れば夢の世界の写真という物に残しておきたい姿だった。
ただし、何時も陽気な傭兵から滑稽な姿を引き出した事が、この相手が容易なる人間ではないと示しているともいえる。
「それで、貴方の希望する”試験”は何時始める気かな?」
「いやいや、試験と言うほどの事ではないですが、遊びの延長とでも考えてもらいましょうか。ただし、何かを賭けて頂いた方が面白いとおもいませぬか?」
「ほう……ギャンブルと言うわけか、面白い。それで何をテーブルに乗せろと言うんだ?」
「そうですな、王位継承権というのは如何ですかな?」
その言葉を吐いた顔には冗談と言うものは含まれているようには見えない。
少なくともナナカには、そう見えた。
そして今、元将軍は昔に片づけたはずの見えない剣を心の物置から引っ張り出し、少女へ向けようとしていた。