9 メイド・イン・メイド
室内には遅れてきたメイド達には、いつも満面の笑みではなく、珍しく苦渋の顔を浮かべている。
現状の説明は終わっていた。
本来なら相談の対象にならないはずの彼女達にとって、これほどの重大な話が王都で待ち構えているとは思っていたなかったであろう。
ちなみに今回の王都組は5人。
出来るが悪戯好きと評判のメル、その彼女から被害をよく受けているらしい館一の胸の持ち主であるサーシャ、最年少でナナカに最も近い年齢のミーヤ、後は魔物との戦いで魔法を行使してくれた2人で、ルルとシルヴィアである。
大きな期待をしていたわけではないが、夢の中でも「もんじゅの知恵」という、人が集まる事で知恵も高まると意味の言葉もある。それに同じ方向を向いた人間が何人も集まるよりは、違う方向からのアプローチが役に立つ事は多々ある。今回はそれに期待しているのだが……。
「どうだろうか? 何か案があれば遠慮なく申し出てくれ。なぁに、失敗しても命までは奪われないだろう。気楽に構えてくれればいいさ」
それを口にしながらもナナカの内心は気楽ではない。そして失敗するつもりもない。
しかし、妙な緊張は頭を固くするものである。
少しでも柔軟な状態へと誘導するのは大事なのだ。
「交換条件を軽くする方向で考えますか? それとも交換条件自体を成立させない方向で考えますか?」
そう口にしたのはサーシャ。
彼女は真面目で少々固い所があるが、堅実な仕事ぶりとミスをしない事で評価されている。
だからだろう、土台からの話を進めようとする。
「成立させない。つまり無条件で引き受ける事を目指したい。もちろん、どうにもならなければ最初の方向で進めるしかないが、とりあえずは最高の結果へ向かおう」
「なるほど。となると、こちらから引き受けの話を持ち出すのではなく、相手側を先に動かす必要があるのではないでしょうか?」
「確かに相手から話が出るなら無条件も難しくはなくなるが、どうやって誘導するかだな」
普段はメイドとして家事をメインとして働いているが、彼女達はそれしか出来ないからそうしているのではない事は分かっていた。末席とはいえ、王族の側付になるのは簡単な事ではなく、十分に「ふるい」にかけられて選ばれている以上は優秀でないわけがない。今のやり取りだけでもそれは証明されている。
「餌を撒いては如何でしょうか?」
「餌だと?」
「あっ、あれですねっ! 早く終わった子には、あま~いケーキを褒美に上げるっていうっ!」
突然、サーシャとナナカの会話に飛び込んできたのはミーヤである。
その発言はとても能力を証明しているとは思えない、ある意味で餌に釣られてしまった子供そのもの。
前言撤回という言葉を使うべきなのだろうか、中には「ふるい」の隙間を抜ける人間もいると訂正する必要があるかもしれない。
「あんたね。しばらく黙ってなさい」
素早く注意の中にきつい視線を混ぜるメルの言葉に、最年少メイドはシュンと落ち込みを見せる。
普段の状況であればここまでしないのであろうが、現状では流石に仕方がない。
ただ一番彼女がミーヤを可愛がっている事は館の人間なら誰でも知っている事である。後で上手く治めるだろうから気にする必要ない。
「しかし、罠に宰相を上手く引っ張り込む事が出来るのか?」
「面倒な事をしないで、いっそのこと、国の権力から離れちまった、お嬢の姉さんを経由して引き取ってもいいんじゃねーか?」
「それは私も考えなかったではないがな、誕生日会の件もあるから、しばらく距離を置きたい。それに結局、私の所に移譲されてしまう時に何らかの軋轢が発生してしまうのでは意味がない」
「なんとも面倒を抱え込んじまったもんだぜ。それもお嬢らしいと言えば、らしいがな」
基本的に真っすぐな性格の傭兵に今回のような件は期待はしていなかったが、その判断は間違っていないようである。
やはり、からめ手や裏の話はこの男に向いていない。
こういう状況になる事で本格的に人材確保の必要性を感じざるを得ない。
この件が終われば早急に取り掛かりたいところである。
それでも今回は今のメンバーで乗り切るしかない。
「では、母君の方はどうなのでしょうか?」
「宰相派である以上は単独で動く事はありえないでしょう。宰相とセットでしか動かないと思った方がよろしいかと」
シェードの提案もカジルにアッサリと否定される。
父親程とは言わずとも基本的に苦手の分野である事を自身で証明したようだ。
「誰かが悪評を買う事を良しとするならですが……私に1つ案があります」
それを口にしたのはメルである。
その彼女は悪戯心に火が灯った様に瞳に力を感じる。
ただし、1つの負を引き換えにする案となれば、かなり現実的な案なのかもしれないと期待を帯びてくる。
問題は……
「案は良いとして、その悪評を買う役は誰でもいいのか?」
「いえ、役割を出来る方は限定されます」
「ほう……その大役を勤め上げるのは誰なのだ?」
メルはナナカの質問に答えて優雅に指先を、それを務めてもらう役者へと伸ばす。
向けられた人間は状況を飲み込めずに瞳を大きく開いた後に――
「嘘だろ? 俺が悪役を演じるのか?」
絶対に巻き込まれないと安心していたミゲルが情けない声をあげたのだった。