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ミッションプリンセス  作者: 雪ノ音
2章 王族の役目
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1 危険は日常に

勇者達との会見にかたをつけ、平和な3日目を迎えられると信じたかったナナカ。

だが姫様の日常はそれほど甘くはなかった。

 ナナカは永い眠りから目を覚まして、3日目の朝日を迎えていた。

 果たして良いのか悪いのか、あれ以来は夢を見た覚えはない。

 といっても、もしそれが夢ではなく現実に戻るフラグだとするならば、サラリーマンとしての生活の続きとなると海でおぼれた事が前提になってしまう為、ゾンビとして生き返る人生にでもなるのだろうか。しかし流石に3日目となれば、こちら側は夢でなく現実だと判断してもよさそうだった。


 ちなみに例の投機奴隷だった、ルナとサンは、この館で生活する為にカジルの提案により、庭師の見習いと言う形で外庭の管理の仕事につくことになった。さすがに中庭に元奴隷をいきなり入れる事は反対される可能性も考慮されての措置であったが、カジルの提案は考えの至らないナナカにはありがたい申し入れだった。もっとも、ナナカとしては奴隷として扱うつもりはなく、出来れば友達感覚で居てもらいたい気持ちはカジルも感じてはいるようで、それとなく館の働き手達に「扱いについては姫様の大事な所有物」という形で伝えているそうだ。完全に納得はしていないが世界の常識から外れすぎる事は余計な敵を作りかねない事を理解したからこそ、そこに落ち着くしかなかった。


 そして勇者マコトに関しては、正式に支援をする事をカジルが伝えたらしい。もちろん数日後に行われる誕生会にも招待したが、こちらは断られたそうだ。残念である。今後の方針や打ち合わせ等も予定しているが、正直なところナナカの出番はなさそうである。現実についての情報が少なすぎるのだから仕方がない。


 ちなみにバモルドについては支援の打ち切りを確定のものとして公表もした。しかしバモルドはあの後で、そのまま町の有力者や貴族をまわっていたが面会を断られ続けたという噂が入ってきたとの事。その後は足取りは掴めていないが、この町にはもう居ない可能性が高いようだ。


 カジルが言うには、この町で支援する者が居なくなっただろうと。当然と言えば当然かもしれないが、その町の王族から支援を断られたという事は問題がある勇者と烙印を押されたも同然。下手に騒げば王族の意に逆らう者だという疑いを掛けられる可能性すらある。バモルドが選択できる道はそう多くはないのだろう。


 問題としては逆恨みが怖い所ではあるが、そんなこともまで心配したところでしょうがないのも事実だ。


 それよりも、もう一つの出来事の方が重大な事件だったと言えるだろう。

 それは先日のお風呂での事。あれは最悪の事件の1つとして数えてもいいはずだ。この最悪というのはナナカだけの認識なのかもしれないが、内容については自身の口から話す事は今後もない。たとえ、メイド達がどこかでその話で盛り上がっているとしてもだ。


 ナナカは思う。

 メイドに夢を見てはいけない。

 女は怖い生き物だ。

 夢の世界のメイドカフェなんて嘘の塊だったのだと。


 そうやって昨日の事を思い出し身震いを憶えた、その時にそれはやってきた。


「「「「ナナカ様! お着替えの時間でございます! 失礼させて頂きます!」」」」


 昨日の朝も着替えと言う名の、ひどい自尊心を汚される儀式がメイド3人によって行われたのだが今日は3人でなく、4人に増え、飢えたような8つの目がナナカを舐め回す様に見つめていた。


「ちょ……ちょっと、まって! じぶっ」

「「「「着替えは私たちのお仕事です!」」」」


 これを館の主に対するひどい仕打ちだと思うのは、この場ではナナカだけだと確信した。メイド達からは使命感よりも喜びの強さが、その上気した頬の色からも想像できた。


 ……この館にはメイドと言う名の魔物がいるっ!


 その後に館に響くことになる6歳の子供の絶叫は、メイド達の仕事と称した強制執行により、彼女らのご褒美として料理されたのであった。




 そして……メイド達の退室した後の部屋には今日もフリフリの可愛さを強調された蒼いドレスを着せられたナナカが1人立ち尽くす。気付けば、そこに何事もなかったかのようにカジルが入口で笑顔を浮かべていた。


「姫様。今日も元気な声が聴けて何よりでございます」

「……」

「姫様。何か不満でもございましたか?」

「き……着替えは……1人で出来る!」

「つまりメイド達の仕事を取り上げて、暇でも与えろとおっしゃられるのですね?」

「そ、そうじゃないが……」

「仕事を与える事、喜びを与える事は主として必要な事です。ましてや王族であるのですから貴族たちの見本になるように振る舞って頂かなくてはいけません。それに姫様の赤い髪に今日の蒼いドレスは美しさを際立ててお似合いですよ」


 カジルの言葉は恐らく間違っていないのだろう。ただ似合っていると言う部分には背筋が妙にむず痒いような妙な感覚を覚える。こちらとしてはいろいろと何か間違っている気がしてならない。ただ結局それを納得させるだけの言葉を今のナナカでは形する事が出来なかった。


 ……い、いずれ……!


 こうして無駄と理解していながらも決心を誓うのだった。



「姫様。それよりも今日はご紹介したい方がいらっしゃるのです」

「それよりって、ここまでの話は私にとっては大事な話だったぞ?」

「ですがお客様がもうこちらにお見えになっておられます」


 ……なんか強引だな、おい。


「シェガード様。どうぞ、お入りくださいませ」

「誰だ? それは?」


 ナナカの問いに答えるまでもなく、紹介された男は遠慮のない足取りでカジルに体を並び立つ。その体格は血の匂いすら漂ってきそうな戦士のそれ。動きやすさを重視したような鎧から見える肌には幾つもの傷跡が見え、無駄に肉のついていないが大柄な姿は獲物に襲い掛かるために立ち上がった獅子の様である。間違いなく商人や貴族ではない。


「おう。このがきんちょが、お前が言っていた姫さんか? 随分と可愛い声が外まで聞こえていたぞ?」


 声の主はカジルよりも頭1つ高い所から失笑を含んだ言葉で攻撃してくる。


「誰が、がきんちょだ! こう見えてもっ……」


 挑発気味の言葉に対して、思わず夢の世界の事が口から漏れ出そうになる。


「うん? こう見えてもなんだ? がきんちょ」


 一方的な嘲りにナナカの顔は噴火する前の火山のように沸騰する。

 逆に男の方は楽しそうな笑みを浮かべるだけだった。


「シェガード様! それくらいに……!」


 カジルに宥められて仕方がないとばかりに、シェガードと呼ばれた男が両手を軽く持ち上げる。そのワザとらしい仕草がナナカには不快感を強める要素にしかならなかった。とはいえ、王族に対する侮辱を王族の権力を盾として言葉を発する事だけは耐え抜いた。


 一呼吸入れるだけの気持ちを取り戻し、カジルの言葉を待つことに決める。夢の経験がギリギリ役に立ったと言えなくもない。


「ほう……抑えたか。ただのがきんちょではないようだな」

「シェガード様。姫様をおためしになるのは、それくらいにして頂けませんか」


 ……試すだと?


「姫様。申し訳ございません。昔からシェガード様は遊びで人を怒らせるのが趣味みたいな方でして……」

「随分と行き過ぎた遊びだな。で、なんだこの男は? まさかこの男まで勇者とは言わないよな?」


 勇者と聞いたとたんに男は先程のナナカの絶叫に匹敵するほどの大声で声で笑い始めた。


「何が、おかしい?」

「俺を勇者みたいな奴らと一緒にするはよしてくれ。見栄や自尊心で飯を食うなんざ、俺には似合わねぇ」


 その隙間から覗かせる人間らしい内面を見ることで、敵かもしれない存在から嫌いな物体くらいには見直す事にする。だがバモルドほどではないにしても、敵としての意識の方がまだ強い。


「カジル」


 ナナカから名を呼ばれた事で説明を求められたのだと理解した執事は、シェガードに口を出さないように視線で注意を促したように感じた。それに不満を見せつつもシェガードとやらは口を閉じ、腕を組んだ。とりあえずは短い休戦を受け入れるようである。


「この方は勇者ではありません。そして冒険者ギルドではなく、傭兵ギルドに属しております」

「傭兵ギルド?」

「冒険者の様に魔物と戦ったり、未開の地を探索する事が主ではありません。護衛や警備、人間同士の争い、つまりは戦争にも関わるギルドです」

「なるほどな。そのギルドから、なぜここへ来る事になったのだ? 依頼でもしたのか?」

「ギルドに依頼はしておりませぬ。私自身が叔父である、シェガード様にお願いしたのでございます」


 意外な一言に、目の前の2人の男を見比べる。

 体格の差に目を奪われがちだが、確かに良く見てみれば目元や口元に似ている部分がないとは言えない。血族の遺伝からくる特徴なのだろうか? 髪も確かに深い森を思わせる色合いは良く似ている。


「言われてみれば確かに似ている部分はあるかもしれないな。しかし願い出たとは、いったい何を?」

「姫様が高い能力をお持ちである事は承知しております。しかし現状を全て理解しているとは言い切れません。はっきり申し上げれば継承権が与えられる日までに命を狙われる可能性をご理解頂いておりません」


 命を狙われる可能性と聞いては流石に軽く終わらせるわけにもいかない。

 シェガードとやらの事は隣に置いておき、カジルの説明を聞く。


 その内容としては継承権を得るまでは不幸な事故にあったとしても死産と同じく、大きな扱いにならない。王族の子供ではあるが王位継承権を与えられるまでは王族としての扱いは小さい。


 実際に、それぞれの王妃達が自身の子供を王に近づける為に他の子供を亡き者にする事は歴史上も少なくないらしい。その場合に血を流させた一族を罰する事は王族の全体の弱体にも繋がる。安易には処理はできない。何よりも王妃や王の血族を貴族や議会が裁けるわけもない。特に継承権を取得していないナナカの王族としての重要性は低い。簡単に事故死として片づけるには持って来いだというのだ。


 現状はナナカにも、それは低い可能性ではない。何しろ抑止すべき父親である王が亡くなったばかりなのだ。もちろん先日までは生きているのか、どうかも分からない眠り姫のナナカであれば誰も敵視も危険視もしなかっただろう。だが今は眠り姫ではない。数日後には継承権がナナカにも与えられる。そこへ昨日の勇者バモルドへの支援打ち切りという行為が積極的、行動的と見られれば野心を疑う人間が出てくる可能性すらあるようだ。


 ちなみに結婚して嫁いで行った場合は当然、王位継承権を取り上げられる。本来ならば王座の闘争には関係ないはずだが、いろいろな理由をつけて介入しようとしてきている現状であれば、彼らとて何をしてくるか分からないらしい。


 これらから導き出されるのはナナカに対して良い風は吹いていない。いや、向かい風のほうが強いと言える状況。つまりは国内に残る王族の中で一番不確定で危険な立場にいるという事。ほとんどの記憶が夢の中の平和な世界が中心のナナカには死を隣に座らせた、王族同士の家族の争いに溜息しか出ない。もちろん全く想像していなかったわけではないが、いざ立ち上がってみれば現実世界の足元は予想以上に脆く、沼地だったというわけである。


「まずは無事に継承権を手に入れなければ安い命になってしまうという事か」

「姫様の自身を商品の様な言い方は賛成出来かねますが、理解としては間違っておりません」

「それでカジルの叔父である、そこにいるシェガードが護衛すると?」

「はい。私としては信頼出来る人間となると叔父上しかいないと判断いたしました」


 カジルとしては信頼できるのだろう。だが、ナナカにとっては違う。

 短い期間とは言えカジルの事は出来る人間だとは理解しているつもりだ。ただ眠る前の記憶がない。まず問題は誰が3ヶ月も眠りに入る原因を作ったのか。現状、その犯人が分かっていないのだ。食事の後に眠りについたと言う話からも近い人間が犯人と見て良いだろう。


 特に当時、他国はもちろん権力者達ですら王の生死については知らされていなかったという。ナナカを狙う理由が分からない。ただ事件発生時は王宮に居たという事は、当時この屋敷に居たであろうメイドは犯人から外しても良いのではないだろうか。もちろん母親である王妃も外しても良いだろう。更に父は論外。自分よりも先に戦場で死を迎えていたのだから。他の兄弟にしても邪魔な母親から狙うべきであり、先にナナカの方から狙う可能性も低いと思われる。ナナカが眠りについた後に母が死んでいる事から狙う順番的には逆にしか思えない。


 犯人、狙う意味、中途半端な睡眠。

 パーツが足りないとは言え、カジルが何かに関わっている可能性も捨てきれない。となればカジルの信頼している人間がイコール味方とは言い切れない。考えれば考えるほどに現状は心から味方と言い切れる人間が1人も居ない孤島の上という事だ。


 1人悩むナナカのその姿を気にする様子もなく我が道を進むが如く、シェガードが閉ざしていた口の扉を開け放った。


「カジルが、どういうつもりかは知らんが俺は、そこのお嬢ちゃんを護衛するとは決めていないぜ?」


 がきんちょから、お嬢ちゃんに格上げ(?)になった事に多少の違和感を覚えつつも、どう転ぼうとも素直に進まない事だけは今確定した。


 ……さて、2日連続で問題発生。全く楽しませてくれるリアルだ。


 面倒くさそうな表情を作りながらも心から湧き上がるそれに対して、嫌な感覚を感じなかったのは夢の経験のおかげか、王族の血のせいか。プリンセスナナカは心のままに今日の対局者に子供らしからぬ視線をぶつけるのだった。

2018.12.13

表現と描写を大きく変更修正を行いました。


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