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ミッションプリンセス  作者: 雪ノ音
1章 王女の目覚め
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1 ナナカ目覚める

 ――終焉


 なぜに、いきなり終焉なのかと驚きのそこのあなた。

 実を言わなくても俺は今、この時間に疲れを感じている。

 というのもなんの因果か、現在大海にて絶賛漂流中。

 本来は朝焼けを眺めに海へと愛車に乗りドライブに来ただけのつもりだった。

 しかし到着してみれば、なんとなく暑さ漂う季節の朝焼けに心を動かされ、ついつい姿を見せ始めた太陽を眺めながら海を泳ぐのも新鮮かと夏の雰囲気に流され、朝焼けで赤く染まる海で泳いでみれば引き波に流され、陸から引き離され、命も流されそうになってる状況。


 まあ、人生を振り返ると、それなりにやる事もやって現在29歳のサラリーマン。

 以前は悲しむ彼女も何人か居たわけだが、現在は女性との付き合いに疲れて趣味と仕事に没頭しており、悲しむ家族も特にいない。ここまでの自分の人生にそれほどの未練もなく、いつ最後になるとしても後悔という文字は思い浮かばないのが現状。


 思えば何をやっても気付けば出来てしまった子供時代も、大人になればただの人である事が理解できる年齢となり、この国の平均年齢から考えれば、折り返し地点到着前に最後の一大イベントが迫っているわけである。ちなみに恐らくもう1時間近くは漂っている気がする。時間の感覚すら失われつつあるが、太陽の位置から考えれば妥当であろう。もっとも太陽と海以外が見えない状況ではとても正確とは言えないかもしれないが。


 ともかく最近は運動もしてなかった為、体力不足である。加齢による体力低下は本人が思っている以上に大きいと聞いたことがあるが、それをこんな状況で実感するとは情けない話である。だが限界地点を見つめろと体が悲鳴を上げると同時にしびれも感じてきており、ここが諦め時だと心すらも折れかけていた。


「まあ、長くもないが悪くない人生だったかもな……」


 口から洩れた語尾が抜けるような最後の言葉と共に全てが溶けるように力が抜けて視界が歪む。沈みゆく海中から眺める蒼穹の色が自身の最後の思い出となった。



 ◇◇◇



「姫様! 姫様! 誰か! 姫様が――!」


 うっすらと持ち上げた瞼に入る視界よりも早く、遠ざかっていく女性の大声が意識を覚醒させていく。

 誰の事だろうか、姫様というのは。世の中本当に「姫様」などと呼ばれる存在がいるものなんだと笑いそうになるが、その騒ぎ声にゆっくり死んでもいられない気分になる。あの世くらいは仕事に追われない、静かでのんびりとした時間を過ごせると思っていたのに甘い考えだったのだろうか。


 何よりも――

 あの世と言えども騒がしい天使がいるだろうか? 

 姫なんて地位が、こちらにもあるのだろうか?

 そもそも、ここは本当にあの世なのだろうか?


 確かに自分は海で溺れた。

 沈みゆく体の感覚も強烈に残っている。

 あの時、瞳に入った海の蒼と空の蒼の重ねから覗き込んでいた太陽の光は、まさに死ぬほど綺麗だった。


 だが、どうだろうか?


 背中から感じられる柔らかな感覚は上質な雲に包まれているようである。

 冷たい塩水ではない。少なくても海ではないだろう。


 では、あれは夢だったのだろうか?


 夢にしては体に刻まれた感覚は本物に思えた。あれが夢だったとするのならどれだけリアル感の世界なのだろうか。あんな夢を何度も見ることになれば、それだけで本当に死の眠りにつきそうだ。となると自分は誰かに助けられた可能性もない事もないのか。

 まだ重い瞼を意識して持ち上げる。

 何気ないはずの動作が酷く重い。悪戯で糊でも塗られたのではないかというほどに。


 やがて、自分の意志が瞼の抵抗に打ち勝った。

 最初は霞んでいた視界も周囲を確認出来る程度になり、落ち着いて見渡す。


 どうやら自分が寝ている場所は天蓋付の上質なベッドのようだ。普通のサラリーマンでは、とてもじゃないがお目にかかれない代物。物語などの話で聞く程度で、普通の家具店でも見かけたこともない。


 現在、そこに自分は体を沈めている。

 よく分からない状況ではあるが実際にあるとこにはあるもんなんだな……と感心しながらも周辺へと視線を移す。


 視界に入ったのは蒼い絨毯のひかれた、20畳程の室内空間。

 蒼い世界に包まれて死んだはずなのに、違う蒼に囲まれている。

 そして海に比べれば狭いかもしれないが部屋としてみれば広い。

 少なくても寝室として使うには無駄と言えるレベル。

 更に室内には高級感漂うアンティークを思わせる調度品の数々。

 居るところには居るものだろう。こういう金持ちが。

 ただ大きな花瓶に誰かの為と思われる花を見ると、さすがに状況も掴めてくる。

 ここは自分の為の部屋で、自分の為に飾られたアンティークと花なのではないかと。

 いや、間違いなく自分にだろう。とはいえ当然、状況理解が追い付かない。


 場所不明、状況不明、疑問符しか出てこない。ただ、世界とは個人の状況など待ってくれない。時間は共通に経過していくものだ。1人のために待ってくれる時計はない。


 先ほどの声の主が走り去っていったと思われる方から、やまびこのように何人かの気配が近づいてくる。もちろん事態不明のこちらとしては緊張しかない。そこへ開けられたままの扉から3人の男女が飛び込んでくる。


「ナナカ姫! 目覚められたのですね!」

「体に異常を感じるところはありませんか!?」

「奇跡だ! 奇跡が起きた!」


 なぜだか、すんなりと『ナナカ』と言う言葉を自分の事だと受け入れてしまえる自身に驚きを感じるが、準備されていない脳から絞り出された言葉が口から――


「すまん、全く状況がつかめん」


 と素直な心の声が漏れたのだった。




 その後の3人……医者、看護婦、メイドから聞いた話をまとめれば、自分は3か月前に食事の後に意識を失い深い眠りについていたそうだ。先ほどから「姫」と言われている通り、どうやら、この国の王女らしいが齢は6歳と随分と幼い。つまりは29歳のサラリーマンではないと言う事。本来であれば、3か月も食事もなしでは生命の危機も同然のはずだが、全くそういう異常は無いらしく、深い眠りからこの体は今日まで覚める事はなかったらしい。後は『ナナカ』という名前について、すんなりと自分の事だと受け入れられたのは間違いなく自身の事だと体が覚えていたからかもしれない。しかし簡単に納得出来るかと言われれば別である。


 29年間生きていた記憶が嘘だったとも思えない。ただ、どうしても夢としてかたずけるにはリアルすぎた事と、3か月眠っていたといわれても29年と3カ月では随分と開きがある。もしかして夢だったとすれば、そういう事もあるのだろうか?


 記憶を振り返る――

 小学校、中学校、高校、もちろん、その後の記憶もはっきりとしている。それに……俺? 私? は姫。つまり女性であり性別まで逆とは、これはどうなのか?


 正直、名前に感じるものはあっても姫として6歳までの記憶の方がない。男として生きてきた29年間の夢の方が自分の人生の大半を占めてしまっている気がする。たとえそれが夢であろうと男として異性と付き合った記憶すらある自分が女性??


 急に働かせた脳が悲鳴を上げるように眩暈がしてきた。


 シンクロするように揺れる俺の体を見た、3人に安静を勧められて再びベットに体を埋める。「きっと夢だ夢だ」と言い聞かせ、ショックで気を失うように眠りへと落ちて行った。


 結局、再度ナナカが目を覚ます事になったのは翌日だった。


 現実と夢とが混合する世界で意識を取り戻した時、やはり昨日と同じ光景と自分の小さな手足に現実を受け入れるべきなのかもしれないと感じ始めていた。プリンセスで6歳であるということを。ただ違っていたのはメイド達。昨日のメイドとは服装は同じでも雰囲気が違う、中でも40半ばと思われる「出来る女上司です」と感じられるようなメイド長らしき人が、こちらからの視線に気づき、こちらの記憶を確認するかのようにこれまでの経緯を伝えてくる。その内容は不思議と耳にすんなりと入ってきて、特に名前に関してはストレートに頭に入り他の内容にも違和感を感じる事はなかった。まるで今まで自身が誰かに洗脳されていたのではないか疑いたくなるほどに。


 最終的に間違いなく自分は『シャールス・ベイル・ナナカ』という名前で6歳の女の子であり、今まで眠り姫だったという履歴と『第4王位継承者』という信じられない現実を与えられた。つまり姫というのは自分のことで間違いないようである。追加として、この後に他の者も交えて現状抱えている問題に早急に対応も決めて行かなければならないらしい。


 とりあえず夢の中の自分と今の自分、どちらを己の自我として認めていくかの問題は自身で解決する方がよさそうだ。訳の分からない現状も問題だが、今の自分の身に起きている問題は他の誰にも理解してもらえるとは思えない。


 更にこちらの内心を知る事もなくメイド長は言う。これから決める対応とは王族の姫の立場としてだと。3か月もの間、眠りについていた6歳の少女に求めるにしては随分と厳しいと言わざるを得ない。どうせなら、よくある小説で異世界に呼ばれたら『勇者でした!』という方を希望したいところだが、6歳の王女とは神様は何か間違えている気がする。とはいえ、現在の自身が姫である事はマイナスよりもプラスの方が大きいはずである。


 ただもちろん問題もいくつもある。ちょっと憧れていた勇者でもなかったことはまだしも、男ですらなく、大人ですらないのだ。他にも考えれば、きりがないほど出てくる事だろう。第一に普通の人間は3カ月も眠れるものではない。何よりも29年の男の記憶がある限り、自分を俺と意識してしまうのはどうにもならない。現実の世界とやらの記憶がないなら尚更だ。精々、その部分が表に出ないように気を付けるべきだろう。


 今後の不安を持ちつつもポジティブな方向へと考えの修正を始めた俺に事件が起きたのは、その時だった。昨日のメイドと新たな2人が誰かの着替えを手に「「「失礼します」」」と、事前に練習でもしていたかの様に声を合わせて入室してきた。そのまま当たり前のように俺の服を脱がせようと手が伸びてくる。


「お、おいおいっ! ちょっ――と、まった――!」

「えっ? どうかなさいましたか?」


 女性に服を脱がされようとしている大人の元男として当たり前の反応をするが、相手には全く理解されていない様だ。相手の疑問については当然ではあるが、こちらとしては夢の世界でのプライドが拒否反応を起こしている。


「何してるわけ?」

「え……着替えのお手伝いですが?」


 姫と呼ばれる身分であれば、それが当たりまえの行為なのだろう。しかし今の自分に受け入れろと言うのは少々厳しい。着替えを手伝ってもらった幼少の頃の記憶なんて、夢の世界の記憶にすら残っていない。ただ頭では分かる。気持ちは別だとしても理解出来る。偉い人って、そういうものなのだろう。でも……そういう趣味は夢の世界でも当然なかったわけで……


「それって、拒否出来たり出来るの?」


 メイドたちの目は自分たちの仕事を理解してほしいと無言で訴えかけてきている。横に控えるメイド長は「子供相手に何をやっているのか! しっかりしなさい!」と言っているようなメイド達への冷たい視線。


 もちろん、29歳までの生きた記憶(?)もある自分だからこそ感じ取れる人生経験による読心術!

 となれば6歳の子供の立場を利用した、つぶらな目による無言の訴えに出ない手はない。


(一人で!) 

(なぜ着替え手伝うのがダメなんですか?)

(自分だけでやっちゃダメか?)

(断られたら怒られるのは自分たちなんですけど?)

(でも、一人でも出来るから!)

(私たちに次の職を探せと?)


 そのアイコンタクトによる争いは見守る様に見つめる、メイド長をイライラを噴火させる程度には続いた様に思う。そうなれば当然――


「何をしているのです! 早くお着替を済ませなさい!」


 と予想通りにメイド長が業を煮やす。

 対局する双方が「雷が落ちる」と言う言葉を体験して体を震わせるが、表向きはメイド達の方を叱った形ではあるのだろう。表向きは。しかし鋭い視線は俺の方にも向けられているのだから実際は双方にで間違っていない。


「し、仕事なんだよね……」

「「「はい!」」」


 3人のメイドの声が再度ハモった。

 民主主義で育った俺には抵抗する事は無理だった。負けたつもりはない。ただ俺はちょっとだけ折れたのだ。きっと。かわいいメイド3人に、そんな視線とセリフで攻められたら……限界がある。そりゃ勝てるわけがなかった。


「ええ――い! もう好きにしろ――!」

「「「かしこまりました――!」」」


 返事の言葉が早いか脱がされるのが早いか。その後、室内から子供の年相応のかわいい悲鳴が響いたのは言うまでもない。


 ちなみに俺本人としては色々と感情の入り混じった悲鳴だったのだが、実行犯たちに取っては違ったようだ。今後も毎日続けられる、この行事の際の悲鳴は「天使の絶叫」としてメイドたちの間では密かなブームを呼ぶ事になるのだが、もしかすると何かの機会があれば市民の皆さまにの耳に入る事もあるかもしれない。

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