こんな夢を観た「白いイヌ」
学校へ行く途中の道に、柿の木のある家がある。その家で世話をしているイヌは、しょっちゅう庭から出て、道端をうろついていた。
痩せこけて薄汚れ、いつも目やにでいっぱいだ。かなりの歳なのだろう。鼻は乾き、歩き方にも覇気がない。
人が怖いのか、誰かが道をやって来るたび、家のある側へと身を寄せて縮こまってしまう。
ある朝、わたしがいつものように通りかかると、板塀の向こうから声が聞こえた。
「シロや、今日もご飯抜きだよ。やれやれ、お金がかさんで、たまらないよ」
この家の主らしい。どうやら、ろくにご飯も食べさせてもらいないようだ。
遅刻を覚悟で、隙間から中の様子をうかがってみた。
庭の片隅に、半ば雑草で埋もれながら、みすぼらしい小屋が置かれている。その脇でぐったりと寝そべっているシロ。
鎖につながれてはいるものの、その首の細さと比べて、ひどく不釣り合いだった。
それが証拠に、主が家へと引っ込んだところを見はからって、するりと首輪を抜けてしまう。
シロはよろよろと立ち上がり、板塀の隙間をくぐって、いつものように道端へと出てきた。
わたしの方にちらっと目をくれ、その場に座り込む。
「シロ……」わたしはそっと声を掛けてみた。「君、シロって名前なんだね」
ピクッと片方の耳をかすかに動かすが、じっとあちらを向いたままである。目を合わせたら最後、きっとひどいことをされる、そう信じているらしかった。
それからのわたしは、通学のたび、シロに話し掛けた。
「おはよう、シロ。ご飯はちゃんともらえた?」
シロも次第に打ち解けてきたようで、わたしの言葉に反応してくれる。しっぽをパタン、と振ってみたり、舌を出して見せたり。
時には、まるでこちらの話がわかるかのように、うんうんとうなずくことさえあった。
帰り道、ビニール袋に残して持ってきたパンやおかずを、こっそりと目の前に置いてやりもした。
ただ、どういうわけか決してその場では食べようとせず、庭まで持って帰る。家の主が、そう躾けているのに違いない。
ろくに面倒も見ず、ただ厳しいだけの主に、わたしはだんだんと腹立ちを覚えてきた。
雨上がりの通学路、まだ道は湿っているのに、シロは伏せたままわたしを待っていた。
そう、シロは確かにわたしを待っていたのだ。道の曲がり角からわたしが姿を現すと、心なしかうれしそうに体を持ち上げてみせる。
けれど、いつになくしんどそうで、舌もだらんと垂れ下がったままだ。
「おはよう、シロ。どうしたの? 少し、疲れてるんじゃないの」わたしは心配になってそばにしゃがみ込む。
シロはじっとわたしを見つめている。
わたしはその背に手を置いてみた。初めて触れる、シロの体だった。古いモップのようにガサガサとしている。けれど、血の通った暖かさが間違いなくそこにあった。
「シロ……」なぜそうしようと思ったのか、わたしは自分のおでこをシロのおでこにくっつける。
やさしい温もりが伝わってきた。
休日を挟んだ翌日、いつもの道にシロの姿はなかった。
嫌な予感がして、庭先をのぞいてみる。
すると、犬小屋は潰され、代わりに土まんじゅうができていた。
わたしは全てを悟り、同時に激しい怒りが湧き起こった。
足音も荒く敷地へと入り、インターフォンを叩く。すぐにあの主が現れた。
「あなたは最低の人間だと思う」相手が口を開くより早く、わたしは痛烈にののしる。
「わしが?」主は心底驚いた顔で聞き返した。
「シロはもっと幸せになるべきでした。世話をしている以上、それは当然のことじゃありませんか」
主は、合点がいったとでもいうようにうなずく。
「ああ、あんたは毎朝シロに食べ物をくれていた方ですね。シロもきっと嬉しかったに違いない。あんたが通る頃を良く知っていてね、いつもふらっと外に出てしまうんですよ」
主は土まんじゅうへと向かって歩きだした。その傍らに、何かを掘って埋めたような跡がある。そこを指さし、こう言う。
「シロめ、あんたからもらったもんを、みんなそこに埋めとった。なんせ、重い病気でしてね。ほとんど物が食べられなかったんですよ。薬代ばかりかさんでしまって……」
「じゃあ、ご飯をあげなかったわけじゃなかったんだ」わたしは愕然とした。
「まあ、あんたがそう誤解したのも無理はないですよ。骨と皮ばかりでしたからなあ」
土まんじゅうの前に屈んで、手に持っていた板きれをずぶりと立てる。
〔シロ、ここに眠る〕
心のこもった、丁寧な楷書でそう記されていた。
「シロはかけがえのない、わたしらの家族でしたよ」そう言って、手を合わせる。
わたしもその横に並んで、シロの冥福を祈った。
シロがいなくなってしまったことは寂しい。では悲しいか、と尋ねられれば、不思議とそんな感情は湧かないのだった。
今、ようやく知ったからである。シロがどれだけ幸せだったかを。




