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こんな夢を観た

こんな夢を観た「白いイヌ」

作者: 夢野彼方
掲載日:2014/07/27

 学校へ行く途中の道に、柿の木のある家がある。その家で世話をしているイヌは、しょっちゅう庭から出て、道端をうろついていた。

 痩せこけて薄汚れ、いつも目やにでいっぱいだ。かなりの歳なのだろう。鼻は乾き、歩き方にも覇気がない。

 人が怖いのか、誰かが道をやって来るたび、家のある側へと身を寄せて縮こまってしまう。


 ある朝、わたしがいつものように通りかかると、板塀の向こうから声が聞こえた。

「シロや、今日もご飯抜きだよ。やれやれ、お金がかさんで、たまらないよ」

 この家の主らしい。どうやら、ろくにご飯も食べさせてもらいないようだ。

 遅刻を覚悟で、隙間から中の様子をうかがってみた。


 庭の片隅に、半ば雑草で埋もれながら、みすぼらしい小屋が置かれている。その脇でぐったりと寝そべっているシロ。

 鎖につながれてはいるものの、その首の細さと比べて、ひどく不釣り合いだった。

 それが証拠に、主が家へと引っ込んだところを見はからって、するりと首輪を抜けてしまう。


 シロはよろよろと立ち上がり、板塀の隙間をくぐって、いつものように道端へと出てきた。

 わたしの方にちらっと目をくれ、その場に座り込む。

「シロ……」わたしはそっと声を掛けてみた。「君、シロって名前なんだね」

 ピクッと片方の耳をかすかに動かすが、じっとあちらを向いたままである。目を合わせたら最後、きっとひどいことをされる、そう信じているらしかった。


 それからのわたしは、通学のたび、シロに話し掛けた。

「おはよう、シロ。ご飯はちゃんともらえた?」

 シロも次第に打ち解けてきたようで、わたしの言葉に反応してくれる。しっぽをパタン、と振ってみたり、舌を出して見せたり。

 時には、まるでこちらの話がわかるかのように、うんうんとうなずくことさえあった。


 帰り道、ビニール袋に残して持ってきたパンやおかずを、こっそりと目の前に置いてやりもした。

 ただ、どういうわけか決してその場では食べようとせず、庭まで持って帰る。家の主が、そう躾けているのに違いない。

 ろくに面倒も見ず、ただ厳しいだけの主に、わたしはだんだんと腹立ちを覚えてきた。


 雨上がりの通学路、まだ道は湿っているのに、シロは伏せたままわたしを待っていた。

 そう、シロは確かにわたしを待っていたのだ。道の曲がり角からわたしが姿を現すと、心なしかうれしそうに体を持ち上げてみせる。

 けれど、いつになくしんどそうで、舌もだらんと垂れ下がったままだ。

「おはよう、シロ。どうしたの? 少し、疲れてるんじゃないの」わたしは心配になってそばにしゃがみ込む。

 シロはじっとわたしを見つめている。


 わたしはその背に手を置いてみた。初めて触れる、シロの体だった。古いモップのようにガサガサとしている。けれど、血の通った暖かさが間違いなくそこにあった。

「シロ……」なぜそうしようと思ったのか、わたしは自分のおでこをシロのおでこにくっつける。

 やさしい温もりが伝わってきた。 


 休日を挟んだ翌日、いつもの道にシロの姿はなかった。

 嫌な予感がして、庭先をのぞいてみる。

 

 すると、犬小屋は潰され、代わりに土まんじゅうができていた。

 わたしは全てを悟り、同時に激しい怒りが湧き起こった。

 足音も荒く敷地へと入り、インターフォンを叩く。すぐにあの主が現れた。

「あなたは最低の人間だと思う」相手が口を開くより早く、わたしは痛烈にののしる。


「わしが?」主は心底驚いた顔で聞き返した。

「シロはもっと幸せになるべきでした。世話をしている以上、それは当然のことじゃありませんか」

 主は、合点がいったとでもいうようにうなずく。

「ああ、あんたは毎朝シロに食べ物をくれていた方ですね。シロもきっと嬉しかったに違いない。あんたが通る頃を良く知っていてね、いつもふらっと外に出てしまうんですよ」


 主は土まんじゅうへと向かって歩きだした。その傍らに、何かを掘って埋めたような跡がある。そこを指さし、こう言う。

「シロめ、あんたからもらったもんを、みんなそこに埋めとった。なんせ、重い病気でしてね。ほとんど物が食べられなかったんですよ。薬代ばかりかさんでしまって……」

「じゃあ、ご飯をあげなかったわけじゃなかったんだ」わたしは愕然とした。

「まあ、あんたがそう誤解したのも無理はないですよ。骨と皮ばかりでしたからなあ」

 土まんじゅうの前に屈んで、手に持っていた板きれをずぶりと立てる。


 〔シロ、ここに眠る〕  


 心のこもった、丁寧な楷書でそう記されていた。


「シロはかけがえのない、わたしらの家族でしたよ」そう言って、手を合わせる。

 わたしもその横に並んで、シロの冥福を祈った。

 シロがいなくなってしまったことは寂しい。では悲しいか、と尋ねられれば、不思議とそんな感情は湧かないのだった。

 今、ようやく知ったからである。シロがどれだけ幸せだったかを。

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