お前にとってピンチって勝利だろ?
とりあえず作戦を練らなくては勝始まらないので、自称魔法使いであるソフィに、結界のようなものを張ってもらった。(…ATフィールド展開と唱えていたのは聞かないことにした)
「……で…暁、お前はどうやってこの状況を打開する気だ?」
「え?……ガンガンいこうぜ!」
「いのちをだいじに!もっと具体性がほしい!」
「むむむ…じゃあこの世から一匹残らず駆逐で。」
「それ巨人を屠る作戦じゃねーか!!」
暁に作戦をきいた数秒前の自分を殴りたい!
………とりあえず、俺の打開すべき状況は…
「…あの…ソフィ……なんで草原で眠り始めてんだ?…」
ソフィは柔らかそうな草の上に本を置くと、それを枕にして横になっていたのだ。
「……ここはいい草原……熟睡できる……」
「別に感想きいてねぇよ!?今作戦考えてんだよ!?」
「……急がば回れ……」
「動いてすらいねぇじゃねぇか!!」
駄目だ!!完全に作戦立てる気ゼロ!
「ユキノ、いい作戦があるわ!」
「えー……暁、お前の意見はいやな予感しかしないんだが…」
ソフィも気になるのか、小さい顔を猫のように擦って目を開ける。……ちょっとドキッとした。…じゃなくて作戦だったな
「大丈夫よ!作戦名は……『ヤシマ作戦』!」
「名前からしてアウトじゃねーか!」
「……別名……二子山決戦……」
「お前もノリノリかよ!」
「作戦内容はこうよ!…………………………………」
「…………………どうした?」
「各員の判断に任せる!」
「考えてなかったのかよ!ただヤシマ作戦って言いたかっただけ!」
その刹那、ローブを退屈そうに靡かせていた影野は、急に口元がニヤリと歪んだ気がした。それをみて風斬は「またか…」とあきれるように、腰に手を置く。
「ちっ…それで防御してるつもりか……甘いんだよぉお!」
そう叫び声が響くと視界からローブが幻影のように消えうせ、背筋に冷たい感覚が走った。
「!?あいつはどこいっ…?!」
俺は周りを見渡した時、ソフィの足元の影が少しだけ歪んだ気がした。そこからは体が勝手に動いていた。
「!ソフィ!!」
「?…ユキわぷっ」
俺はソフィの胸に飛び込むような形で突っ込んでしまった。柔らかい感触が顔を包み込む。…あ、ちょっと幸せを感じた気がした。
羽のように軽いソフィは遠くの草原にふんわりと着地。その刹那、歪んだ地面から黒い槍のようなものが突き出し、俺の腹部に見事にクリティカルヒット!!
「っごぅぉあ!!」
ユキノは999のダメージを受けた!!しかしユキノは物凄く痛いだけで死なない。…ほんと…死にそうです…
俺は見下ろすような形で、攻撃してきた場所を睨む。
「…ったく…先輩…もうちょっと…手加減とか…くっ…出来ないんですか?」
「ちっ…おいおい…お前二回も貫かれておいて、ソレは無いぜ。」
互いに少し笑う。俺は苦笑いで、先輩は楽しそうな笑み。
だが、俺は忘れていたのだ。
俺の敵はまだいる。それは一番敵にしてはいけない相手だったのだ。
ソフィの胸に突っ込んだときから、敵は誕生していたのだ。
「ユキノのぉ…変態エロ野郎ぉおおおおおお!!」
「ぎゃあああああ!!ちょっ落ち着ちつごっ!」
突然目を見開いた暁が、頭上にダイブし、俺にめがけて…かかと落とし!!!
……クレーターが出来るのって…月だけじゃないんだな。
つか正直、体を貫かれるより痛いんですが!?
「お…ま…あ、暁…な、に…しやがる…」
「ユキノは私のなのー!!!ソフィに変態なことしちゃ駄目よ!」
…確かに、俺は暁に支配権を渡した。だが!これだけは……ほぼ骨は全損だけど!立てないけど!…これだけは言わなくてはいけない。
理不尽だと。
そりゃあ男の子だもん!ちょっとはドキッとしたよ。幸せも感じたさ!…でもなぁ!!それって骨が粉々になるほど悪いのかよ!!首が腰にくっつくほど悪いのかよ!
しかも、俺の真下にいたはずの影野は既に消え、また風斬の影の上に佇んでいた。
「全く、君も大変だね…そんな人に縛られて。」
風斬は影野の後ろから俺を哀れむような目で見る。その瞬間、俺は少しだけ笑いたくなった。
「……縛られてる…か……ははっ…はははははははは!!」
結局笑ってしまった……風斬だけではなく、暁を含めた全員が俺を見つめる。
……よし、骨はなんとか治ったな……
俺は足取りを確かめるようにゆっくりと立ち上がり、クレーターを這い上がる。…爪に深く土が入った。ここの土は水分多めなのか、全身の服もすぎに汚れた。
だが今は汚れを落とす時間すら惜しい。
「確かに…俺は五臓六腑砕けたり、理不尽すぎる扱いを受けている……けどなぁ…」
……はやく…はやく…アイツの…暁の顔が見たい……あと少しだ
「俺は…そんな関係が…」
汚れた手に、何のためらいの無く上から差し伸べられる手がある。
ふと、上を見上げる。そこには、俺の全てを差し出した人…暁ましろの呆れ半分嬉しさ半分に分けたような顔があった。
「全くーしょうがないなー!ユキノは!!」
そんな関係が……
「悪くないと思ってるんだ…」
差し伸べられた手をしっかりと掴む。
この手を離したくない、出会ったあの日からずっとそれは変わらない。
「ユキノ!あなたは私のものなんだから、しっかりしなさいよね!」
「……ったく……誰のせいだと思ってんだよ…」
「ん?ユキノ」
「俺かよ!」
「…………んでユキノ…何か思いついたみたいだけど、聞かせてもらえる?」
「あぁ…まぁ」
さすがは暁といったところか……俺のことを直感で分かるらしい。勝手に人の回想に割り込めるくらい鋭いので驚きもしないが。
「なぁソフィ…ちょっといいか?」
「……用件次第……」
「用件というかお願いなんだが…ここから影と空気を消すことができるか?」
「……え?…死ねと……言ってる?」
「もちろん俺たちには被害が来ないように……つっても…出来るわけ無いよな…」
いくらソフィが最強の魔法使いだからってそんな都合のいいことが出来るはずが…
「……出来る…」
「できんのかよ!」
「……ただし、かなり長い詠唱が必要……途切れたらやり直し……」
「え?どゆことユキノ?」
暁は理解していないようだが、説明する時間も相手はくれなさそうなのでやるべきことだけ説明する。
「暁、お前にはソフィの詠唱に邪魔が入らないように時間を稼いでほしい。」
「んー…よく分かんないけど分かったわ!!」
「……信じてる……詠唱開始……」」
暁は拳を合わせ、ソフィは聞いたことの無い言葉を紡ぎ始めた。よし。これで勝利への糸口が掴め…
「あのさ…僕、そろそろ終わりにしたいんだけど…いいかな?」
風斬は退屈そうに肩を落とす。それに対して影野は
「そろそろ決めちまおうぜ。結構退屈してきたしな。」
とか言いながらフードを深くかぶりなおす。
…先輩、そんなこと言ったら…駄目ですよ。だって
「…この私と闘って退屈ですって?……絶対ぶっ壊す!」
暁さん…目に殺意しかありませんよ。
「ねぇユキノ…」
「は、はい。なんでせう。」
「すっごい私たちって馬鹿にされてる?」
「…おそらくな。」
「ふーん…そーなんだぁ…ふーん…へぇ…」
ぷるぷると怒りで震えている破壊者との、暁とのこれからの会話によって、俺達の運命は決まる。そんな気がした。
「…こんな時、どういう顔をすればいいかわからないの…どうすればいい?」
さぁここで問題、俺は今から暁にどう返せばいいでしょう?
①笑えばいいと思うよ。
②笑えばいいと思うよ。
……は?選んだ場合どうなるかって?決まってんだろ?
「…笑えばいいと…思うよ。」
「うふふふふふふふふはっははははははは!!そうよ!そうよねぇ!人生は笑って過ごそうねぇ!あははははははははは!……ふぅ……さてと…」
暁はひとしきり笑い転げた後、俺に向き直る。
「ユキノはここで待っててね。常に歯を食いしばってること!いい?」
「…あぁ」
暁は満足そうに笑うと、その少女としての笑みは、破壊者の獰猛な笑みへと瞬時に変化した。
「じゃあ、暁ましろ!いきまぁーす!」
刹那
暁は二人の相手に一瞬で詰め寄り、纏めて、殴り飛ばした。…みなみに暁……お前ミニスカートって自覚あるか?…………純白だったぞ。
「……先輩達、大丈夫かな…」
爆撃にも劣らない音が空間に響くその場所は、たった一撃によって草原が吹き飛び、荒岩が剥き出しになった大地へと強制的に書き換えられる。
爆風で砂塵が舞い散る空間からは、唐突に殴られて動揺を隠せない顔が一つ、風斬が空を裂いて飛び出してきた。風斬は空気の渦のようなものを纏わせながら吐血した口元を拭っている。
「な…なぜ…僕に…攻撃が…当たる?……単純な物理攻撃で…僕に攻撃だと!?どうなっている!?」
その横に黒い影が浮かび上がり、ローブで全身を包んだ影野が具現化する。だが今までの具現化とは違い、所々が怪我しているように影に覆われた不完全な形だ。
「ちっ…それはこっちが訊きたいぜ空気君よぉ……何で…何でアイツの攻撃は影に当たんだよぉ!」
動揺する空気と影が睨む方向は同じ、破壊者だった。当人は獰猛な笑みで返す。
「せんぱーい……ちょっとアクセラさんの言葉使うとですねぇ……悪ィが、こっから先は一方通行だ。侵入は禁止ってなァ!どう?似てました?……ふふっ…破壊してあげますよぉ…先輩の気が済むまでねぇ!!」
「調子に乗るなぁぁああ!」
風斬は空気の弾丸のようなものを幾つも飛ばす。弾数は無制限なのか手の平に渦を圧縮してはすぐさま打ち出している。
「数うちゃあ当たるってぇ?ふふっ…ユキノ!出番よ!」
暁は一瞬にして俺の背後に回り込み、巨大な空気の弾丸に向かって俺を殴りつける。飛んでいく場所に既に暁は移動していてさらにエネルギーを加える。
ついでに風斬を裏拳で吹き飛ばしていることを俺はしっかりと見えた。
暁曰く、自分へ攻撃された対処法は二つしか存在しないらしい。避けるか、俺をぶつけて相殺するか。自分の攻撃で相殺すればいいと抗議した所、
『私の防御力は、たったの5なの!』
とのこと。…お前地球人だったのか。
ともかく、ソフィが後ろで詠唱している現在、暁だけが避けても意味が無いので俺で相殺するようだ。
そして俺は今まさに、幾つもの弾丸を喰らって…あれ?生きてる骨が無い!!背骨が逆を通り越して二回転くらいしてる!!……ゴテンクスにバレーボールにされるのってこんな気分だろうな。
つか、暁お前……空……どうやって移動してんだ?
「…ちっ…俺は女に手を上げたくは無いが…これで…」
ソフィの足元の影が揺らぎ、槍を持った人物が具現化されていく。だがまだ先ほどの攻撃のせいか、武器の具現化は少し遅れている。
それでも詠唱を止めるには十分過ぎる。最悪、この決闘から除外されてしまう!
「沈めやごらぁあああ!」
槍が漆黒の線を引きながらソフィめがけて一直線に向かっていく。暁はソレを横目で視認すると、まず俺を垂直に振り落とし、俺の体が地面にぶち当たる直前に暁が先回りして横なぎに足を振り払う。そうすることで…
「!?ぶぉぐぉ!!?」
俺は影野の体だけを吹っ飛ばして攻撃が出来る。空中で直接俺を影野に向けて飛ばしていたら隣のソフィも巻き込まれて詠唱が止まっていただろう。
そう、暁は二人を相手しながら、ソフィも守っているのだ。
問題は俺の原型が無くなりつつあることである。幾ら体が不死身で再生力が圧倒的にアクセラレートされてようが、アクセラレータのような変顔がしたい訳ではないんだが。
………あ、やべ…口の感覚来ねぇ…耳も聞こえねぇし目も見えない…満身創痍って…このことなんだろうなぁ…
しかし、幸いなのか不幸かは知らないが、五感は一番優先して再生するらしい。すぐに近くで痛みに堪える様に呻く低い声が聞こえた。
「ちっ…く…そがぁ…ふざけ…っ…やが…てぇ…」
影野の体半分からは血の代わりに黒いモヤモヤしたもの…影がにじみ出ていた。
こ、この人…こんな攻撃を喰らってもフードが外れないだと…初期設定から既に外れないようになっているに違いない。
密かにフードの中を想像していることが気に触れたのか、影野は俺を押し飛ばすと、苦悶の表情で影の中へ引っ込んでいった。
「……ねぇユキノ?」
土煙がある程度まで収まると、目の前には欲望に身を任せた破壊者の笑みが輝いていた。
「そろそろチェックメイトかしらね。」
「あぁ……つか、お前一人であいつ等どうにかなったんじゃね?」
「いやー…それは無いわよ。…ほら、見てよ。あの攻撃で生きてるとか信じられないけどね。」
暁の視線を追っていくと、ボロボロになった風斬と影野を発見。それぞれ、空気の渦と影を纏わせながら怒りを込めた瞳をこちらに向けている。
「ちっ…くそが!ふざけやがって!おい!風斬、さっさとケリをつけるぞ!」
「分かっている!……空気よ…霧散せよ。」
!!!っ…い、息が……出来ない……いや、空気が……吸え…ない!?
「かはぁ!?はぁはぁはぁはぁはぁ!…ぐぅ…ユ…キ…ノはぁはぁはぁはぁはぁ…」
暁は過呼吸を繰り返しながら、その場に倒れてしまった。俺も彼女に手を伸ばす寸前で視界が反転し、その場に突っ伏すような形で空気を求める。
くそっ…頭もふらふらするし、これは……まずい…俺はともかく、暁やソフィは決闘から除外されてしまう。そうなっては俺に勝ち目は無いだろう。
相手はなんたって最強の部類なのだ。降参したい気持ちも無いわけじゃない。
だが……俺達だって…最強だ。
「……詠唱完了……発動……『セイリオス・ワールド』」
ソフィの魔法が発動と同時に大地が輝き始める。これが影も空気もどちらも強制に消し飛ばす方法らしい。
地面が異様に熱い、鉄板に焼かれているようだ。朦朧とした意識を強制的に覚醒されるほどの熱は、どうやら暁にも伝わったようだ。
立ち上がるその姿には、勝利を確信した笑みが浮かんでいた。
「ちっ!何だこれは空間が熱い!眩しい!影が!影が消えていく!どうなってやがる!」
そう、俺達はもう互いを視覚で確認できないほどの眩い光に包まれていた。それと同時に
「!!?空気が!僕の力が!消えていく!何故だ…何故だぁああああ!?」
ソフィは俺と暁に近づき触れると、先ほどまでの死ぬほどの暑さが消え、呼吸も通常通りできるようになった。
「……理由……至極単純……この星を……恒星に…変えた……じき……完全な恒星へ…変わる…」
「「「「!!!!」」」」
あぁ…そりゃ…全員固まるわ……そんなにサラッと凄い事言われても……それにソフィ…いくら影と空気がなくなっても…俺達はどうなるのさ…
その質問を察したのか、ソフィは俺に微笑を返してきた。…その花のような笑顔はちょっと…いや、かなり可愛かったと思う。
「……問題ない…ましろとユキノには…一時的に…熱は無効化…空気は必要の無い体にしてある…」
「それほんとに一時的!?すっごい不安なんだが!?」
「……信じて……」
おいおいおい……何でこんなにキラキラした目なんだよ…ズルいぞ……なんか…疑ってた自分を殴りたくなってきた。
「あれれ?おかしーなーユキノはロリコンだぞぉ?」
どっかの小学生探偵みたいに首をかしげる暁も通常に戻ったらしい。…よかった。
「「ふ、ふざけるなぁああああああ!!」」
空間の熱に合わせて沸点に達したのか、風斬と影野は同時に突っ込んできた。
一人は残った空気を携え、一人は自らの影を削って槍を生み出す。
だが、それを待っていた奴がいた。
「ふふっ…先輩…楽しかったですけど……私達の勝ちです!」
そう、終わりだ。
「これで!……ぶっ壊れろぉおおおおおおおおおおお!!」
圧倒的な攻撃力を誇るその拳は、影野と風斬に直撃し、ジェットエンジンのような轟音が空間を支配した。
破壊対象は衝撃のせいで有無すら言えず、眩い閃光に包まれてその場から消滅した。
その消滅とほぼ同時、空中に半透明の画面が表示された。
【影野零 決闘から除外されました。敗北確定】
【風斬空 決闘から除外されました。敗北確定】
【勝者三名 暁ましろ
渚ユキノ
ソフィ・シュルベルト 】
「………ところでさ…ユキノ……」
「うん?どした?」
俺達が転送される光に包まれる直前、暁は恥ずかしげに顔を逸らしながらいった。
「…………み、見た?」
「…は?……何を?」
…そりゃ、あんだけ動いてりゃチラチラ見えるわ……こういうときはアレだ……誤魔化そう………決して…断じて…パンツが純白だったなんてことは…言ってはいけない。口を滑らせようものなら……その先は……。
しかし……暁は理不尽の塊である。俺の浅はかな誤魔化しが通用する相手じゃない。
「…見てないわけ……無いでしょうがぁああああああああああ!!」
「ごほぉあべらしぁああ!!」
俺は勝利の閃光に包まれながら、血の味を確かめたのだった。