いいユキノ?一つ教えてあげる…可愛いは正義よ!
理性との死闘を切り抜け、圧倒的な疲労感に襲われた俺は、気が付くと布団に潜り込んできた悠の優しい熱に触れながら眠りに落ちてしまっていたらしい。
朝の日差しを感じ、もう少し布団に縋りたい気持ちを振り払いながら、その場で大きく体を伸ばす。
まだ腰のあたりから小さな寝息が続いており、優しくその頭を撫でる。
「…ほら、起きるぞ悠。学校に行く時間………ってあれ?…悠って…生徒なのか?」
悠は『代償の剣』として地下の隠し部屋にいたのだが、これから学校に通えるのだろうか。うちの学園は初等部を始め、中等部、高等部、さらには大学部など様々な教育機関が全て揃っているので、年齢は問題ないと思うが…
…とりあえず、学校で先生にでも聞いてみるか。悠は俺の大切な武器でもあるので、留守番させるわけにはいかないしなぁ。
※
いつものように、学校に行く前に暁を迎えに行く道中、楽しげな声がすぐ近くで聞こえてくる。
「えっへへー!お兄ちゃんと学校行くの初めてなのー!」
「いや……確かに初めてだろうけど……何故俺の背中に抱きついてるんだ?」
「だってお兄ちゃんのこと…大好きだもんっ!」
うっ…そんなにはっきり言われると…凄く恥ずかしい。
そして……外からの視線が痛すぎるんですがっ!!
まぁ確かにぃ!大好きを連呼してる幼女を背中におんぶしてればそりゃあヤバイ人だと思われるのも無理ないけどさ!
なるべく顔を見られたくなかったので俯きながら歩いていると、いつの間にか暁の家に到着していたようだ。
インターホンを押しながらドアを軽くノックする。
「…おーい…暁、学校行くぞぉ…」
「ほいほーいっ!今行くわー!」
ガチャッと扉が勢いよく開かれ、紅色の髪がふわりと出現した。…自分の家のドアは壊さないんだな…
暁の手には赤いジャムが塗られた食パンが握られており、すぐにパクッと小さい口に咥えられた。ちなみに俺は三次元で食パンを咥えながら登校するやつを暁以外で見たことがない。
結論から言うと……まぁその……本人の前では絶対言わないけど……いつも通り可愛かった……
だが暁の笑顔は、俺の背中にべったり張り付いている悠を見た瞬間、怪訝そうな顔に変わる。
「…あのさ…ユキノ。」
「…言いたいことはわかる。何も言わないでくれ、とれないんだ。」
「むむむぅ…仕方ない…あとでユキノをぶっ飛ばすだけで妥協しましょう。」
「アンタ妥協って意味マジで知ってますかね!?」
「私に辞書は無い!あるとすればユキノ日記くらいよっ!」
「何で未○日記みたいなの持ってんだ!?」
そんなこんなで他愛無い会話を交わしながら学校に足を進めていく。 俺はこの日常が最高だと思って疑わない。ずっと続けばいいと心から願って今日も暁についていこう。
※
さすがに学園内では悠におりてもらい、三人で教室に入る。目に付いた友達に挨拶を交わそうとした瞬間、ガシッと肩を陰陽師の青年、安部春明に掴まれた。彼は普段通りの神妙な顔でチラッと悠を見ると、こちらに顔を戻して口を開く。
「なぁ、お前らいつ子供授かったんだ?」
「な、なな!?いきなり何言ってんだお前!?ちげぇよ!」
全身がかぁっと熱くなるのを感じる。なおも阿部は首を振りながら呆れるように続ける。
「まぁ確かに、暁さんは可愛いし、お前らいつもラブラブだけどさ…とりあえず……呪符張っていいか?」
「何でだよ!?目が笑ってねぇ!呪い殺す気かっ!」
「おおむねその見解で間違ってない。ただお前はリア充のくせに死なないらしいから永遠の痛みを与えるだけだ!」
「なお悪いわっ!!」
俺は暁に助けを求めるように視線を配る。それに応えるように頼もしい頷きが続く。
「そういえば、昨日の電話ってなんだったの?」
「全然この状況に関係ねぇ!!もう終わったよ!ちゃんと悠は風呂に入れたわ!!」
「…………………え?」
「…………はっ!?しまっ…」
「あははは…ユキ…ノ…?…な、何を言ってるのかなーあははははは…」
空気が一瞬で氷点下まで冷却されていく。…やばい…………死ぬ…
クラスの全員がそれぞれ自分の席に無言で着席していく。もうこちらに視線を送る奴は誰も居なかった。
暁は目が笑ってない顔でこちらにゆらゆらと近づいてくる。…ヤバイヤバイヤバイヤバイッ!!俺の学園生活終わっちまう!!比喩無く砕け散る!!
悠が一瞬で光の渦に包まれ、俺の右腕に剣として顕現する。
「お兄ちゃん!この人本気だよ!確実にお兄ちゃんを木っ端微塵にしようとしてるよー!?」
「うふふふ…大丈夫よユキノ…詳しく本末まで話してくれれば……二回半殺しで止めて上げるから…」
「それ死んでね!?」
「私はユキノを信じてる!絶対死なないって!」
「それ俺死亡フラグじゃね!?まぁ死なないけどさぁ!」
暁が不敵な笑みに表情を変えながら拳を構える。…くそっやるしか…やるしか無いのか!
最低の理由で開幕寸前のバトルは、教室に入ってきた人物によって一時中断された。
「……二人とも…喧嘩してる場合じゃ無い……話したいことが…」
「ソフィ安心して、もうすぐ終わるから!」
「どういう意味でだ!?だいたい、お前が電話勝手に切ったのも原因の一つだからな!」
「だって仕方ないじゃない!限定イベントボス昨日で最終日だったんだから!」
「お前はいつも優先順位がいつも…」
「……もう…うるさいっ!……拘束せよ!『シャイニング・スネイク』」
「うぉっ!?」
「え?な、なにこれ!?」
ソフィが詠唱すると浮遊している本から金色の光が飛び出し、蛇のように俺と暁の体に無数に巻きつく。体の軸すら絡み取られた俺達は、二人仲良く地面に転がってしまう。
「……二人……仲良くして……」
「「………………」」
「……仲良くしないと……ずっとそのまま…だよ?」
「「はい、すみませんでした!これから仲良くします!」」
コンマ一秒の狂い無く俺と暁は互いに謝罪する。気が付けば俺と暁の顔には苦笑が浮かんでいた。
ソフィは満足そうに頷きがら本に触れる。途端に俺たちを拘束していた光が解けさった。
謎の懺悔を終えた俺達は席に着きながら、ソフィに向き直る。
「それで…話って?」
「……これ……」
すっとソフィから一枚の手紙が差し出される。
封筒の表紙には、暁ましろ、渚ユキノ、ソフィ・シュルベルト、神崎愛佳、と四人の名前だけが書かれていた。
思わず俺はソフィに訊ねる。
「…なぁ、これ誰から?」
「……教室の前に…落ちてた…」
「落ちてた?さっきまでそんなものなかったような気がしたけどな…」
「まぁ……とりあえず開けてみましょう!」
暁はビリッと封を切り、手紙を読み始める。
「…えーと…どれどれ………………ん?んぅん!?」
「どれ?何が書かれていふべらぁ!」
横から覗こうとした瞬間に俺の顔に手紙が押し付けられる。
「すっごいわ!まさか向こうから来てくれるなんてねぇ!」
暁はわくわくしたような瞳で俺を見てくる。…何が書いてあったん…
「…!!っ…嘘だろ…マジか…」
思わず立ち上がり、読んだ手紙を何度も凝視する。…どうやら夢ではないらしい。
手紙には読んだ三人全員を驚愕させる文面が書かれていた。
『我、【四天王】称号【アルテミス】保持者は、お前達との正式な決闘を所望する。 放課後、第3グラウンド中心で待つ。』
……【四天王】から果たし状来ちまったよ。
だがすぐにソフィの疑問が飛んで来る。
「……でもこれ……本物?」
その言葉に反応したように突如、ガラッと教室のドアが開く。
「失礼するぞ、一年達よ!今日はある者達に用があってここに来たのじゃ!」
そう言って意気揚々と教室に入ってきた人物はスタスタと真っ直ぐこちらに歩み寄ってくる。
「お主達が、この学園の頂点を目指している者達だな!」
「うん!それで間違っていないわ!」
来訪者はうんうんと満足そうに頷くと、ふと俺の手元にある手紙をみやる。
「おぉ!手紙読んでくれたか!ちゃんとお主らに届いてよかったのだ!
いや~我は手紙が届いているかどうか不安になって、直接言いに来たのだが、その心配も不要だったようだな!」
その言葉に全員がきょとんとし、瞬時に固まる。
え……まさか………今目の前にいるのは……
「ん?どうした?何か問題でもあったか?」
「……あなたが……【四天王】?」
ソフィは首を傾げながら確認する。それに対し、相手は胸を張りながら大きく頷いて断言する。
「いかにも!我が【四天王】称号【アルテミス】を持つ者じゃ!」
それを聞いた途端、暁がプルプルと小さく震えだす。
「かっ…かっ…かっ…」
「か?…何を言っにょわぁああああああああああああっ!!?」
耐え切れないように暁はその【四天王】に抱きつく。咄嗟のことで反応出来なかった【四天王】は暁に抱かれたまま後ろに派手に転がる。
「かっわいいいいぃいいいいいいいいい!!ねぇ聞いたユキノー!?!ロリ少女の語尾が『じゃ』よ!『じゃ』!二次元だけだと思っていた夢の属性よ!超可愛いぃいいい!お持ち帰りしたいぃぃいい!!」
「や、止めるのじゃぁああああっ!?」
そう、今暁に抱き疲れている【四天王】は、見た目が明らかにロリ少女だった。暁も120%くらいロリ体型なので、どうみても小学生同士がじゃれ合っているようにしか見えない。
……なんだかなぁ…
嘆息しながら再び席につくと、その膝の上にちょこんと悠が座ってこちらに顔を向ける。
「ねぇお兄ちゃん。いいかなー?」
「うん?」
「あの人ー、本当に強いのかなー?」
「……………さぁな…」
ただ一つ、言えることがある。また、ロリが増えました。今日もこの世界は平和な平常運転です。




