運命の先に
突如正面の空間が歪み、黒い霧が発生したかと思うと同時にアンゴルモアが顕現した。その表情はとても哀れみに満ちていた。
「どうする?まだ闘うかい?」
…闘う?………何故?そんなものに意味はない…
それは何故だ?……ひなたが死んだからだ…
何故死んだ?…俺が……弱かったからだ…
もう考えたくは無い……俺は何かをする理由を全て失った。
「……どうやら君も、あの少女の後を追わせた方が幸せみたいだね…」
アンゴルモアが天に手をかざすと、空が引き裂かれ、狭間から無数の化け物たちが奇声や雄たけびを上げながら湧いて降って来た。
俺はひなたを抱きながらゆっくりと立ち上がり、アンゴルモアに向かって口を開く。
「…悪いんだけどよぉ…コイツだけにはもう誰にも、さわらせないって約束してくれるかぁ…」
「……いいよ…分かった…」
そんな約束、保障できるものなんて一切ない。でも、俺は…そんな薄い返事にすら縋りたいほどに、ひなたを…ひなただったものを傷つけて欲しくなかった。
「…ごめんなぁ…俺も今からお前んとこに行くから待ってろぉ…」
地面に優しくひなたを下ろし、アンゴルモアへとゆっくり歩んでいく。
「じゃあね…天使ルシフェル。」
それが合図だったように一斉に化け物たちが牙や爪をむき出しにしながら襲い掛かってくる。
あと少しで、俺の命がかき消される瞬間、天空から頭上に光が差し込んできた。
『退きなさい、アンゴルモア。天使の命を奪う権利はあなたにありません。』
俺とアンゴルモアの間に光の粒子が奔流し、声主の正体を明かしていく。その姿に化け物たちは恐れるように後退しながら唸っていた。
「…ほぅ…ガブリエルか…」
「…ガ、ブリ…エルだと?……ガブリエル…ガブリエル!ガブリエルぅうううううううううううううう!!」
天界に君臨する天使の長が目の前に顕現した刹那、自分でも抑え込めない怒りが思考を飲み込んだ。
「てめぇ!!!てめぇ何でこの世界を救わなかった!何でひなたを助けてくれなかったぁあああああああああああああああああああああっ!」
ガブリエルはゆっくりとこちらの瞳を見据えながら凛とした声で俺を貫く。
「それが、世界樹の意志だったからです。我々天界の天使は、アンゴルモアの世界を破滅させる行為に対する介入を禁止されました。
ですが、あなたを助ける行為は禁止されていません。」
「……へぇ…だから彼を回収しに来たわけか。」
アンゴルモアは苦笑しながら、得心する。
その後もガブリエルとアンゴルモアは対立しながらも何かを話していた。
……なるほど…天使は世界樹の意志には逆らえない。それは絶対不変なる真実…か…
だからどうした?
世界一つ見捨てといて
人間一人救えないで
何が天使だよ
誰も救えないのが天使なら
俺は…………………………天使なんて……止めてやる!!!
「分かったよ…彼は君に任せるよ。こう見えていそがしいんでね。」
『………帰りましょう、ルシフェル。』
ガブリエルはこちらに振り向きながら、輝く翼を広げる。この手をとれば俺は即天界へと帰還し、命を繋げることができるだろう。
俺はその慈悲ある手を…強く、弾き返し、完全に拒絶した。
その瞬間、心の奥がどくん、と大きく震える。
「わりぃが…ガブリエル、……俺はもう、…天使なんて信じない。…世界樹なんて信じねぇ…」
さらにどくん、と大きく体が跳ねる。魂が振るえ、全身が粉々に吹き飛びそうになる。
ガブリエルは一瞬驚愕で目を見開くと、やがてこちらの背中をじっと見つめる。
『……ルシフェル……あなたその翼は…』
「帰りたきゃ一人で帰れ、…………俺は自分のやりたいことをする。俺は……あいつを…ぶっ殺す!!!」
俺の背中から真っ白い翼が葉のようにはらはらと削ぎ落ちていく。
代わりに光すら反射しない漆黒の翼がゆっくりと形成されていく。
「ほぉ…堕ちたか……」
アンゴルモアは興味深そうな顔であごを押さえている。
ガブリエルは瞳を閉じ、やがてゆっくりと開眼する。
「後悔しませんね。ルシフェル。」
「あぁ…だからさっさと帰れ…じゃねぇと……てめぇまで殺しちまいそうだ…」
ガブリエルは無言で頷き、天空からの光に包まれる。
「……さようなら。天使ルシフェル。……ご武運を…堕天使ルシフェル。」
「うぉ…ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああっっ!!」
突如、爆発するように力が全身から溢れ出して来る。天聖力でも、魔力でもない無限なる力が、周囲を震わせて飲み込んだ。
アンゴルモアの配下である化け物は、そのエネルギーに触れただけで奇声を上げながら体を爆散させていった。
「な、なんだこの力は!?ただの堕天じゃない!?」
魔方陣のような解読不能の紋章が俺の周りを浮遊し始め、紫がかった光を放っている。
意識していないのに両手は虚空をなぞり、それぞれに今まで見たこともない剣が呼び出されていた。
何故か二本とも名前は頭に焼きついていた。
右手に吸い付く鮮血のように赤い長剣――『ギルティエリュシオン』
左手に宿る金色の輝きを煌かせる長剣――『プロミスドホープ』
二つの剣(想い)の切っ先をアンゴルモアへと向ける。
「さぁ……楽しい始めようぜぇ!!愚王様よおぉぉ!!」
漆黒の翼を羽ばたかせ、俺は不敵に笑いかける。
俺は…お前の分も、楽しいこと見つけて生きていくことにしたよ。ひなた。
「……調子に乗らないことだね…たかが堕天使ごときに…運命の王には勝てないよ。」
それが合図だったかのように空から幾万ものばけものがこちらを食い殺さんとする勢いで飛来してくる。
全く…あいつの意思背負って生きるって決めた俺からみりゃあ、とんだ茶番だよ。
「はっ!……雑魚は失せてろぉぉ!!」
俺は視線だけで群がる化け物たちを射殺した。比喩はない。射竦められた化け物は内部から弾け飛び、刹那にして肉片へと変貌していく。
アンゴルモアは驚愕から怒りへと思考を変えていく。
「何故邪魔をする!?もうお前の守りたかったものはない!!」
「確かに…ひなたはもういねぇ……でも………あいつと決めたものまで消えはしねぇ!!
俺は決めたんだ!あいつと楽しいこと探し続けるってぇ!だから俺はあいつの分まで楽しいこと見つけてぇんだよぉ!」
全ての法則を超えた速さでアンゴルモアの懐に剣を振りかぶる。迎え撃ってくる剣を左で捌き、赤い長剣がアンゴルモアの胸に深々と突き刺さる。
「ご、ごぁああ…ぁぁ…なんだ…こ、この痛みは…!?」
「この剣は…てめぇの罪が大きいほど…てめぇに裁きを与えんだよぉ。」
「ふ、ふざけるなぁああああああっ!!」
俺の背後に禍々しい無数の剣が生み出され、背中を狙ってくる。
「全く……効かないねぇ!!!」
漆黒の翼が黒い閃光を放ち、降り注ぐ剣を嵐を粉々に吹き飛ばした。
「ルシフェル…お前は一体な…!!!?」
言葉が続く前に、俺は蹴りでアンゴルモアを空間を切り裂く勢いで吹き飛ばした。
しんと静まり返る世界で、俺は遠い世界からの幻聴が聞こえてくる。
―――『るーちゃん……ごめんね。』―――
…何がだよ。
―――『一緒に楽しいこと…探せなくて…』―――
(……ははっ…何言ってんだよ……お前は…俺が楽しいこと探してくれるうちは…隣にいてくれんだろ?)
―――『!!っ…全く、るーちゃんには敵わないや……
…うん!絶対どんな時も…傍に……傍にいるよ!』―――
幻聴なのに、涙が滲む気配がする。
(…全く……何だよ……せっかく強くなったのに…また泣いちまったじゃねぇか…
俺さ…絶対にお前の分も楽しいこと見つけるよ。だから…これからも俺の傍にいてくれ。)
―――『全く、るーちゃんはもしかして甘えん坊?』―――
(…そう、かもしれねぇなぁ……俺はもう……お前の傍じゃねぇと駄目みたいなんだわ。)
幻聴のくすっと笑う気配が、心を暖かく満たしていく。
―――『…大丈夫だよ…私は…あなたが望む限り、ずっとずっと…隣に居るからね……だから』―――
(あぁ分かってる……じゃあ行こうぜ…)
―――『うん!』―――
「『楽しいことを見つけに!!』」
瓦礫の山からアンゴルモアが憤怒の形相で飛び出してくる。
「運命には勝てない!!誰にもねぇ!!」
確かに運命には勝てないのかもしれない。
でも…その先の未来を決めるのは……俺たちなんだよ!!
「おぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
二つの剣を重ね、力を解放しながら突き出す。
アンゴルモアの剣は容易く砕け、無防備な体だけが晒されたその場所に俺の魂が穿たれた。
「がぁああああああ!?!この王が……この運命のがぁ!!堕天使ごときにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」
真っ赤な閃光がアンゴルモアを奔り、黄金の光が包み込んだ。
しばらくして、俺の握っていた二本の剣は、役目を終えたかのように突如出現した虚空の狭間へと消えていく。
この瞬間俺は、完全にアンゴルモアが消滅したことを確信した。
「………さぁて……次は…どんな楽しいことが待ってんだろうなぁ!!」
お前とならいけるよ…どこまでもな…
※ ※ ※ ※
…全く……思い出しちまったじゃねぇか…全部広見のせいだ…
そうこうしているうちに、目標の世界への転移が完了したらしい。
視界が一気にクリアになっていき、次のなる楽しいイベントへと俺を誘う。
あぁ?あの暴れまわってるやつが今回の相手かぁ?
目の前には世界に絶望を振りまいている遊び相手が本能のままに動き回っている。
「ははっ!!面白そうじゃねぇかぁ!!」
行こうぜ、ひなた。楽しい物語はまだ、続けて見せるさ。




