≪天使の追憶≫ 運命=仕組まれた奇跡
いつになっても呼び出しと言うものは面倒だ。
俺が天使として誕生してから、もう400年ほど経ったのだろうが、一週間に一度は説教のために呼び出されている。
真っ白い翼をげんなりとしながら羽ばたかせ、天界の中で最も行きたくない、天界でもっとも位が高い大天使がいる場所、【最天層】(さいてんそう)へと向かっていた。
隣では同じく白い翼を誇る少年、アルメスが苦笑しながら横に並んで飛翔していた。
「うーん…ルシフェルは……控えめに見ても…随分暴れてるからねぇ…」
「あぁ?何言ってんだぁ?ちょっと魔界行って悪魔ぶっ殺してるだけだろーが。…害を生み出す悪魔を殺して問題なんかねぇだろぉ!」
これは完璧な理論だろう、と思いながらアルメスの顔を覗くと帰ってきたのはまたもや苦笑だった。
「………きっとその性格が原因なんだろうね…」
「は?何でだよっ!?」
「じゃあさ、ルシフェルは悪魔を殺す理由は?」
んなもん決まってる。一切の迷いなく俺は口を開く。
「暇だからだっ!!」
「うん、間違いなく呼び出されて当然だと思うよ。」
「うるせぇよっ!だいたいここは平和すぎて暇すぎて死ぬわっ!」
そう、ここは…やることがないのだ。
侵略者がやってくるわけでも、天界中心部にそびえ立つ世界樹が一日で折れ腐って世界のバランスが崩れるわけでもないので、暇が嫌いな俺にとって天界はまさに地獄のようなものだった。
かといって、下界はつまらない戦争を繰り返すばかりで面白みがなさそうなので、行く気もない。
…とにかく、用件はさっさと済ませるかぁ…
「つか…俺は分かるが、何でお前も呼ばれんだぁ?…お前なんかしたのか?」
アルメスは首をかしげながらかぶりを振る。
「さぁ?ただ、来いって言われただけだからな~」
「なんだそりゃ…」
そんな疑問はいつしか飛んでいる間に置き去りにしてしまった。
※ ※
【最天層】では、いつも通りのイラつくほどの優しい微笑が俺たちを迎えた。
『よく来ましたね、天使ルシフェル、天使アルメス。』
アルメスはすぐさま何を言わずに仰々しくその場にひざまずき、頭を垂れる。
俺はというと、
「あんたが呼んだんだろーが。大天使ガブリエルさ・まっ!!今日は何用ですかねぇ!」
あえて『様』を強調しながら睨みつけてみた。もちろんひざまずきなどしない。それどころか頭すら下げなかった。
すぐさまガブリエルの側近天使に見合わない、鬼のような形相でこちらを止めにかかろうとしてきたが、大天使の『止めなさい』という一言でこちらを睨むだけに留まっていた。
ガブリエル。この天界の絶対なる最高者にして、世界を導くモノ言われる世界樹を神から授かっている大天使だ。………もっとも、神など俺は見たことがないのだが……そもそも実在しているのか?
とはいえ、俺達、つまり他の天使とは見た目から既に違いがある。
透き通るほどの金髪の頭上で、神々しい輝きを放つ天輪、あんなものただのただの天使には付いてない。
さらに翼は俺達が二枚に対して六枚生えており、一枚一枚が等身の三倍以上を誇っている。
ガブリエルは変わらぬ微笑のまま、ゆっくりと頷いて口を開いた。
『今回は、あなた達に使命を授ける為に呼びました。』
「は?…使命?……どういうことだよ?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。アルメスもひざまずいていた状態を解いて立ち上がり、真意を探るようにガブリエルを見つめていた。
『ルシフェル、今回あなたには下界へと向かってもらい、人間の≪愛≫というものを観察してもらいます。』
「…は………はぁあああああああっ!?何言ってんだアンタッ!?なにが愛だよっ!んなもんアンタならこっからでも視えんだろーがっ!」
『いいえ、私は【存在】が完全に定義できるものはここからでも見えますが、多様な姿を持つ≪愛≫は視ることが出来ません。』
都合のいい話だなおい!……つか、下界に向かって?ははっ……冗談じゃねぇぞっゴラ!!
「そもそもなんで俺なんだよっ!絶対こんな問題児より適任がいるだろーがっ!!」
「いえ、あなたしか出来ないと世界樹が告げたのです。ルシフェル。」
「ぐっ…嘘だろ……ありえねぇ……ありえねぇ……」
世界樹は大天使ガブリエルを通して、世界に試練や、使命などを含む様々なものを与える。それは絶対に避けられないことだと言われており、誰も逆らうことを許されない。それは普遍なる事実なのだ。現に俺の体は世界樹が告げたと言われた瞬間から、どうあがいても行くことを確信してしまっている。
俺がうな垂れながら頭を抑えていると、ガブリエルは顔をアルメスにずらした。
「アルメス、あなたには、ルシフェルが使命を終えるその時まで、天界からサポートをしてもらいます。」
「…分かりました。」
アルメスは一瞬俺を見たが、すぐさま大きく頷いた。…畜生、俺も残りてぇ…
そんな願望を知ってか知らずか、ガブリエルは再びこちらに向き直って微笑む。
『ルシフェル、今回あなたが降り立つ下界では、天使の能力を人間に明かしてはなりませんよ?』
「……もし明かした場合は?俺は帰れんのかぁ?」
『私の判断次第ですが、あなたの能力を奪います。』
「………くそ………もう好きにしてくれよ…」
観念するように肩を落としながら息を大きく吐く。
『では天使ルシフェル、これからあなたには使命を果たしてもらう為に下界に行ってもらいます。準備はよろしいですか?』
「へーい…勝手にどうぞぉ……」
もうどうにでもなれ……さよなら俺の日常。
ガブリエルの天輪が黄金より激しく輝きながら高速で回転し始める。
『では、よろしくお願いします。天使ルシフェル』
その言葉が、俺の天界で目を開けられていた最後の言葉だ。
太陽より眩しい閃光が視界を一瞬で奪い、俺は浮遊感と共に意識を閉ざされていった。
※ ※ ※
いまだに体は光で包まれているが、なんとか思考は回復してきたらしい。
まず意識を取り戻して感じたことは、体が死ぬほど重い。まるで重力に逆らえない人間のようだ。
『……ルシフェル、聞こえるかい?』
頭に直接言葉が飛んでくる。この声は、天界で幾度となく聞いたことがある。俺は口を開くのはだるかったので、意識だけで直接話すことにした。
『あぁ…アルメスかぁ?感度良好……と言いたいことだがぁ…、何だか滅茶苦茶体が重くて…やばいぞぉ……どうなってんだよぉ?…』
その質問に対しては、アルメスの気配が頷いた気がした。
『君の体は今、人間の体になっているせいで。能力が格段に落ちているんだよ。特に…天界の中でも能力が最高クラスだった君は、落ち幅が大きいんだよ。』
『なるほどぉ……つまり…これが人間の本来の性能って訳かぁ…貧弱だねぇ…』
アルメスは苦笑するように意識の波長が揺れる。
『とりあえず、君は人目のつかないところに転移させるよ。後はあっちの世界で色々説明するね。あ、でも一応簡単な常識は意識に転送しておくね』
あっちの世界とは、おそらく下界のことだろう。俺は短く頷いて承諾した。
刹那にして下界の知識が滝のように流れ込んでくる。これである程度の状況は把握しやすくなったか?
暫くすると、視界が一気に鮮やかな世界を形成しながら映し出す。
一定間隔に点々と人工的に生えた木々。少し寂れた気配が漂う遊具。 送られてきた知識によると、ここは下界で言う公園という場所らしい。
とりあえず、自分の姿をゆっくりと見渡してみる。
「………なるほどねぇ…服装はそのままだがぁ…翼はねぇし、身体能力も格段に落ちてやがる………んで?」
俺は周辺を何度も見渡して、静寂から誰も居ないことを確認する。いつもなら視認出来る範囲ならどんな生命の気配でも察知できるのだが、感覚そのものも人間並みになっているようだ。
「………っふっ!」
短く気合を込めて力を少しだけ解放する。翼が顕現し、力の解放に伴って発現した天使の力、天聖力によって周囲の空気が鋭く薙ぎ払われた。
「………一応、力は使おうと思えば使えるのか…」
力を抜くと、人間へと瞬時に姿が変化してしまった。既に天聖力も発生が止んでいる。いつでも空を自由に飛び、大抵のことが自由にこなせた天使の頃が懐かしい。
突如、正面の空間に輝く光の玉が出現する、その中から何かが長方形のようなモノがゆっくりと形成されていき、俺の手にスッポリと収まった。確かこれは……
「けー…たい…だったかぁ?」
ピピピッ!!という軽快な音と共に画面に何かが浮かび上がってきた。片仮名で『アルメス』と表示されている。
たどたどしく画面を軽く触れると、聞き覚えのある声が周囲に響く。
『どう?よく聞こえる?』
「あぁ…これはどういうことだぁ?何でお前携帯なんか使って来るんだよ、直接意識を飛ばせば……ってあぁ…なるほどねぇ…」
何故アルメスがわざわざ面倒な方法で連絡を取ってきたのか、これは自分の体を見て気づいた。
意識を飛ばすにしろ、受け取るにしろ、どちらにも天聖力、つまり力を人間にばれないように解放させなければならないのだ。それよりは携帯で平静を装いながら連絡を取った方が格段に効率はいい。
そこまで考えると一息ついて形態を握りなおす。
「んじゃあ………この後…どうするんよぉ?」
『……まず、その服装を何とかする?…こう言っちゃアレだけど……その服凄く目立つよ?』
反射的に自分のカッコウを見る。………全身純白の、完全完璧天使装備は…確かに目立つよなぁ…
※ ※
多くの人間達からの刺さるような視線の中、俺は素早くファッションセンターと呼ばれる場所で『今期はやってます!』とデカデカと表示されていた服を選んで購入。この携帯はキャッシュ機能?と呼ばれるものがついているので何でも買えるらしい。
だが、天使だったせいなのか、服はやはり白が基調を選んでしまっていた。さすがに、セットだったジーパン(というらしい)は紺色だが。
携帯画面を何度か押し間違えながら、アルメスを呼び出して空を仰いだのだが……
「…さてとぉ…これから俺はどうすんだぁ?」
『うーん………これから君は…………どうすればいいんだろうね?』
いや、俺に聞くなよ……
※ ※
とりあえず、俺はぶらぶらそこら辺を探索も兼ねてぶらぶらとしていたのだが…
「………まさか、人間の体は……腹が減るとはなぁ……」
思うように力が入らない。コンビニという食べ物が確保できる場所はこの目の前にある踏み切りと呼ばれるものの先にあるようだが、現在そこはライトが何度も赤く点滅し、カンカンカンカンッ!に耳にうるさい音を響かせている。
そこに突如、後ろから幾つもの影が横切っていった。
自転車と呼ばれるものに乗った人間で言う中学生くらい少年複数が、遮断機を無理やり突破しに行ったのだ。
だが、不幸なことに最後尾の少年の自転車が線路にでも引っかかったのか、車輪が浮かぶほど派手にずっこけてしまった。
当然その身もただでは済まず、悲しいほどに線路に大きく投げ出されていた。
死はブレーキで止まることなく近づいてくる。誰にでも分かる……この人間は、助からない。
そんな様子を、天使である俺は、………ただ無関心に見つめていた。
何故助ける?
天使は全てを救う必要があるのか?………否。そんなこと出来るのなら天使など必要ない。
この場合、あの少年はこの世界の決まったルールを犯した罪を受けるべき者だ。
ならば、天使に、俺に助ける義務など存在しな…
「間に……合えぇえええええええっ!!」
後ろから声と共に。キラキラ輝機を放っている何かが踏み切りに飛び込んだ。視認した瞬間、思わず驚愕で目を見開いてしまう。
踏み切りを躊躇いなく飛び越え、見ず知らずの少年を命を懸けて抱き起こし、救出しようとしている者を、必死に命を懸けて飛び込んできた少女を、誰が驚かずに見ていられよう。
だが、間に合わない。死は電車という鉄の箱に形を変え、二人の命を儚く散らそうと轟音を上げている。
「……くそっ!面倒な奴らだなぁっ!!」
そこまで考えた瞬間、反射的に力を解放する。刹那にして意識に直接叫ぶような声が届いた。
『駄目だよルシフェル!!力を使ったのが人間にばれたら…』
「ばれなきゃいいだろうがぁあああっ!!」
そう、天使として、何の罪もない奴が死ぬのは許せない。許してはいけない。そう天使の本能が、あるいは俺の本能が叫んでいた。
背中に翼が顕現し、天聖力が世界にあふれ出す。
刹那すら遅い、まさに世界を置き去りにした速さで、俺は二人の人間を抱きかかえ、踏み切りの反対側に飛んだ。
あと一瞬でも遅れれば、電車は肉片を纏ったまま駆け抜けてしまっていただろう。
人間では感じることすら不可能な加速された世界の中で俺は即座に力を収める。
だがタイミングを誤ったのか、人間の姿になった瞬間に、浮遊感が硬いアスファルトの痛みへと変化した。
「っつう………くそがぁ…」
いや、マジいてぇ……こんな痛み、悪魔からも喰らったことねぇぞ。
悪態をつきながら腕の抱いているものを確認した。自転車少年の方は恐怖からか魂が抜けたように完全に気絶していた。まぁ死んではいないだろう。
そしてもう一人の少女はというと
「…君が…助けてくれたの?」
蒼穹の瞳で、俺をじっと捉え、暫くして全てを照らすように優しく、暖かく微笑んでいた。




