結局、俺のものはお前のもの…なんだな
暁の部屋は俺の声だけが過去を語っていたので、すっかり静かになっていた。ソフィは僅かに頷きながら暁と俺の顔をゆっくり交互に見る。
「……なるほど、ましろとユキノはそうやって出会った…」
「まぁそんな感じね。いやー懐かしいわね~…」
なぁ暁…お前も頷くのはいいが……まだ4ヶ月くらいしか経ってないからな。
「……それで?二人はその後…どうしたの?」
ソフィは続きが気になる様子で、俺をじっと見つめてくる。くっ…瞳が眩しすぎる!
「あ~…どっちかっつうと…そっからが大変だったんだけどさ…」
※ ※ ※ ※
「君を私のものにする為にやって来た!」
暁ましろとかいう少女は、今確かにそういった。何言ってんだコイツ。
どう反応しようか迷っていたところ、少女は無垢なる笑みで言い直す。
「あー…詳しく言うと……お前、私の仲間になれ!」
「……………」
いや、ゴム人間の海賊みたいに言われても。つか詳しくなってないからな。
尚も黙る俺に対し、彼女は困ったような苦笑で頭をかく。
刹那、無垢なる少女の笑みが厳しい表情に変化し、残像が残るほどの速さで俺の横に移動していた。
「頭伏せて!!」
「ふごっ!!?」
伏せる前に、俺の頭部は核でも傷つかない床に叩き伏せられていた。 ゴガッ!という床と頭蓋骨が同時に割れる音が、妙に耳に強く響き渡る。
朦朧とする意識の中、急速に再生行動を起こしている頭を抑えながら、隣にいる少女を睨む。
「…てめぇ…一体何すんだ!」
だがその問いを答える前に、彼女は自分が侵入する際に破壊した天井の瓦礫の山へ高速で移動していた。そして体を針金のようにしならせ、その山を、
「よっとぉ!!」
全力で吹き飛ばした。周囲に激しい衝撃が渦を巻き、一瞬にして瓦礫は前方の空間にあるもの全てを破壊した。
よく見ると、大量の完全武装したロボットや兵器が、バチバチと電流が流れながら無残に機能を停止している。どうやら侵入者排除用の防衛システムとかいうやつだろう。おそらく彼女はこれを破壊するために瓦礫を吹き飛ばしたのだろうが、問題なのは
「………どういう状況だってばよ?」
何故彼女は瓦礫を一瞬で吹き飛ばせるのか、ということだ。さっきからスピードといい、デタラメ過ぎる破壊力といい、その身体能力は人間を大きく逸脱している。…まぁ死なないっていう俺も人のことは言えないが。
そして最も気になる点は、何故そこまでして
「さぁ!行くわよ!」
こいつは俺を、渚ユキノを必要とするのだろうか。無垢な笑みからは心理を読み取ることは出来ない。
「ん?何してんの?ここから出たくないの?」
「………何が目的だ…」
「へ?…さっきから言ってんじゃん!!私は君が欲しいから貰いに来たのよ。」
「答えになってねぇんだよ!!俺は不死身なんだよ!死ねない化け物なんだよ!そんな奴を欲しがる奴なんてイカれた奴しかいねぇ!」
「……じゃあ私はイカれてるわね」
彼女は自分のことを平然と、イカれていると評した。くそっ、何なんだこいつ!
「……だ、大体、こっから抜け出す事なんてできねぇよ!!命が幾つあっても無理だ!」
「でも君は不死身よね?」
「………お前は違う…お前は…ただの人間だ……」
「ただの人間?…ふふっ…そうだったら私は君に用は無くなるわね。」
「何?…ってなにすん…おわっ!」
彼女は座り込んでいる俺を、華奢な腕で軽々と立たせ、壁に対して低く構える。
彼女は笑っていた。だがそれは先程の可愛らしい少女の笑みではない。背筋が凍りつく、思わず戦慄が走るほどの不敵で残虐な笑みだった。
「私は破壊者として……君が欲しいんだよ。」
ごうっ、という空を切り裂く音と同時に、彼女は壁に神速の回し蹴りを叩き込んだ。
世界一硬い装甲であるはずのそれは、抗うことを許されていないように、一瞬で崩壊音へと変化し消し飛んだ。
「…破壊…者…」
「そう、…これでもまだ…ただの人間だなんて言える?」
破壊者の不敵な笑みは既に消えうせ、俺の前には少女の笑みが広がっていた。
「さぁ早く早く!走るわよ!」
彼女が俺の手を取るのと同時に、部屋の隅々が開き始め、そこに光が差し込むと排除ロボットの軍勢だということが理解できた。
明らかにピンチにも関わらず、前方から能天気な声が聞こえてくる。
「あ、…そういえば私、君の名前知らないわ。なんていう名前なの?」
……こいつは名前を知らない相手を自分のものにしようとしていたのだろうか。こいつに名前を教える義理はない。
だが何故だろう。こいつに体を預けてみたい。世界の理など一切受けないこいつに、連れ出して欲しいという自分がいる。名前を言いたい自分がいた。
「…渚、ユキノ……」
「なるほど、渚ユキノ…ユキノ…うん!いい名前だと思うわ、よろしくユキノ!」
いきなり呼び捨てかよ。馴れ馴れしい奴だ。
「……よろしく……暁。」
案外、俺も馴れ馴れしい奴だなって思った。
※
施設の防衛システムに関しては幸いというべきか、ロボットなどの機械兵器ばかりだったので、暁がことごとく破壊しながら俺達は脱出する為に進んでいた。といっても道はロボット達で埋め尽くされているので壁をぶち壊して進んでいるのだが。
「なぁ、暁…ちょっといいか…」
「ん?どしたのユキノ。」
暁の後ろを追うように走っている俺は、この時あることに気づいた。
「お前…楽しんでるよな?」
「えぇ~?そ、そんなことないよぉ~。」
「嘘つけ!軽快なステップで笑みこぼれてんじゃん!」
「ごめんなさい。…こんな時、笑えばいいと思うよ。って言われてるから。」
「誰にだ!」
俺の手をぎゅっと握り続けている暁は、キョロキョロを周りを見渡し始めた。……恥ずかしいのでそろそろ放してもらいたい。
「よぉーし、ここで少し休憩しましょうか。」
当人は全く疲れてはいなさそうだが、おそらく俺への配慮だろう。結構優しい奴なのだろうか。
そしてこの際だから聞いておきたいこともあった。
「……なぁ…暁」
「うん?どしたの?」
「お前、何で俺が欲しいんだ?不死身だからか?」
「うーん…それは10割だね!」
「全部じゃねぇか!!」
確かに、不死身がこの施設にいるっていう情報は、全世界で大々的に知られている事実だからな。当然俺の名前は伏せられているが。
だがすぐに暁は弁解するようにこちらに熱い視線を送りながら、俺の手を強く握る。だからドキッとするから止めろ…
「けど今は違うのよ!…私は君を見たとき思ったの!私はこの人となら自分の道を進めるんだって!最高のパートナーになれるんだ!って確信したの!」
「分かった!顔が近い!ちょっと離れろ!!」
額がぶつかる直前で反射的に暁の顔をどかす。それでもかなり近いが。
……最高のパートナーか…ったく、どんだけ恥ずかしいことそんなに真っ直ぐ言えんだよ。
「…俺はお前が眩しいよ。」
「ん?私は太陽拳使ってないわよ?」
「ちげーよ。自分の道を自分で創れるお前が羨ましいって意味だよ。…」
「ふぅーん……じゃあさ、ユキノは私と一緒に道を創ろう?…大丈夫!二人なら!」
「………」
「…………………あーやばいわ。…なんかめちゃくちゃ恥ずかしいこと言ってない?」
今更かよ。……二人なら…か、…さっきからお前の自信はどっから出てきてんだって。
「うぅ…こ、こんな時はアレね!アレ!」
「アレ?アレって…何だ?」
「ユキノ、コートの左ポケット探ってみて。」
よく見るとポケットが大きめに膨らんで何かが入っていた。取り出すと可愛らしいラッピングを施した袋が出てきたので素直に渡した。受け取った暁はその小さい両手と同じくらいの大きさのハート型クッキーを、にこやかに差し出してきた。
「…クッキー?」
「そう。私好きなんだー。…はい、どうぞ!」
こんな顔で差し出されたら断るわけにもいかないし、解き放たれ続けている甘い香りの誘惑に耐え切れず、手を伸ばす。
「ん……これ…すっごくうまい!」
「ふふっ…私が作ったんだから当然よ!!」
「マジか!!感動するくらいうまいぞ!…これは店に出せるレベルだ。」
お世辞ではなく、控えめに言っても相当おいしかった。うまく表現できないが、口一杯に心から安心できる甘い味が広がってくる感じだ。
暁は満足そうに自分もクッキーを食べると、幸せそうな笑みをこちらに向けてきた。
「にゃはぁ!ふふっ今回もうまく出来たわ!あ、そうだ!ユキノ、せっかくだから誓いのほうも…」
暁は笑顔でそこまで言った瞬間、その華奢な左肩に鮮やかな鮮血が奔った。
突然時間がゆっくりと流れ、小さな少女の体は糸を失ったマリオネットのようにその場に倒れた。
一瞬だけ思考が停止し、後方から続く銃声で意識を強制的に取り戻す。
「あ、暁!?しっかりしろ!」
俺は必死に叫びながら暁の体を抱き、その場から全力で逃げる。途中で弾丸やら何やらが背中や、頭部を抉ったが、構うことなく走るしかない。
小さい体からは血が滴り、互いの服を徐々に赤く染めていった。
「うぁぅ…くぅ……ゆだ、ん…ちゃった…へへ…」
痛みを堪えながらも尚も笑い続ける少女は、大丈夫、と言っているようだった。
核ミサイルでも傷つかない壁を一撃で壊せる破壊者は、ロボットから放たれた普通の弾丸で傷ついてしまう少女だった。
「くそ!!お前は弾丸効かないとかそういう訳じゃねぇのかよ!!」
「それ言われると…辛いわぁ……ふふっ…わたし、は…攻撃とスピードに特化してのよ…防御力はか弱い女の子なん…だから……」
なんで…こんなことになってんだよ。
この世界では全てを諦めたつもりだった。
俺には苦しくて辛い最悪の人生が付き纏い、希望なんか見えもしなかった。
だったら、何で俺はこんなに、必死に走っているんだ?
破壊者?俺が欲しい?そんな奴の為に、この脚は走っているのか?
ふと胸の近くの吐息に目をやる。額に薄く汗をかき、苦しそうな顔だ。見た目は本当にただの少女だ。
俺はこのまま少女を放置するという選択が出来る。そうすれば俺は逃げる必要が無くなり、苦しい息を整えることが出来るだろう。そう、終わった世界に戻るだけだ。
だが、俺は脚を止められない。だって
「…ユキ、ノ……私は絶対に…絶対に…君と、最高のパートナーになりたい。君に…私を支えて欲しい。全てを壊してしまう破壊者を支えられるのは、決して壊れない…君しかいないから。」
「………ぁぁ……ぁあああああああ!!」
まだ、可能性を信じてみたい。希望を信じたい。彼女の破壊を信じたい。
少女が…暁ましろが信じた俺の力を、俺も信じたい!!
覚悟を決めろ!渚ユキノ!!不死身として今出来ることを!
後方の弾丸が全身を掠める。幸い前方からは敵は来てないようだ。
「暁!俺を後ろに思いっきり吹っ飛ばせ!!」
「え?…えと…あ…うん…うん!分かったわ!」
暁は一瞬戸惑いを見せていたが意図を察すると、やがて決心したように大きく頷いた。
暁は先程の苦しそうな少女としての顔は消え去り、絶対的な破壊者の笑みへと顔を変幻させた。
「じゃあ行くわよ!!はぁああああああああ!!」
彼女の紅髪が一瞬鼻腔をくすぐり、刹那には胸元には絶対的な攻撃力を誇る拳が轟音と共にぶつけられていた。
暁の華奢な体は、一瞬にして遠ざかっていき、背後で無数の何かと衝突した。視界が一気に閉ざされ、爆発音が周囲に響き渡る。
痛みの感覚が脳に追いついていなかった。
俺の意識はそこであっさりと限界を迎えた。
※
「……キノ…ろそ…起き……」
誰かの声が聞こえる。どうやら少女の声のようだ。
俺は今まで夢を見ていたのだろうか。自分の地獄から抜け出したいという欲望が、少女という形で暁ましろという形で夢に体現したのだろうか。
だとしたら、とっても今まで見た夢の中で、最高の夢だった。少なくともアレ以上の夢を見ることはないだろう。
「ユキノー?…きないとぉ……だよ?あと5、4…2、…」
でももう少しだけ彼女との夢を見させ…
「0!…とりゃ!」
「ぐほぉべぉ!?」
視界が一気に開け、同時に強烈な衝撃が腹に襲い掛かった。地面に軽くクレーターが出現する。
「げほげほっ!!ぐぉお…」
「あ、起きた。おはようユキノ!」
「おはようじゃねぇよ!!殺す気か!?」
「だって死なないじゃん。」
「いやそうだけど!…ってあれ?お前夢じゃないのか?」
「え?……ユキノ頭打った?私が頭吹き飛ばしてあげようか?」
「どんな治療法だ!!……そっか、よかった。」
俺は無意識のうちに、暁がいることに心から安堵していた。
「あれ?そういや俺たち逃げられたのか?」
そう問いかけると、暁は何故か仁王立ちになりながら、胸を反らして俺の後ろを指す。
「派手にやっちゃいました!!後悔はしていない!!」
俺は振り返ると、そこには無残に破壊されつくした元施設と思しき瓦礫が、星が輝く夜空をバックに煙と炎をあげながら、山となって積み重なっていた。
帰る場所……いや、帰らされていた場所が…無くなっちまったよ。
心から笑いたくなる。実際笑っていたのかもしれない。
………決めた。
「…なぁ暁。一つだけ約束してくれ。」
「ん?約束?」
「お前はお前のやりたいことを全力でやれ。それでお前が全力で何かをするなら、俺を同じ場所に連れて行ってくれ。」
暁は一瞬きょとんとすると、「なんだそんなことかぁ!」と微笑を浮かべる。
「当然じゃない!だってユキノは私の…パートナーなんだから!!」
暁は屈託の無い笑みを浮かべると、何かを思い出したように腰あたりを探り始める。
「あーあったあった!!…はい!どうぞ!少し割れちゃったけど…ちょうど二人分になってるからいいよね。」
暁が腰あたりから取り出したのは、先程の小包に入っていたものより二回りほど大きいクッキーだった。何行か文字が彫られている衝撃のせいか、二つに割れているが。
「これは私からのプレゼント!願いをこめたクッキーよ!」
「へぇ……どんな願いだ?」
「それは秘密!じゃあ二人で同時に食べよ!……せぇーの!」
タイミングよく食べることに成功した。そして気がついた。
パートナーである暁のクッキーは、たぶん俺の中では幸せの味として記憶されたのだろうなって。
※ ※ ※
今日はすっかり思い出に浸ってしまった。明日から本格的に授業が始まるので色々と準備もしたかったのだが。
暁はそんなこと全く問題ないようにテーブルに突っ伏して、気持ちよさそうに眠っている。
ソフィは話を聞いたあとも、俺の瞳をジィーと見つめてくる。…何かすっごい恥ずかしいんですが。
「ど、どうした?」
「……二人は恋人?」
「は……ち、ちげーよ!!そんなんじゃなくて…パートナーだよ、パートナー。」
自分の全身が一瞬で火照るのを感じた。俺には恋なんてまだよく分からないし、そもそも暁が恋愛対象として俺を見ているとは思いにくい。
「……ふぅん…」
「な、なんだその目は…人を疑うと人生楽しく無いぞ?」
「……じゃあ私もパートナーになる。」
「は?」
唐突にソフィは微笑みながら言った。
「……私も、ましろとユキノのパートナーになる。……私の初めての友達だから。」
「え?……いやそんな突然言われても…」
「……まだユキノとましろ程の仲にはなれないかもしれない。でも私は貴方達の傍にいたい…」
ソフィは真剣な眼差しでこちらを見据える。……そっか…
ポンッとほぼ反射的にソフィの頭に手を乗せる。
「パートナーか……たぶん暁なら喜んで歓迎するだろうし、暁が歓迎するなら…俺も大歓迎だ。」
「…よかった…」
二人で小さく笑いあうと、弱弱しい眠そうな声が届く。
「むにゅ……ユキノは……私のも、の……なん…だか、ら…ずっと、私のも……ふにゃぅ……」
暁らしいその一言で、俺は十分だ。あとはそれに応えるだけ。俺はそれでいい。
「…はいはい。分かってるよ。俺はお前のものだ、暁。」