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6/6

二十七と、三十の壁。

 *6


 夜半、会社を最後に出たのが、僕と譲葉編集長だった。ここは、編集長の祖母にあたる人が所有するビルのワンフロアにあたる。

 カードキーで鍵が掛かったのを確認して、エレベーターに乗り込んだ。

 一階で夜勤の守衛さんに挨拶をかわし、オートロックの扉を抜けると、ひゅう、と夜風が吹いた。

「おつかれ平野、今週はご苦労さま」

「はい、お疲れさまでした。それじゃあ」

「まぁまぁ。よかったら一杯やってかない?」

「ありがたいお誘いなんですけど……」

 たぶん、これ以上にない断り文句。

「僕の家は、フロがないので」

「まだないのかよ!?」

「ありません。そして銭湯が空いてるのは、日付が変わる零時までなんですよ」

 腕時計を見れば、すでに夜の十時を超えていた。

 今日が週末、月末ということもあって。溜まっていた仕事と、新しくわいた仕事を片付けていると、自然にこの時間までかかった。寝泊りしないで済んだのだから、全然マシな方だとも言える。

 さよなら、労働ナントカ法。

「平野さぁ、アンタはやく引っ越せば? 今時、学生だっていないでしょ。フロなしの物件に住みたがる奴なんて」

「ですよねぇ」

 無難にあいづちを打ちながら、僕らは歩く。

 革靴の底と、ハイヒールの甲高い音が交互に鳴った。

「確かにウチは、半ば身内で本の装丁と出版兼ねーの、どうにかこうにか食いっぱぐれてない弱小出版ですけどねぇ。成人男子一匹が〝フロ付き三食コンビニ飯〟でも十分おつりが来るぐらいの手取りは払ってるつもりなんだけど?」

「おっしゃる通りです」

「だったら引っ越せっての」

 はぁ、と嘆息される。

「酒が飲めないなんて、つまんない男よねぇ~」

 これ見よがしに、言われ放題だった。

 春先の夜に浮かぶ息は、白くは見えない。

「ただ、引っ越せない理由もできまして」

「留学生のエルフと、同棲してるってやつ?」

「〝同居〟です。一応言っておきますけど、相手は未成年で、こっちも法に触れるようなことはしてませんから」

「してたら、即刻クビってるわよ。あ、いや、微妙かな。せめてシャロンをもう少し使い物にしてからやめてよね」

「いやいや、別にやめませんから。ってそれはともかく、シャロンさんは賢い子だと思いますよ。作品に目を通すのも真摯にやってるし、原稿チェックもそこそこ早くなってきましたし。なにより『ラノベ』が大好きですし」

「まぁねぇ。ただ、ちょっとばかし単細胞なのがねぇー」

「そこは、まっすぐな、とか言ってあげましょうよ」

「ダメダメ。ちょっとぐらい、折れ曲がってた方がいいのよ」

「使い勝手がですか」

「そう。平野みたいにね」

 早足で先を行く編集長は、肩越しにこっちを振り返った。

「アンタは最初、ほんとにつまんなかった。可もなく不可もなくって印象が、ピッタリだったもの」

「……そこまでストレートに言われると、さすがにざっくり来ます」

「なによ、喜びなさいよ。褒めてるんだから」

「もう少しストレートに褒めてくれると、心情的にありがたいんですが」

「女々しいこと言うなっ、若者がぁ」

 何気なく。思わず〝ノリ〟で口にしてしまった感のある最後の一言。

 愛想笑いをするべきかと迷う僕に対し、譲葉編集長は、途端にマジな顔になっていた。

「……まだ若いわよ?」

 私だって。という主語が抜けていた。

 だけどそれを指摘すると、生命の危機が訪れるので、黙ってうなずくのに留めておいた。まだ死にたくはない。若いので。



 

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