朝ごはんと、洗濯。
*5
早朝、僕らの家には新聞が届く。
ネット社会と呼ばれるようにはなったけど、書籍ではいまだに〝紙の本〟が出ているように、情報媒体としての紙はまだまだ強い。それに加えて、
「えっと……」
はらり、と新聞を一枚めくる音。フィノが右手に嵌めた指輪を新聞にかざすと、
【RE;CODED_LANGUAGE_ON】
新聞に印字された〝文字が置き変わる〟。
縦書きも、その一面だけが横書きに変わり、彼女は「そっかなるほど」と頷いてから、文字を元通りにした。他にも見出しとして映された国会議事堂の写真の下には【再生】という〝文字〟があり、ここでマナを込めた「アイテム」でなぞると、写真は〝映像〟に早変わる。
『――首相は一体、この問題をどのようにお考えなのですか!?』
初老の男性が、鋭い声で詰問をはじめる。
とまぁ、こんな感じに。
僕らの技術とエルフの魔法が組み合わさることで。身近にある〝それ以上はもう変化しない〟と思われていた物たちが、ささやかな『新生』をはじめていたのだった。
もちろん、最先端のツール、ネット文明にも、エルフの魔法を生かした機能がいろいろと実装されている。
「ふゃー、おはようなのぢゃ……」
「おはよう、ミィル」
「おはよう」
「おねいちゃん……ごはん~……」
銀色の髪をゆらゆらさせて。
褐色肌の妹が起きてきたのを見つけたフィノは、朝の味噌汁が温まる間、ながめていた新聞の一面から目をそらした。――新聞は、その国の文化や現状を知るのに役立つのは勿論のこと、言葉を覚えるにも十分なツールであるから、フィノは少しでも時間があれば目を通すようにしていた――。
「もうちょっと待ってね。すぐにお魚も焼けるから、食器出してもらえる?」
「わかったのー」
例のアニメキャラのパジャマを着たミィルが、くるりと僕の方を振りかえる。ちなみに僕もまた、ちょうど庭先から戻って、三人分の洗濯物を干し終えたところで、
「カズキもてつだうの!」
「了解です」
しっかりと、言いつけられてしまった。
「――はぁ。本当に。新聞に挟まったチラシって胸が高鳴りますよね……」
スーパー丸得のチラシを見て、うっとりと。
異世界から留学してきた女子校生エルフ(17)は、頬を赤らめていた。
「これが〝商人ギルド〟による、戦略的攻勢だとは存じているのですが、キャベツが一玉87円、ニンジン一袋95円、タマネギ一個49円の魅力にはとても抗えません……」
「おねえちゃん、きょうのばんごはんなに~?」
「あっ、そうよね。ぜんぜん考えてなかったわ」
魔法から覚めたように(ちなみにこの広告には、特に魔法はかかってない)フィノは手を重ね合わせた。
「カズキさん。今日の夕飯、なにがよろしいですか?」
「えぇと、そのオーソドックスなラインナップだと……あ、やきそばの麺もセール品に入ってるし、豚肉合わせて、やきそばとかは」
「素晴らしいですね!」
たぶん、セール品が一品増えるあたりが、そう判断した基準なんだろう。
思いながら、手元の冷奴を切りわけて、口に運ぶ。
「カズキ、おしょーゆとって」
「はい」
僕らがかこむ朝の食卓は、大体いつも、こんな感じ。