ファミレスと銭湯
*2
死んだと思ったけど、生きてた。
「大丈夫ですか! カズキさん!?」
「……お、おかげさまで……」
フィノが同じように召喚した三又形状の宝具が、雷を放つ魔剣の軌道をそらしてた。視線のさき、十センチほど離れたところを、蒼い銃刀法違反が、チリチリ静電気を発散しながら通りすぎ、刃先は僕の革靴をつついてた。
経済的な損害はきわめて軽微。保険もでない。
「もう! おねえちゃん、じゃましちゃいかんの!」
「バカ言わないで! カズキさん死んじゃうとこだったじゃないっ!」
「すぐまえで、とめるつもりだったの」
「だからって危ないでしょっ!!」
「〝えりくさー〟のひやくで、なおせばいいのじゃ」
ごめんね。大人でも、痛いのは嫌なんだよー……。
散らかってしまった台所を片付けて、結局、僕の提案で外食をすることにした。フィノは首を振って自分たちは遠慮しますと言ったけど、ミィルの方は「外食」というキーワードを聞くなり、
「リッチ! わらわ、リッチいきたい! リッチいく!」
両手をあげて、野兎のようにぴょんぴょこ跳ねた。
リッチっていうのは、いわゆる全国的にチェーン展開しているファミレスだ。大体どこにでもある。
ただ、僕らの「木造建築三十年の家(フロ無し)」の近くにある「リッチ」は、腕の良いオーナーが経営してるのか、確かにどれも中々美味しい。
「ふふ~ん、わらわ、はんばーぐ♪ ちゃーはんついた、はんばーぐぅ」
「ミィル、少しは遠慮しなさい。お給料日前なんだから」
フィノがさらりと現実的なツッコミを入れる。
僕には主に甲斐性がない。
「久々の外食だからね。好きなもの頼んでいいよ」
「アイスもいーい?」
「いいよ」
「ぱふぇもいーい?」
「あ、そこ別口!? でも食べられるの?」
「おねえちゃんとふたりで、たべるの!」
「あ、なるほどね。いいよ」
「やったぁ!」
ミィルがまた、嬉しそうに「バンザーイ!」と両手を上げる。
僕はちょっと今月の財布事情を計算した。
「……あの、いいんですか、カズキさん」
「うん。いつもの家事のお礼ってことで。フィノも好きなもの頼んで」
「じゃ、じゃあ、これ……」
フィノが指差したのは、若鶏のグリル焼き。僕も同じ物にして、それからライスとシーザーサラダも一つずつ注文することにした。
「ぼたん! わらわがぼたんおすー!」
「はいどうぞ」
丸い呼び出しボタンを渡すと、べちんべちん。
ぴんぽーん! と鳴って、すぐに店員さんがやってきた。
「はーい! ただいま参上~!」
リッチの制服を着てるのは、三角耳としっぽを生やした、赤毛の獣人の店員だった。
「ご注文をどうぞー」
愛想よく笑って、手際よく機械を操作する。僕らが伝えた注文を復唱した後に、また小走りで厨房のほうへと駆け込んでいった。
*
今から、だいたい三十年ぐらい昔のこと。
ヒト、エルフ、獣人と呼ばれる三種族の世界の間に『裂け目』が見つかった。もちろん様々ないざこざは起きたんだけど、戦争は起きなかった。
三つの種族は、大々的に争うよりも、とりあえず交流を深めた方が得だろう、という結論に達したわけだ。
基本的な身体の構造は似通っていたし、言葉もエルフが使う「宝具」で通訳ができたから、コミュニケーションを取ること自体も割と容易だった。
僕らヒトは物理と科学。
エルフ達は「マナ魔法」と呼ばれる特殊体系。
獣人族は自分たちの細胞を活性化される生体医学。
それぞれに造詣が深いものは異なっていて、知識と技術を交換する必要性も多分にあった。そうして少しずつ交流が深まって。お互いの国に若者を送り出す〝異世界留学生〟と呼ばれる制度ができたのが、つい二年前のことだった。
ただ、留学に関して一つだけ問題があったのは。僕たちヒトの住まう世界の「マナ」は、他の二つの世界の「マナ」とは異なる特性があったのだ。
研究によれば「マナ・スポット」と呼ばれる〝発生源〟らしき場所はあるものの〝拡散性が無い〟。つまり余所へ広がらないらしいのだ。
エルフは「マナ」を体内に取り入れて、空気を吸うように、日常的に消費する。僕らと同じく、酸素を吸って二酸化炭素を排出する、という別口の機関がもう一つ体内にあるらしい。
丸一日「マナ」を吸収してないと、命に別状はないものの、眩暈や立ちくらみが発生してしまう。だからせめて、定住する場所は「マナ・スポット」の真上が理想というわけで。
僕が貧乏学生だった時から借りている、この「築三十年、木造平屋(フロ無し)」の真下には、貴重な「マナ・スポット」があったというわけで――。
「カズキ!」
「あ、おかえり」
「うん! おふろでたよ! コーヒーぎゅうにゅ、のむ!」
「はいどうぞ」
家から近場のお風呂屋さん。もとい銭湯まで徒歩五分。
ファミレスリッチで食事を終えたあと、僕らは一旦家に戻り、三人で毎日通っている銭湯にやってきていた。
石鹸とタオル持参なら、一日百円。昔ながらのスタンプカードを三十回押すと、一回おまけ。ちなみにコーヒー牛乳も一瓶百円。
「うふふ。これがないとのぅ! やっぱおふろあがりはのぅ!」
なんだか玄人っぽいことを言って、きゅぽん、とフタを取る。
「んぐっ、んぐっ!」
片手に腰をあて、ミィルは美味そうに、自分の肌と似通った色のコーヒー牛乳を一気飲み。
「ぷはぁ! おいしいの~!」
「よかったね。フィノはまだ?」
「いま、かみふいとるよ」
「そっか。じゃあもうすぐ出てくるね」
「うん。カズキ!」
「どしたの?」
「はんぶんあげるの!!」
差し出された牛乳瓶。半分というか、もう一口しか残ってないように見えたけど、
「かんしゃするの!」
「ありがたや~」
頂戴いたす。にわかに火照った体に、冷たい液体が通り過ぎたところで、「女湯」って書かれた暖簾が浮いた。
「おまたせしました」
「おかえり」
いつもの事だけど。艶やかな金髪に、滴がきらきら光るその立ち姿は、とっても眩しい。
「フィノも何か飲む?」
「いえ、私は大丈夫です。湯冷めしてしまわないうちに、帰りましょう」
「そっか」
「ねぇねぇ、カズキ! かえり、コンビニでアイスかうの!」
「ダメよ。さっきリッチで食べたでしょう」
「ぶー!」
ミィルが頬をふくらませて、怒った。
外に出ると、風が冷たくて気持ちいい。
「ん!」
ミィルが両手を伸ばしてくる。その手のひらを中心に。
右手を僕の左手が掴み、左手を、フィノの右手が掴む。
「じゃあ、マナのこうかん、はじめるねー」
ミィルが目を閉じて。
別の世界、別の言葉で「魔法」を唱えると。
僕の中にある〝何か〟が、彼女たち二人の中に流れていくのを、うっすら感じた。
――稀に、本来不要なはずのマナを持つヒトがいる。
ただ、それを〝魔法に変換して出力する〟機能がないわけで、やっぱり「マナ魔法」を使えたりしないのだけど、こうしてエルフと手を繋ぐと、一時的にその〝出力先〟が設定される様になる。
もう一つ言えば、ヒトはお風呂に入ると大量の汗をかくわけだけど、マナも同様に、水分といっしょに外へ流れ出てしまうらしい。
「うん! すっきり! かいふくしたの! おねえちゃんは?」
「えぇ、私も十分。カズキさん、ありがとうございます」
「どういたしまして。といっても、手を繋いでるだけだけどね」
僕らが同居してる理由は、ここにある。
家の地下に「マナ・スポット」があることと、姉妹が不足したマナ補充の為。
「ねぇねぇ、カズキ」
「なに?」
「どして、おねえちゃんとてぇつながんの?」
「え」
「ミ、ミィルっ!」
かぽん、と音がして、フィノが桶を取りこぼしていた。
「あんね。ミィルがあいだにはいるより、カズキがまんなかはいるのが、こうりついいの」
「……あー、それはねぇー……」
「ミィルも大人になればわかるわよ」
「うんうん、そういうこと」
僕らは曖昧に笑った。ミィルはまた頬をふくらませる。
「わらわだって、おとなやもん!」
その理由は、
「だって、コーヒーぎゅうにゅう、のめるもんね!」
――どや、どやぁ? という顔。
思わず肩が震えてしまう。
誤魔化すように夜空を見上げると、ぽっかり、黄色い満月が浮かんでた。