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27歳の人間(男)と、エルフの姉妹。

*1


「おかえりなさい、カズキさん」

 ウチの玄関を開くと〝エルフ〟がいる。

 金の髪に青い碧眼。すらりと伸びる白い手足。僕よりも頭ひとつぶん低い背丈の彼女は、今年で十七歳になる。ラフで飾り気のない、量産品の白シャツと、膝上までのショートパンツ。それから淡いピンクのエプロンが、パチパチと跳ねる油を防いでた。

「ただいま」

 どこの家でも繰り返されてきたんだろうやりとりは、大学を卒業後、ずっと仕事に打ち込んできた僕にとって、懐かしさと新鮮味、それから一握りの緊張感にも満ちている。

「ご飯、もうすぐできますから。今日は〝スーパー特丸〟で、鳥肉がすごく安かったんですよ♪」

「へぇ、そうなんだ」

「はい。たくさん食べてくださいね」

「いつもごめんね。助かるよ」

 この家で暮らす〝異世界からの特待生〟。

 フィノ・エーゼリアの性格は、真面目で節約家。趣味は近所のスーパーの特売品狙い、という主婦っぷりだった。

 彼女が素直に喜ぶときは、尖った耳の先が、すこし揺れる。

 僕がネクタイを外した時、フィノもまた、しなやかな指先につかんだ菜箸を動かしていた。その箸や、彼女の長い金髪を結いあげたゴム紐もまた、スーパーの二階に構えている、100円均一の商品だったりする。

 もう少し、秀でた外見に合ったものを身に着けてもいいんじゃないかな、と思ったりする。

「あっ、そうだ、カズキさん」

「なんだい?」

「スーツの替えがクリーニングから戻ってましたので。カズキさんのお部屋に掛けてあります」

「うわっ、そういえば取りに行くの忘れてた。ごめん、ありがとう」

「だと思いました」

 そろそろ三十路も近い僕は、十歳も年下の彼女に返す言葉がない。とはいえ、フィノが年齢不相応に気が利いてるのもあるだろう。

 日々の仕事で忘れがちな事を、自分の代わりにやってくれる手があることは、正直とても助かっていた。

「あまり学業に差し支えない範囲でね」

「その点もご心配なく。勉学の方も、今のところ問題ありません。生徒会、と呼ばれる組織への立候補に関しては、お断りしましたけど」

「さすがだね」

「そんなことないですよ。ただの〝異世界留学生〟が、珍しいだけですから」

 視線を鍋の方に戻して。

 菜箸で鳥のから揚げを転がしながら、ふんわり笑う。

(――間違いなく、珍しいだけじゃないと思うけど)

 白金のエルフ。大昔の作家先生たちが描いた〝美貌〟に、彼女も間違いなく当てはまっていた。

 それでいて気さくで、下手をすると、口下手な僕よりも流暢な日本語を話すのだ。それも彼女が〝この世界〟へ留学する際に学んだもので、【神像結晶アーティファクト】と呼ばれる、魔法の手助けはない。

 本当に、いい子で、しっかりした優等生だ。

「フィノは、」

「はい」

「良いお嫁さんになれるね」

 ふと口からでた言葉に、自分で「どこのオヤジだよ?」と苦い顔をしそうになった時だった。


 ――ばっちぃんっ!!


 鍋から、油が、盛大に飛び散ってた。

「わ!?」

 それも四方八方じゃない。鍋の真上、天井の換気扇に〝火線〟が一直線に向かってた


 ――べいんべいんべちんべきょんべぎん!!

 

 お買い得だったらしい、から揚げを触媒とした魔法だった。

 爆発する。


 ――ずばぁん!


 問題なく稼働していた換気扇に単騎特攻して、砕け散る、から揚げ。

 換気扇は、から揚げと衝突した直後に「ギギギ!」って異音を発してた。一呼吸おいて力なく止まったあと、炭化したものが鍋の中に帰る。

「…………」

「…………」

 僕たちは、しばらく無言。

「……あ、その……」

 フィノがおそるおそるといった感じに、こっちへ顔を向けると、

「おねえちゃん、どしたんの?」

 寝室に繋がる、廊下との襖が開いていた。僕たちは二人そろって、そっちを見つめる。

「ミィル……」

「なんか、すごいおとしたの。マナ、どかんいうたのね」

 僕の腰元ぐらい、フィノからすれば胸元ぐらいの背丈の女子児童。

 ミィル・エーゼリアは今年で七歳。フィノとは違って、やや浅黒い肌と髪、それから紅玉色の瞳を宿してる。着ているのは、アニメキャラがプリントされた子供用のシャツに、膝上までのスカートだ。

「おねえちゃん、カズキがまた、なんかやらかしたの?」

「いや、その、僕はたぶん……なにもしてないよね……?」

 言ったところで、じとり。一回り以上も離れた子供から、疑念の顔を向けられてしまう。

「……ね、ねぇフィノ、君からもよかったら、一言……」

「えっ!? いえっ、その……当たらずとも遠からずと言いますか……」

「さいてい。カズキ、げすやろう」

「う」

 七歳の少女が、ビシッと人差し指を突きつけてくる。ある意味、直属の上司に叱られるよりも胸に刺さる。

「こ、こらっ、ミィルっ! 汚い言葉を使わないのっ!」

「おねえさまは、だまっていてちょうだい!」

 気取ったセリフは、プリントされた、ピンク髪の変身ヒロインのものだった。――なんで知ってるかって言うと、そりゃあ、日曜朝7:30のアニメ視聴に付き合わされたから。後で変身グッズとシャツ買わされたから。

「すーぱー! みらくる! はいてんしょーん!!」

 そうそう。変身するんだよね。で、

 キラキラした衣装に変わった後、専用の武器を持つんだよ。


『ここにきたれよ、わがしんぐ。

 そーえんたる、あおきほのおまとい、

 らいめいよびさませし、みつるぎよ、ここにけんげんせよ』

 

 ――ところで子供ってのは、大人が思ってるより、ずっと頭が良い。

 テレビアニメのキャラクターの決めセリフぐらい、空で言える。

 でも僕の記憶には、そんな生々しい、大仰な台詞はなかったような。


【Re;CODED.Enchanded-Caladcholg!!】


 すがーん!! 

 すごい音。――あるいは〝物騒な効果音〟。

 次の瞬間には、とても生々しい、宙に浮かぶ刃物があった。それは魔剣と呼ばれる殺傷兵器。


 ――その兵器の刃渡りは何cmですか?

 ――はい。ぶっちぎりで銃刀法違反にあたる代物です。


 つまり、僕は死ぬ。

「てんちせいめいにかわって、おしおきなのよ!」

「う、うわぁ! うわああーー!?」

 助けて警察。はやく来て国家権力。

 今、七歳の女の子に殺られそうです。えぇ、冗談じゃありません。

 童顔とかよく言われますけど、今年で二十七ですから。

 えぇ、一応は分別のついた、いい大人のつもりです。

 

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