その3
リーナが箒から見下ろす街は、まだ目覚めたばかりで、家々の煙突から煙があがっているものの、どの道も人の姿はまばらです。
リーナは塔の後ろに回りこんで、塔の真中くらいのとある一つのバルコニーに降り立ちました。
「ルー起きて」
バルコニーの窓が閉まっていたので、リーナは杖で叩き壊しました。
リーナが踏み込んだお部屋の中は色々な動物のぬいぐるみと本で埋め尽くされていて、その中心に質素な石造りのベッドがあります。
ルーはそこから半分ずり落ちて眠っていました。
ルーはママの愛人の中で最年少の人間です。
ルーの見た目はいつも眉間にシワをよせているのでちょっと恐い印象を人にあたえます。
実際、ルーは乱暴者でした。
けれどリーナはちっともルーのことを恐いと思ったことはありません。
なぜならリーナには魔法があったし、ルーは、リーナには恐い人じゃありませんでしたから。
「ルー起きて」
「…」
「ルー」
体をブーツの先で蹴飛ばしても、耳に息を吹きかけても目覚めないルーに、リーナは腹を立てました。
「ルーのパジャマ、氷になっちゃえ」
そう言ってリーナが杖でルーのパジャマを叩くと、途端にパジャマは透明な氷に変わりました。
ルーは目覚めて悲鳴を上げました。
「やめろリーナ! オレを凍死させる気か!」
氷のパジャマのせいで手足を動かせないルーは、ベッドの上でバタバタともがいています。
リーナは愉快だったので笑いました。そして氷を杖で叩いて元に戻してあげました。
「ルーって、パジャマの下は裸で、下着を着ないのね、どうして?」
ぐったりしているルーの上に乗っかって、リーナは尋ねました。
「朝起きてシャワーを浴びるだろ、そうすると下着も新しくしたいから…」
「じゃあ、昨日のパンツを穿いて寝たらいいじゃない」
「それは、ダメなんだ。だって夜にお風呂に入るから、汚れた下着を身に着けるのは気分が悪い」
「そう? いっそバスタブの中で寝たらどうかしら」
「…オレを殺したいのか、リーナ」
ルーの腹筋の上でリーナは腕組をしました。
「ううん。だって、ルーの夢を叶えてあげたいもの。ママの上で死ぬのが夢なんでしょ?」
「え?」
「ママが、ルーは腹上死するのが夢だって云ってた」
ルーが枕に突っ伏したのでリーナはベッドから落ちました。
床に落ちる前に箒で浮いたので怪我はしませんでしたが。
「ああ、マダム…愛しのマダム…」
ルーは泣いているようでした。
リーナは愉快だったので笑いました。
「若いのに大変ね、ルーは」
「リーナ、あまりマダムの真似をするんじゃないよ。ワケもわかってないくせに」
リーナは箒に跨るとそのままバルコニーに出ました。
「ううん、分かってるわ。ルーったらここに住んで長いのに、私のパパである確率さえないのよね、お気の毒ね」
ルーの泣き声を背にリーナはまた朝焼けの空を飛んで、今度は塔の下の方へ行きました。