扉が開かれる
5月の少し暑い日差しの中、いつもより少し早くオレは登校した。
校門を潜り抜け、無駄に長い階段を上り、自分の教室についた。
新しいクラスにも慣れ、クラスの大方の名前が最近やっと把握できてきた頃である。
何人か、前のクラスからの奴も含めて友達もいる。
普通だけど、楽しい毎日。
今日もまた始まるだろう。
特に深く考えず、オレは教室の扉を開けた。
「――うわっ!?」
「あっ、その・・・すいません」
入り際に誰かとぶつかった。女子のようだ。見覚えが無いから他クラスの子だろうか。
背中まである黒髪を下ろしている。
「すいません」
もう1度謝ると少女は気まずそうなをして駆けていった。
慌てていたのだろうか・・・まだ予鈴までだいぶ時間があるのだが・・・
みるとクラスの奴らも困ったような、気まずいような半笑いをしている。
「・・・・・・?」
「クラス間違えたんだってさ、今頃」
なるほど、それは恥ずかしい。
「しかも教室入って、席に座って、隣の女子がそこは平野君の席ですよっていうまで気がつかなかったんだぜ。間抜けだよなー」
「注意されたあともしばらくぽかんってしてたしな、ありゃ周りの視線に気がついたから出てったって言ったほうが正しいんじゃないか?」
「しっかりしてそうな顔だっただけに、あのあせった顔がなんとも・・・!!」
「・・・・・・お前らどんだけ観察してたんだよ」
「けっこー美人だったじゃん。なのに誰も知らなかったからさ」
「あれくらいの美人だったら、うわさになっててもおかしくないのにな」
「何組の子だったんだろう・・・バッジ見とけばよかったー!!」
「なあなあどうだった?美人を間近で見た感想は?」
「あんなもん一瞬だろ一瞬、そんなよく見てねぇよ。オレはお前と違って朝っぱらから下心丸出しじゃないもんで」
「じゃあ夜はさらけだしているんですね、わかりまry」
「う、うるせぇ!!それよりお前ら今日提出の英語の課題やってきたか?」
「やってきたよ、お前は・・・やってないんだな?」
「もちろんだ!だからこうしていつもより早く登校したんだ、さっさと見せろ」
「やってきてないのになんでそんな偉そうな態度なんだよ・・・」
「頼む!見せてください!!お願いします!!」
「よろしい、そのかわり今度お前が買った漫画の新刊読ませろよな、ほらよ」
「ありがとうございます!!ありがたく写させていただきます!!」
「んー、そういや今日平野来てないな・・・ま、いっか」
オレの学校生活は平凡だけど楽しい。
昼休み、オレは委員会の仕事でウサギ小屋に向かった。
この学校のウサギ小屋には死んだ目をしたウサギが3.4匹飼育されている。
ウサギ小屋はじめじめした校舎の裏側に位置しているのと、どのウサギもそろいもそろって不細工なのを理由にウサギ目当てにここを訪れる人は少ない。
たまに事務のおっさんが倉庫の道具を取りにと、飼育委員がウサギの世話をしに来るだけだ。
オレらが入学する少し前まではこのウサギたちは床に穴を掘ることに熱中し、1日中穴を掘る様子が目撃されたのだが脱走の危険があるとかウサギのつめに悪いとかなんとかで床がコンクリートに変わった今はその様子はまったく見られない(そりゃそうだ)
湿った空気と獣の匂いとともにウサギ小屋が見えてきた。
さあ、仕事にとりかかるか。
ここの飼育委員は仕事をしない奴も多いから、オレがちゃんと面倒みてやらないとな。
とりあえず餌だけやって掃除は放課後だ、正直オレだって部活とかいろいろあるからやりたくないが、ウサギの命には変えられないので仕方ない。
それに不細工なウサギでもなれてくると可愛くなるもんだ、最近はオレの手をなめるまでなついてきたし。
・・・・・・あれ、ウサギ小屋の前に人が
おかしいな、ここは普段誰もこない場所なのに
「あ・・・・・・・」
背中まである黒髪とちょっとつりあがった目、細身の体、この中学校の制服である紺のセーラー服がよく似合っている。
見覚えある、この人は今朝教室を間違った人だ。
「・・・・・・えと、あの・・・」
見るからにおどおどしている。
そんなにここにいるところを見られたくなかったのだろうか・・・
もしかして、オレに見られるのがイヤだったとか?
・・・・・・・・・・・・
被害妄想だ、たぶん
こういうのは話しかけない方が良いだろう。
今朝のことを思い出して恥ずかしくなっているだけかもしれないし。
黙ってウサギ達に餌をやることにしよう。
「・・・あの・・・・・あ・・・」
躊躇いながらも今朝教室を間違った人がオレに話しかけようとしてくる、なんで、どうしよう。
「あ・・・あぅ・・・うぅ・・・」
き、気まずいぞ。
これが話しかけたならオレも受け答えできるのだが、この今朝教室を間違った人はオレに話しかけようとしただけなのでオレに話しかけてはいない。
よって、オレもなんですかとは言えないのである。
すごく、気まずい。
「えと・・・あのっ・・・あ・・・」
今朝教室を間違った人は顔を真っ赤にしながらしどろもどろになっている。
堪えられない、かわいそうになってきた。
ウサギの餌やり終わったら俺から話しかけよう。
干草とフードをウサギ達にやると、一斉にがっつきはじめた。いつも死んだ目をしているウサギ達がこのときばかりは草食動物なのに肉食動物のようなギラついた目になる。お前ら元気だな。
さて、ウサギの餌やりが終わったので今朝教室を間違った人に話しかけるとするか。
知らない人と話すのって緊張するな・・・心の準備が必要だ。
すってー、はいてー、はいすってー、はいてー・・・よし。
話しかけるぞ。後ろを振り向くか。
「あ、あのっ―――」
「うぉわぁっっ!!」
「ひゃぁぅっ!?」
後ろを振り向くと今朝教室を間違った人の顔が度アップでいた。つまりすぐ後ろにいたわけだ。
気がつかなかった。
あーーーびっくりした・・・・・・
心臓止まるかと思った・・・・・・
「あ、あのっ―――」
「はいぃっ―――!?」
「ひゃうっ―――!?」
話しかけられたオレがびっくりして、オレの声に今朝教室を間違った人がびっくりした。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
オレも含め二人とも黙り込む、気まずい、気まずいぞ。
「あ、あのっ、良いですか?」
今朝教室を間違った人がもう1度話しかけた。目がオレをみていない。
「ななな、なんでしょうか?」
オレも今度は答える、今朝教室を間違った人の目を見ずに。
「あなたって2年3組の人です・・・よね?」
「ええ、そうですけど?」
今朝教室を間違った人が続けて聞く。
「南が丘中学校の・・・ですよね?」
「あぁ、そうだけど?」
南が丘中学校とはオレが通う中学校のことだ、つまりここ。通称「南中」である。
なんでこの今朝教室を間違った人はこんなことオレに聞くのだろう?
「うううぅぅ・・・・・・」
今朝教室を間違った人は頭を抱えてしまった。このままここを離れるなんて・・・できないよな。
「どうかしたんですか?」
ここで、初めて、今朝教室を間違った人は、オレの目を、覗き込んだ。
自分ではどうしようもできないような、助けを求めるような、瞳。
淡い紫がかかった瞳が前髪に隠れ、その隙間から覗く。
オレは目が話せなかった。視線を逸らさぬまま、今朝教室を間違った人は口を開く。
先ほどまでのおどおど、しどろもどろの口調とは違う、1字1字確かめるような口調で。
「私も、南中の、2年3組です。でも、私のこと、誰も、知らないんです。そして、私も、知らないんです。あなた達のこと」
そう言った今朝教室を間違ったはずの人の胸には「南が丘中学校 2年3組 平野 加子」というバッジがつけられていた。
初投稿で処女作です。いろいろと至らぬところもありますが温かく蔑んだ目で見守ってくださると助かります。できれば蔑んだ目で見てください。