ゾンビになりたくない聖女様は、魔王城に住むことにしました。
蒼空君は転生したい。
特に理由もなく。
毎日満足しつつも、不満もある日々を送っている。
元気に、かつ病気もしつつ。
毎日何かしらの刺激を求めている。
が、刺激のありすぎる日などいらない。
ほんのちょっと、友人たちに
「僕、転生しちゃった」
と自慢したい。
膝の上の猫を撫でながら夢想した。
そんな蒼空君。
転生ではなく、召喚されてしまった。
男子だというのに、聖女として。
しかも聖女という言葉に、身体が引っ張られた。
付いていたものがなくなり、平らだったものが出てしまった。
慣れない体に違和感はなくもない。
とはいえ、自分でも可愛いと思う顔立ちと、丸みを帯びた身体。
「女の子の僕、僕好み」
極まったナルシスト。
「魔王によって撒き散らされた瘴気を浄化して欲しい」
召喚の衝撃で気を失っていた蒼空君。
目覚めると国王や王子、聖女を信奉する大神殿の長が蒼空君に額づいていた。
ただの男子中学生だった蒼空君。
こんな大役を務められるのか少し不安になったが、大人達が頭を下げている事に気を良くした。
興奮した。
転生でも召喚でも、どっちでもいいや!
もはや違う世界に来ただけでミッションコンプリートだ。
まあ、ひとつだけ気になるのは、自分を呼び出したのがモフモフの獣人という事。
死闘を繰り返す王子に寄り添い、世界を浄化するべく魔王城へ急ぐ。
惚れ惚れするような美丈夫な王子。──モフモフだが。
うっかり惚れてしまいそうになる蒼空君。
いや、この王子のモフモフな毛並みが、いつも撫でていた猫と同じくらいいい手触り。
柔らかく、かつ、しっとり。
なめらかな光沢にうっとりした。
もうそれだけ心が躍る蒼空君。
王子も憎からず思っている、というより求婚される程に惚れられていた。
吊り橋効果なのでは? と思いつつも、抗えない。この運命に。
だって、いいモフモフ具合。
「聖女様を返せー!」
魔王城へ向かう道中、度々現れる敵。
煌めく甲冑に身を包む馬上の騎士たち。
「うわー、綺麗だねえ」
「あれは人族です。我が国を蹂躙しようとしてるのです」
「でも何で返せって言ってるの?」
蒼空君は王子に首を傾げて問う。
「隣国の神殿から、我らが聖女様をお助けしたからです」
──僕はモフモフの隣国に召喚されてたんだ。
へえ。
あくまでも呑気な蒼空君。
「裏切り者がー!」
二十日ほど進んだ場所でうろこ状の甲冑が光を放ち、後から追い上げてきた。
「カッコいいねえー」
「あれは別の人族です」
「へー。でも何で裏切り者って言ってるの?」
蒼空君は二度左右に首を傾げて問うた。
「休戦協定を破ったのがこちらだと勘違いしているのです」
──ふーん?
なんだか色々あるんだねえ。
蒼空君は世界情勢などどうでもよかった。
魔王城に近づくにつれ濃くなる瘴気。
蒼空君は着々と浄化してゆく。
そして、いよいよ魔王との決戦。
かと思いきや、魔王城の豪華な王座から大量の瘴気をまとった魔王は、蒼空君に囁く。
「おまえが聖女か。我を討つより、おうちに帰りたくない? 我、送ってあげるよ?」
──おうちって。可愛くない?
「我、生まれたばかりで瘴気の出し方が上手く出来ないのだ。覚えたら帰してあげるが?」
蒼空君は瘴気で薄ぼんやりとした魔王をよく見てみた。
幼児。いや、ワンコ。
あっちにもモフモフが。
触りたい。
猫好きでありつつ、犬も好きな蒼空君。
錯乱した。
王子は「聖女様、行かないで!」と叫んでいる。
あれ? そういえば、帰れるかどうか聞いていなかった、と今更気づく蒼空君。
「えーと。王子様。僕、終わったら帰れるの?」
「⋯⋯帰れません」
苦悶の表情を見せる王子。
「ええー。それじゃ、自慢できないじゃん!」
蒼空君、ちゃちゃっと魔王に向かって走り出す。
「おうち戻して!」
潔い掌返し。
魔王の周りの瘴気も手で扇いで消してゆく。
「うん、いいよ。そっちの君たちも我の瘴気が消えれば良いのだろう? 敵対するつもりもないのだよ、我は」
幼犬にしては黒い笑顔だが、蒼空君には全く見えていない。
「この耳の丸み! ちょっと硬めの毛がいい! ちょっと柴犬っぽいんじゃ?」
魔王の歪んだ笑いも「ゴムパッキン!」と言いながらグニグニ引っ張る。
「うわああ、聖女様! おやめください!」
兵士たちが慌てふためくも、蒼空君はお構いなしに髭を触り、首の毛に手を入れ撫で回す。
「わっ、わかった。私たちは引こう。その代わり聖女様を無事に帰していただきたい」
王子は王族としての威信にかけて、膝をつくことも頭を下げることもなかった。
その様子にハッハッと嬉しそうに魔王は笑った。
「無論だ。善処しよう」
「聖女様、お元気で」
王子は涙を浮かべ去っていった。
兵士たちも項垂れて追従した。
さて、魔王のそばに残った蒼空君。
魔王城に残った瘴気を取り除き、晴れ晴れとした顔を魔王に向けた。
「うちに戻して! 君は可愛いけど、家の猫も可愛いんだ」
「いいだろう。我の尻尾を掴むがいい」
差し出されたのは、くるんと巻いた尻尾。
うわあ、触ってみたかったんだ。
よそのワンコは触れなかったからなあ。
うちの猫が嫌がるからさあ。
などと、やっぱり呑気な蒼空君。
帰って友人たちに自慢できるのかと思うと、さらに気分が上昇する。
蒼空君が尻尾を掴むと、あっという間に見慣れた風景。
いや、見慣れているけど違う。
自分の家ではなく、よくテレビで見るような光景。
「あああー、蒼空ー! どうしてこんな事に!」
ベッドに横たわる自分に覆いかぶさり、母が号泣している。
顔を歪ませる父の胸に、姉がしがみついて泣いている。
上から見てる蒼空君と魔王。
いわゆる俯瞰というやつ。
──あれ? どういう事?
「ああ、君ね。死んじゃったんだよね」
──ん? 召喚じゃなくて、転生?
「どうする? このまま身体に戻る? 生き返らないけど」
魔王、さらっと現実を突きつける。
蒼空君、混乱の極致へ。
──ええ? 死んでるの?
死体に戻ったら、良くてゾンビ? 火葬したらスケルトンにもなれない?
ゾンビ状態ではみんなに自慢できなくない?
「僕、魔王城で暮らしてもいいですか?」
◇◆◇
「王子ー、やっぱりあの子帰って来ましたよ」
モフモフの中の一人が、王子に声を掛けた。
「でしょうねえ。それより王子はもうやめて下さい。族長」
魔王城から去ったはずのモフモフ王子と、付き従っていた軍隊。
いまだ魔王城にいた。
「いやあ、いい演技だったね。ご苦労さん。お前顔がいいから、きっと気に入られると思ったんだよねえ」
「いや、あの子、顔より毛並みが好きだったみたいですけどね? でも、扱いやすくて楽だったなあ」
あの王子然とした気品はどこへやら。
悪そうに半眼にして笑う。
「大体、人族が協定を破って聖女を召喚したのが悪いんですよ」
「魔王様が代替わりで瘴気が出ても、ある程度時間が経てば収まる事は伝えてあったのになあ」
人族と魔族。
遠い昔には諍いを起こしていたが、戦に疲弊し協定を結んだ。
この数百年はそれぞれ交わらないよう棲み分けをしていた。
モフモフ獣人族は魔族だ。
戦闘能力の高さを買われて兵士として魔王に仕えている。
人族が瘴気の発生に慄き、魔族が攻めてくると勘違いした。
魔族から使者が来たのにも拘わらず。
人族は魔族と諍っていた時代の召喚魔法を古い文献から発掘し、浄化の力を持つ異界の聖女の召喚を試みた。
その様子を魔族の外交官が察知し、魔王へ報告した。
「聖女、攫ってきて」
魔王は吹き出す瘴気の間から、うんざりした声で配下に命令した。
そもそも瘴気は魔族の領土から出ることのないように結界が張られているのだ。
「わんさか人族がこっちに来て瘴気に当てられたら面倒だからさ、聖女だけでいいよ。どうせだから瘴気の掃除をしてもらおう」
そんな訳でモフモフ獣人族で一番のイケメンが王子役になり、族長が国王、恰幅のいい者が神殿長役を務めることになった。
召喚魔法が成功しそうになった瞬間に、人族を鎮圧。
聖女として召喚された蒼空君はモフモフ達の手に落ちたのだった。
魔王城への道中に現れた敵は、国土を通過された人族の国の軍隊だった。
「まったく、人族は考えなしですよね。あの召喚魔法、呼べても返せないんですから」
「ホントそう。魔王様ならキャッチ・アンド・リリース出来るのになあ」
魔族は魔王の瘴気にやられる事はない。
だが、嫌というほど放出される量には視界が悪くて辟易していた。
代替わりのたびに異界から瘴気を浄化できる者を連れて来ては返していた。
人道にもとり。
「でも、やっぱり、魔王様の言うとおりでしたね。こっちに来る時、あっちでは死んでるって」
「まあ、こっちに住むっていうなら、最後まで面倒見てやろうぜ」
「ですねえ。人族のかわりに」
責任を感じてあれこれ話し合う獣人族をよそに、
「モフモフ天国!」
蒼空君はぴょこぴょこ跳ねて喜んでいた。




