第1話 目が覚めるとそこは森の中でした
ここはどこ? わたしは誰?
そんなよくある物語のテンプレートみたいなことを口にする。いつその物語を読んだのかは覚えていない。だって、記憶を漁っても覚えているのは名前だけだから。
草や土が付いた髪を振って汚れを落とす。寝起きだからなのか立ち上がると頭痛がした。
周りを見てみるとあたりは薄暗く、木、木、木、森だ。恐ろしいほどに静まり返った森。
それにしたって、どうしてわたしはこんなところに? 思い出そうとすると頭痛が酷くなる。
ふと、遠くからこんな声が聞こえてきた。
「……様ー! シエル様ー!」
誰かがわたしのことを探している。声に聞き覚えはないが……わたしの名前を知っていると言うことは、わたしについてもよく知っているということ。
うん。すごく浅はかな考えだと思う。
誰だかわからないが「こっちだよ」と返事をする。今思うと危機感が全くなかった気がする。
わたしの声に気が付いたのか、近づいてくる足音の音がより速くなる。
数秒後、茂みの方から少女が出てきた。
長く白いサラサラとした髪。空にある綺麗な月と同じ黄色の瞳。145センチほどの身長で、綺麗な顔立ちには似合わないローブを着ていた。
背中に少女の背丈と同じくらいの布がかかった物があり、とてもじゃないが少女が持てるほど軽そうには見えない。
少女は泣きそうな顔をしていた。
「シエル様。やっと見つけました……シエル様のことをずっと探して……」
「えっと……どちら様で?」
少女は驚いた顔で私を見た後、しゅんと悲しそうな顔をした。そんな顔されてもわからないものはわからないのだからしょうがないじゃないか。
「シエル様……何も覚えていないのですか?」
「何もっていうか、自分の名前はわかるというか」
よく表情が変わる子だ。
少女は平静を取り戻し、穏やかな顔をしてこう言った。
「記憶喪失……ですか、わかりました。挨拶をしたいところ──なのですが」
少女は後ろを振り返り、警戒をする。
直後、二人ほどの声で「白い女を探せ! 見つけ次第殺してもいい」と物騒な声が聞こえた。
「なんで追われてるの?」
「シエル様を見つけるために少し……」
そうこうしているうちに声の主に見つかってしまった。ガタイのいい男が二人。二人とも右手にナイフを持っているようだった。「見つけたぞ!」とこっちに迫ってきている危機的状況。
「どどどどうするの!? 少しって一体なにしたの!?」
「安心してくださいシエル様」
「安心できないよ!」
そう言う少女は背中にある布がかかった物を地面に置く。慌てるわたしとは対照的に冷静に少女は布を剥ぎ、その中から白色が特徴的な細長い物が現れた。
「シエル様はお忘れのようですが、私には『これ』があります」
「『これ』は?」
少女はふふんと誇らしげな顔をして早口で説明し始めた。
「LSR-44型電流式狙撃銃です。少しだけ的が近いですが問題ないでしょう」
「L……なんだって?」
少女は銃口を男達に向ける。二人は慌てふためいていた。そりゃそうだ。わたしだってこんな物向けられたら誰だってあたふたするに決まっている。
バチバチと音を立てながら銃が青白く光り始めた。
少女はなにかボソボソと呟いていた。
「対象を捕捉しました」
少女の目つきが変わった? いや、比喩でもなんでもない。気のせいだとは思うが、少女の瞳の中で稲妻が走っているように見えたのだ。
「発射!!」
その一言で青白く光っていた銃がより一層強い光を放った。
直後、ポスンと軽い音が聞こえたのはわたしだけではなかったようだ。
何も起こらない? 身構えていた男達も、少女も両者同時に銃を見る。この間五秒ほどの沈黙が流れた。
すると少女はわたしに振り向き舌をぺろっと出してこう言った。
「エネルギー切れです」
「はい!? エネルギー切れですじゃないよ! あぁ、ほら来てる来てる!」
助けてもらっている身だが……いや、そもそもこの少女のせいで危険に晒されているんだっけ。
男達は今のうちだぜと言わんばかりにこっちに向かって走ってくる。
少女は銃を背負い「失礼します」と言いながらわたしを軽々と持ち上げた。
「わわっ!」
「少しばかり揺れると思いますが気をつけて下さい!」
少女は地面を蹴り森の中を突っ走る。言われた通り少し……いや、めちゃくちゃ揺れてる! 舌を噛んでしまいそうだ!
「このまま拠点へと向かいます」
「拠点? うっぷ」
「吐かないでくださいね!?」
じゃあもう少し優しくしてくれ。もうそろそろ限界なんだ……
胃の奥からでちゃいけない物が、可憐な少女(?)からでちゃいけない物が……
「おろろ」
「きゃあああ!?」
大丈夫、まだ大丈夫。吐いていない。
そして、この地獄のような時間が約一時間続いた。
○●○●○●○
一体どこまで来たのだろうか。追ってきている者達は誰もいなかった。
行き着いた先は謎の屋敷。森の中にひっそりと佇んでいる屋敷は、恐ろしい雰囲気を醸し出していた。えっ、これ本当に大丈夫?
「シエル様? 立ち止まってどうしたのですか。まだ気持ち悪いですか?」
「いや……」
少女に背中をさすられる。屈辱的だ。
本当に信用してもいいのかなと思ったが、この子からは悪意を感じられない。なぜそんな気がするのかはわからなかったが、もしかしたら微かに記憶が残っているのかもしれない。
少女は扉のドアノブに手をかけ、振り向いてこう言った。
「おかえりなさいませ。シエル様」
少女は扉を開き、その中の様子にわたしは驚愕した。
外観に似合わぬボロボロ具合。埃まみれ、床がジャリジャリと土が床を支配していた。
そう、文字通り|《廃墟》と言っても差し支えない荒れ具合だった。
足を踏み入れると埃が宙を舞い、それを吸い込んでしまい「ゴホッゴホッ」と咳が止まらなくなった。
「あわわわ! すみません! しばらくここを離れていたもので掃除ができていませんでした!」
少女は頭を下げる。自分より年下に見える少女に頭を下げられても良い気分がしなかったので、頭を上げてと伝えた。すると。
「……記憶を失ってもシエル様はシエル様ですね。お優しい方です」
「さっきも言ったけど名前以外覚えてないんだよね、わたし。名前だけ覚えてるって言うのもおかしな話だけど」
「大丈夫です。また一から学び直せば良いのですから」
《また》か。一体わたしとこの少女にはどんな毎日があったのだろうか。
わたしは覚えていなくとも、この少女はわたしのことをずっと待っていたのだろう。
「そのー……お恥ずかしながらあなたの名前も忘れちゃってて……」
「わかりました」
失った記憶を思い出すために、まずは名前からということで。
少女は寂しそうに、銃を下ろして会釈をした。
「改めまして自己紹介をします。私はソウリン大陸、シエル様の拠点を守護せし勇者が一人、フェリンと言います」
なにやら知らない単語がたくさん出てきたぞ。ソウリン大陸? 勇者? うーん。初めて聞いたはずなのに初めてな気がしない。何か思い出しそうだが頭痛が酷くなる。記憶を思い出そうとするのを邪魔されているみたいだ。
埃まみれの床に座ろうとしたところ、フェリンが「汚れますので」と銃に被せていた布を床に敷いた。
本当に良いのかなと思ったが、フェリンが「どうぞ座ってください」と言っていたので、お言葉に甘えて座ることにした。
「それでは私も失礼しますね」
と、フェリンが汚い床に座ろうとしていた。
「ちょちょちょ、汚いよ!?」
「はい? どうかしましたか?」
フェリンが不思議そうにわたしのことを見る。
躊躇いなどないのだろうか。それともこれがフェリンにとっていつもの日常なのだろうか。いや、違うだろう。
ギリギリだが、布の大きさも二人分入るぐらいの大きさだ。
わたしはフェリンに「隣に座って」と布をポンポンと二回叩く。
「い、いえ! 私みたいなものがシエル様の隣に座るなど……いけません! それに……」
「それに?」
「わ、私……少し臭うかもしれませんから」
なんだ、そんなことか。フェリンに持ち上げられた時に嗅いでしまったが、気になる程臭いわけではなかった。むしろ良い匂いだった。
だけどそんなこと言ってもフェリンは話を聞いてくれないだろう。
「近くにいたら記憶が戻るかもしれないからさ。隣に座って欲しいな」
「……なるほど、一理ありますね。それでは失礼します」
フェリンはちょこんとわたしの隣で正座をした。
足は痛くならないのかなと思いつつも隣に座ってくれたことがどこか嬉しかった。
フードを被ってて顔がよく見えないが、フェリンは顔を赤くしていた。もしかして暑かったかな。
「それで、色々質問したいんだけどいいかな?」
「なんなりと」
「ソウリン大陸ってなに? それと勇者について教えてくれる?」
「そうですね。まずは大陸のことについて簡単に説明いたしましょう。ソウリン大陸の他に五つ大陸があります」
ローブから少し顔を出して、フェリンは説明口調で話し始めた。
「《ソウリン大陸》は自然が豊かな大陸です。様々な生態系があり、ここでしか見られない生き物もいるそうです。私達が今いる大陸でもあります。
《バシトロウ大陸》は大陸とは名ばかりの島々でできています。川や海などの水が豊かな大陸です。
《サーハン大陸》は灼熱の砂漠地帯です。とても暑苦しくらしく、バシトロウ大陸とは真逆の水が少ない大陸みたいです。
《シャリン大陸》はサーハン大陸とは違い、極寒の雪原が広がっている大陸です。軽はずみな装備で突撃したら一瞬で全身が凍りつく危険な大陸です。
《ボルガン大陸》は火山活動が活発な大陸です。岩がゴツゴツしていて人が住めるような土地ではないみたいです。
そして、最後の大陸|《立ち入り禁止区画》でございます」
「なんか最後だけ不穏なんだけど?」
他が〇〇大陸で名乗っている中、一つ立ち入り禁止と言われているのが気になった。
文字通りのままだろうが、その立ち入り禁止になった理由が知りたかった。
「なんで立ち入り禁止に?」
「そうですね……それを説明する前に《勇者》について説明いたしましょう」
フェリンは身振り手振りで説明を始めた。
「勇者とは《巣食う者》を討伐する者達の総称です」
「巣食う者って?」
わたしは間髪入れずに質問をする。
「巣食う者。数万年前から人類と争い続けている生命体です。幾度となく人類を襲い、その文明を破壊してきました」
「破壊って……」
「立ち入り禁止区画には巣食う者の王が存在し、そこから数多くの巣食う者が生まれていると考えられています」
「だから立ち入り禁止と……」
取り敢えず大陸と勇者についてはよくわかった。だけどまだわからないことがある。
そう、わたしのことである。
わたしとは一体? ……いや、正直聞かなくても答えはわかっている。
それでも疑問を確信に変えたいがためにフェリンに質問をする。
「……わたしって、勇者なの?」
「正解です」
「なるほど。わたしが勇者だからフェリンが必死に探していたわけか」
フェリンはこくりと頷く。
「シエル様はとてもお強い勇者でした。困っている人を見つけたらすぐさま助ける……人類の希望とも呼べる──まさに勇者の中の勇者でした」
話を聞いているとだんだん恥ずかしくなり首を掻く。
しかも嬉々として話しているのだ。首元の辺りがむず痒くてたまらない。
「……しかし、シエル様は行方不明になられました」
「えっ、どうして?」
「とある巣食う者との戦闘中、シエル様は大きな爆発に巻き込まれ、気がついた時にはシエル様は消えていました」
フェリンは手を強く握りしめ、ポツリと言葉を残した。
「巣食う者……絶対に許せません」
顔は強張り、巣食う者に憎しみを見せているようだった。
「あっ、すみません。少し取り乱しました」
「こっちこそごめん。何も覚えてなくて」
何も知らない自分自身が不甲斐なかった。
その後もフェリンと雑談らしき話を続けた。会話は他愛もない内容だったが、フェリンはいい笑顔で体を揺らしながら話をしていた。
すると突然フェリンが「そうだ」と手をぽんと叩いた。
「実はシエル様を捜索する際に手伝ってくれたお友達がですね。もしシエル様を無事発見することができたら一度会ってみたいと言ってました!」
どうやらわたしを探していたのはフェリンだけではなかったようだ。
その人の名前はプラン。わたしとフェリンと同じく《勇者》の一人らしい。
説明が多すぎましたかね。次回も説明が多くなると思います。丁度いい塩梅がまだわかっていないので教えていただけると嬉しいです。




