第5話:【配られたカードで勝負するしかない】
第5話:【配られたカードで勝負するしかない】
意識が現実へと浮上する。図書室の冷房の音。本のページをめくる音。
ふと視線を落とした文庫本の一行に、僕は思わず乾いた笑いを洩らした。
「……『配られたカードで勝負するしかないのさ。』か。本当、その通りだよ」
ビーグル犬の哲学者、スヌーピーの言葉が胸に刺さる。
チートは失われた。
手持ちの手札がブタであれ、自分のカードで勝負するしかない日々が戻った。
だが、不思議と気分は晴れやかだった。
「これで、あの胡散臭い神父と、口の悪いクロカワとはお別れだ……。
見た目は最高なのに、あの口の悪さで台無しだよ、あいつ」
独り言のつもりだった。
だが、斜め向かいで勉強していたはずの白河さんが、ゆっくりとこちらを向いた。
その瞳は冷ややかに、けれどどこか楽しげに僕を射抜いた。
「……『見た目は最高なのに』。の、続きは?」
心臓が変な音を立てて跳ねた。
「え、あ……いや。クロカワの話で……」
「私の戸籍上の名前は、黒川よ?」
「……シ、シスターの話で……」
「私に、姉妹はいないわ」
「……夢の、話で……」
白河さんは、ペンを回しながら、逃げ場のない獲物を見る目で見つめてきた。
「どんな夢か詳しく聞かせてくれる?私がコスプレシスター服で、悪趣味な教会にいる感じ?」
彼女は首を軽く傾げた。僕は呼吸を忘れた。
神父は嘘を吐かなかった。そして観覧料はこれか?
「彼女はクロカワだ」という真実だけを告げ、僕が勝手に「偽物だ」と思い込むように情報を操作していた。
そして彼女には、最初から「隣にいるのは本物の彼だ」と教えていたのだろう。
僕が偽物相手に吐き散らした暴言も、気恥ずかしい本音も、すべては本物の彼女に筒抜けだった。
予知夢というシミュレーション(チート)はもうない。
僕は震える手でペンを握り直し、苦笑いを浮かべた。
「現世は夢、夜の夢こそまこと――」
とつぶやく。
夢と現実の彼女(白河)、どちらが『まこと』なのだろう?
夢の中の毒舌な彼女か、それとも現実の完璧な彼女か?
ーー余念が過ぎる。
さて、この窮状を脱するカードはあるのか?
(本編完)




