第4話:【全能殺しの逆説、あるいは神の解体】
第4話:【全能殺しの逆説、あるいは神の解体】
「チートキラー」が連行された後、僕は震える脚を奮い立たせて、放置していた荷物を図書室へ取りに戻った。
静まり返った書架の間で、ふと宗教の棚が気になった。
一冊の古びた神話大系と仏教の本を手に取った。
仏教の本に目を通すと、強烈な違和感が氷解した。
神父は「人口爆発に魂の供給が追いつかない」と言った。
だが、転生輪廻が生命全体の循環を指すなら、人間が増えても他の生物を考慮すれば総量は問題ないはずだ。
――あいつは、最初から僕に嘘をついていた。
クトゥルフ神話体系、這い寄る混沌――ナイ神父の正体。天敵は深淵の大帝との記述があった。
「……なるほど。この神様は、全能であるがゆえに予定調和に飽き、『驚き』に飢えているんだな」
この神は、あえて人間に力を与える。人間が絶望し、足掻き、滑稽に自滅するプロセスを「鑑賞」するためだ。
だとしたら、僕が取るべき戦略は一つ。
奴の想像を超える『面白い屁理屈』を叩きつけてやることだ。
再び訪れた縞瑪瑙の教会。
その感触は相変わらず冷酷だが、もはや僕を威圧することはない。
「あら、おかえりなさい。警察官の後ろで震えていた気分はどう?
異世界の刺客を相手に『善良な市民の義務』なんて、滑稽すぎて涙が出ちゃうわ」
祭壇の影から現れたシスター・クロカワが、心底愉快そうに鼻で笑う。
僕は動じなかった。むしろ、満足げに鼻で笑い返した。
「刺客?ああ、あれがそうだったのか。言ってくれなきゃ分からないよ。
僕の目には、学校に不法侵入したただのテロリストにしか見えなかった。
だから、善良な市民として当然の通報をした。それだけだ」
神父が闇の中から首を傾げ、音もなく現れる。
「……プライドは傷つかなかったのかな?君のチート解体は、もっと知的なものだと思っていたよ」
「プライド?『勝つことが本にて候』。朝倉宗滴の言葉だ。
僕は生き残り、あいつは今頃、取調室で冷たいカツ丼でも食べてるだろう。
どちらが勝者か考えるまでもない。
……それから、郷に入れば郷に従えと異世界の神様に伝言しておいてくれ。
日本では、勝負するならまず名乗りを上げるのが作法なんだよ。
名無しさんはただの不審者だ」
神父の瞳が僅かに細まった。僕は追い打ちをかける。
「ついでに言えば、君の『魂の流出』という話もデタラメだ。
転生輪廻が生命全体の循環なら、人間の人口増加だけで魂が枯渇するはずがない。
君はただ、人間が異能に溺れて右往左往する姿を鑑賞したかっただけだ。
不完全なのはシステムじゃなく、君の脚本だよ」
「……。何と言いましたか?」
「有名な逆説を君に贈るよ。全能者は、自分でも持ち上げられないほど重い石を作れるか?
作れなければ全能じゃないし、作れても持ち上げられないなら全能じゃない」
僕は一歩、詰め寄った。
「僕に魂の回収報酬として『召喚能力』を渡せ。
僕に強力な能力を付与できないなら、君は石を作れない不完全な存在だ。
もし作れるなら、今すぐそれを僕に渡して証明しろ。
……それとも、僕に裏をかかれるのが、神様としてそんなに怖いのか?」
「あらあら!神父様、人間に『スペック不足』を指摘されちゃってるじゃない」
クロカワが笑い転げながら、火に油を注ぐ。
「全能なら見せてあげなさいよ。それとも、本当にこの子に負けるのが怖いの?」
「……面白い。よろしい、その『石』を与えましょう。ただし、潰されぬように」
神父が慇懃無礼に頭を下げ、僕に全能の片鱗を解放した。
その瞬間、僕は図書館で見つけた「天敵」の名をシステムに叩き込んだ。
「――来い。ノーデンス!」
教会のステンドグラスが弾け、縞瑪瑙が砂となって崩れていく。」
召喚された深淵の大帝の顕現により、神父の作り上げた領域は崩壊を始めた。
ナイ神父の心底愉快そうな笑顔。
「素晴らしい喜劇!観覧料は現世で受け取ってくれたまえ」
「負け惜しみか?性格の悪い偽物さんとあとは勝手にやってくれ。あばよ!」
闇に沈みゆくシスター・クロカワの、信じられないものを見るような驚愕の顔。
最後の予知夢と同じプロセスで、僕は現実の世界へと戻った。




