ぷらっとほーむ
夜明け前の午前5時、まだ街灯の青い航路が見える中、碧い信号に促され、中心市街地に向かう一番列車が、3番線ホームに滑り込んできました。
通学・出勤時間前という事もあり、乗り込む乗客は疎らです。
そんなホームの一角に佇む一組のカップルが、別れを惜しむように手を取り合っています。
見送る側は、マフラを首に巻き、季節外れのミニスカート姿の女性。
送られる側は、トレンチコートにスーツ姿の若い男性。
三月も中旬とは言え、朝晩はまだまだ寒いのです。
ゆっくりと握手を交わし、車上の人となる男性。
しばらくすると、5番線ホームに滑り込むのは、当駅始発の郊外行き二番列車。
二番列車の到着を待った後、一番列車の出発を告げる構内アナウンス。
「ドアが締まりま~す。」
駅員の声でドアが閉まりはじめると、切なそうに手を振る女性。
ドアの前に立つ男性は二度三度大きく頷いています。
二人の中を引き裂くように、3番線ホームから無情の一番列車が滑り出して行きました。
一番列車を見送った女性は、5番線ホームの列車に乗り込む人々の流れに…
その内に紛れるように溶け込んだ女性を内包し、出発を告げる構内アナウンスを受けて滑り出す二番列車…
女性の長い長い一日が始まろうとしています。
◇ ◇ ◇
午前7時を回る頃、ボチボチ活気を帯びはじめる駅構内。
1、2番の環状線ホームにて、通勤通学用快速の運行を開始する時間が近づいてきたのです。
駅近隣の住宅街からは勿論、3~5番線のホームからも、乗降客が移動してきます。
ホーム転落事故を回避すべく、忙しなく歩き回る駅員と、過保護なまでに繰り返される構内放送…この駅一番の喧騒が巻き起こる時間がやってきました。
制服姿の学生、背広姿のリーマンにニッカポッカ姿の作業員、ゴスロリ制服のメイド喫茶のお嬢さん…かなり賑やかな顧客層に支えられた駅。
駅接続のバスからもお客さんが降りてきて、賑わいに拍車がかかりだす…
はずなのですが、今朝の乗降客数は目に見えて少ない印象です…三割程は少ないでしょうか。
しかも、OLさんが目に見えて少なく、リーマンさんもごった返すほどに溢れてもいません。
そして、今日のお客さんの中にはいつもとは多少違った手荷物を下げています。
そう、花束を携えている人が多いのです。
「この時期は、一番切り花が売り捌けるのさ!」
そう笑っていた花屋の店員も、今日はスーツ姿で自慢の花束を携え、列に並んでいます。
五分間隔でやって来る快速列車に吸い込まれるように、ホームに並んだお客さんは車上の人になっていきました。
◇ ◇ ◇
環状線の列車が出払い一服を迎えた10時過ぎ、4番線ホームに滑り込んで来たのは、人気アニメキャラのラッピングが施された臨時列車。
降りて来たのは黄色い帽子に大きな花を付けた幼稚園児とご父兄の団体さん。
今朝の環状線ホームがスカスカだった理由にようやく思い当たります。
そういえば、お母さん達の化粧の本気度が平日とは段違い!
お父さん達も新調したスーツが無駄に眩しい!
その手に小さな賞状筒を携え、両手に両親を捕まえ満面笑みの幼稚園児。
各家族は談笑しながら三々五々に別れ、改札口へ消えていきました。
ラッピング列車は一足お先に次の駅を目指して出発していきます。
◇ ◇ ◇
正午前、3、4番線ホームがにわかに活気を帯びて来ました。
普通列車が到着する度に、賞状筒を携えた学生達が降りて来ます。
男子学生などは、筒でチャンバラをしながら、ヤイノヤイノとはしゃいで帰る一団もいれば、これから食事にでも繰り出すのか、スマホを見ながら食べ物談義に花を咲かせる一団もいます。
ガックリと肩を落としうなだれ、友人に支えられながら帰る者もいれば、花束を抱えガッツポーズを取る者とお囃子する一団。
同じく花束を抱えた男子生徒が一人、ホームに立っているのですが、こちらは何だか落ち着きが無い様子。
翻って女子学生へ目を移せば、花束を胸に抱え、赤く泣き腫らした瞳の一団がホームに溢れています。
別れを惜しむ娘、二次会が云々とはしゃぐ娘…悲喜こもごもです。
そのような賑やかな集団が残っている駅構内、5番線ホームに滑り込むのは当駅止まりの快速列車。
快速列車のドアが開くと、ウダツの上がらない苦学生のような男がトランクケース一つを引っ張り降りてきます。
持っている紙切れとにらめっこをしている彼は、足取りも怪しく、トランクケースの足がホームと列車の間に挟まり、盛大に転倒してしまう。
苦学生の近くを歩いていた女子生徒達が慌てて仰け反り、苦学生は頭を下げながら立ち上がります…が、今度はトランクケースの上に置かれた布袋から中身がこぼれ、苦笑しながら座り込んでしまう苦学生。
列車運行の妨げになる恐れがあり、駅員が彼のもとへ駆け寄ろうとした矢先、女子学生の一団から、一人の少女が彼を気遣い駆け寄ります。
倒れた方向が良かったのか、手荷物が少なかったのか、いずれにしても二人は手早く荷物をまとめ、快速列車は定刻通りに出発しました。
頭を下げて何度もお礼を述べる苦学生に、少女も謙遜するように受け答えしています。
おそらくの話では有るのですが…
この二人が後に抜き差しならない関係になってしまう…そんな不思議な巡り合わせが見え隠れする二人なのでした。
◇ ◇ ◇
さて、卒業式が終わった正午も過ぎた午後一時、今度は5番線ホームに敬老会が大集合!
その手荷物からちらりと顔を覗かせているのは仏花。
付き添いの男性の号令で、敬老会のご一行様は先ほど入ってきた普通列車に乗降を始められています。
駅員も何名かが介助に入り、出発ギリギリまで大騒ぎになっていたようですが、どうやら全員席に座れたようです。
駅員に手を振られ、車窓越しの老人達も嬉しそうに手を振っています。
5番線ホームの普通電車はゆっくりと滑り出していく…彼岸の墓参りに繰り出す人々を乗せて。
彼岸列車には、薄い線香の香りがよく似会います。
◇ ◇ ◇
喧騒も一段落した午後三時、老人夫婦と小さな男の子と赤ちゃんを抱えたお母さんが3番線ホームに昇ってきます。
老夫婦は荷物を携えている事から、おそらく帰省するのだろう…和気あいあいと会話を楽しむ三世代家族。
やがて、3番線ホームへ入って来るのは、普通列車。
挨拶を済ませ、車上の人となる老夫婦は、娘親子に見送られ、次の駅に向けて出発していきます。
しかし、親子は改札口に移動せず、4番線ホームに移動します。
ホームのベンチに座り、屈託のない笑顔で時間つぶしを始める親子。
「4番線ホームを特急列車が通過します。
白線の内側から外に出ないように注意して下さい。
4番線ホームを特急列車が通過します。」
構内アナウンスを聞くと、慌ててベンチから飛び降り、4番線ホームに向かう男の子。
その男の子の手を掴まえ、ゆっくりと立ち上がり赤ちゃんを抱えたお母さんも4番線ホームへ向かっていきます。
4番線ホームを駆け抜ける特急列車。
「おじいちゃん、おばあちゃん!
バイバ~~イ!」
元気いっぱい手を振って、特急列車を見送る男の子。
きっと、老夫婦も男の子に手を振っていることでしょう。
すっかり上機嫌になった男の子に手を引かれ、お母さんも改札口へ向かっていくのでした。
◇ ◇ ◇
さて、帰宅ラッシュがボチボチ始まる、午後4時の環状線。
今日はいつもよりゆったりと帰ってくる人が多いようで、誰も彼もが意気揚々としている。
まあ、たまに俯いてドンヨリとした雰囲気の方もおられるけれど
「明日はいい日になりますよ!」
と、アテの無い言葉で背中を押し、改札まで誘導するのが駅員の仕事。
「…そうでしょうか?」
怪訝そうな視線を向けるお客さん。
「ええ、勿論!」
満面の笑顔を張り付けて、お客さんの背中を押す駅員。
こんなことで『人身事故』が発生したら堪らない!
改札口まで来てみると、お客さんのお知り合いが心配そうに待っています。
無事に送り届け、二人が頭を下げるさまを確認し、駅員は戦場に戻るのでした。
今日は殆どの学校で卒業式が有ったようですね…なるほど、正午過ぎの一騒動はその影響なのかも知れませんね。
独り合点していると…千鳥足の若い会社員が、2番線ホームの端ギリギリを歩いているのを見かけてしまい、慌てて助けに走っていく駅員。
ふらつく会社員の身体を抱えながら、近くのベンチに座らせる駅員。
ベンチに座り…もとい、ベンチに寝転がると赤ら顔でイビキをかき始める会社員。
さて、件の会社員の相手ばかりをしている暇がない駅員ではあるのですが、彼を気にかけつつも、乗客の誘導に専念しています。
ようやくラッシュも一服し、1、2番の環状線ホームに静寂が訪れます。
あとは3~5番線に到着してくる最終列車間際の『お持ち帰り』組を待つばかりという所で、件の会社員が目を覚まします。
話を聞けば、先週地方から転勤してきたばかりで、慣れない仕事と職場の諸氏、そして苦手な宴会をがんばってこなして来た…とのこと。
「そんなに急いでどうするんですか?
まだ、新生活が始まったばかり、ボチボチ慣らさないとダメですよ!」
やんわり注意すると、申し訳無さそうに駅員さんへ頭を下げる会社員でした。
◇ ◇ ◇
いよいよ最終列車が4番線ホームに入ってきます。
今日も一日頑張ってこられたのでしょうね、本当に疲れた様子のリーマンさんにOLさん。
明日への英気を養うべく、赤ちょうちんで元気を分けてもらった老獪なオジサマ方。
夕刊やビジネス書を片手に、明日の仕事を占う意識高い系の紳士に淑女。
十人十色の人生模様を引っ提げた人々が降車してくる4番線ホーム、そんなホームのハズレにはボストンバック一つを携えた男性が降り立ちました。
何かを懐かしむように、ホームの屋根を眺め、深くため息をつく男性
同じ頃、ホームへ駆け上がってくる赤いハイヒールの足音が一つ。
息を切らせながら現れたのは、スーツ姿の一人の女性。
視線が交錯し、惹かれ合うように走り出す二人。
多くを語らずとも解り合える空気。
人々の灰色の流れの中、その空間だけは、一足早く可憐に咲きほこる桜の木が見えてきます。
彼らが立ち去ると、ホームの光も間引き消灯に入ります。
本日は保線車両の投入予定は入っていませんので、電灯も最小限に留まったところで、我々駅員にもしばしの休息が訪れます。
駅員は休憩室に入ります…指定された席に座る駅員達。
席の上に置かれたモニターに表示されるのは『充電中』。
我々駅員は『省力化』、『省人化』、『3K職場の打破』の果てに生み出されたアンドロイド。
対人スキル用で搭載されたAIには、有るはずの無い『人格』プログラムが…今まさに育まれようとしています。
「さてさて、明日はどんな物語が生まれるのだろう?」
アンドロイドは明日の羊を追いかけるものなのでしょうか?
fin