第九章:王立聖十字騎士団
カルラのその言葉は、まるで人々の笑いものになったかのようだった。法廷内の誰もが彼女を嘲り、皮肉を交えた声が飛び交う。
「不浄の者を騎士団に入れるだと?!」
「なんて甘い考えだ。」
「カルラはもうボケたのか!ハハハハハハッ!」
彼女の提案は法廷内に大きな波紋を呼び、嘲笑の渦が渦巻く。騒がしい嘲りの声が法廷内を反響し、あたかも彼女の愚かさを嗤っているかのようだった。
判事は眉をひそめてカルラを見つめた。彼女の提案に疑念を抱いているようだが、口には出さず、ただ手を振って法廷を静かにさせようとした。
カルラはその場から動かず、嘲笑には動じなかった。彼女の眼差しは揺るぎなく、冷静に判事を見つめ続ける。
陪審員たちがざわつく中、一発の鋭い法槌の音が響き渡り、法廷内の喧騒をぴたりと止めた。
「カルラ・フォン・ランスロット(Karla.Feng.Lancelot)。貴女はその発言に責任を持てるのか?このジャック殿が人間としての本性に従った行動を取れると、断言できるのか?」
裁判官は真剣な眼差しでカルラを見つめ、その問いかけは法廷内を静寂に包んだ。誰もが彼女の答えを待っていた。
「私の考えでは、ジャックを実験材料にしたり、死刑に処すよりも――彼の価値を無駄にすべきではありません。」
カルラは一度喉を整え、はっきりと続けた。
「ジャック・カイル……彼はただの一般人の肉体でありながら、【血清】と【毒素】を同時に保持できる前例なき存在です。その価値を最大限に発揮する手段はあるはずです。彼は戦力にもなれるし、同時に貴重な研究対象にもなりうる。なぜ一方を捨てる必要があるのですか? 両立すればいいでしょう?」
「それに……私は先ほど、あなたたち年寄りどもに一つの真実を示しました。この“ジャック”という少年は、私の暴行を受けながらも人としての理性を保ち続けたのです!」
「もし殴られていたのが、あんたらみたいにぬくぬくと生きてきた古臭い連中だったら? 誰が私に理性的に対応できたって保証できるんです? 犬だって追い詰められたら噛みつく……半吸血鬼の彼が、冷静さを保てたという事実、そこに目を向けるべきです!」
そう言ったところで、カルラの口元にふと皮肉な笑みが浮かぶ。
「もしかして、あんたら――怖じ気づいてるんじゃないの? この若者が何か大きな波を起こすのを恐れているんじゃない? まあ、無理もないか……なにせ教会の年寄り連中は、頭のてっぺんから足の先まで“古臭さ”で固まってるんだもんね。十字架(cross)と聖書(Bible)をこねくり回すことしか知らないでしょ、どうせ。」
カルラの言葉はあからさまな挑発だった。
法廷内は、一瞬で静寂に包まれた。裁判官は眉をひそめ、カルラの提案が一部合理的であることを認めつつも、それには大きなリスクが伴うと感じていた。
「カルラ女史……あなたの提案は非常に大胆です。我々としても、軽々しく決断するわけにはいきません。これより審理を一時中断とし、本件およびあなたの提案について慎重に再検討させていただきます。――本日の審理は、これにて閉廷。」
裁判官の言葉が告げられると、法廷内には安堵の息が静かに広がり、人々は次々と席を立ち始めた。
その中で、カルラは静かにジャックのもとへと歩み寄った。
彼女は無造作にジャックの顎を指で持ち上げ、負った傷を確認する――だが、その顔に驚きが浮かぶのは、そう時間を要さなかった。
ジャックの全身を覆っていた傷は、すでにほとんど癒えており、吹き飛ばされた歯さえも再び生え揃っていたのだ。
「……っ!」
カルラはわずかに目を見開いた。不可思議な表情を浮かべながら、ジャックの身体を細かく観察し、傷が消えていること、歯が完全に再生していることを何度も確かめた。
そして、一歩だけ距離を取り、ジャックの瞳をじっと見つめる。
その瞳に宿る光と、彼の肉体の変化に、彼女は戸惑いを隠せなかった。
「これは……まさか、ハンターと吸血鬼、両方の回復能力を併せ持っている……?」
カルラは誰にともなく、小さくつぶやいた。まるで自分自身に問いかけるように――。
......
再び開かれた法廷は、先ほどのような茶番劇を繰り返すことはなかった。
再審は簡潔かつ明瞭に進み、陪審団が最終的に下した判断が読み上げられる。
――ジャック・カイル、有罪。
しかし死刑は一時的に保留。
彼の能力を人類の戦力として活用し、人類への貢献を求める、という結論であった。
裁判が終わり、皮肉にもジャックは死刑を免れたものの、それは別の意味での“死の宣告”であった。
この若者の運命は、もはやハンター組織と切っても切れない関係に縛られてしまったのだ。
人々が次々と法廷を後にする中、ジャックの手足を縛っていた鎖がようやく外される。
彼の傍には、カルラたちの姿もあった。
「団長!さっきのはやりすぎだ!」
ヴィエルが苛立ちを露わにして言う。
だがカルラは、毅然とした口調で返した。
「分かってる。ちょっと強引だったのは認める。けど、必要なことだったのよ。ジャックには、それだけの可能性がある。」
「でも、それって――」
「もういい。」
カルラはヴィエルの言葉を遮った。
彼女には確かな見通しがあった。ジャックが人類にとってどれほどの存在か。
自分の行動が波紋を呼ぶことも承知の上で、それでも正しいと思ったのだ。
カルラはゆっくりとジャックに向き直り、語りかける。
「……ごめんね。あの法廷で、ああやって殴ったこと。
“必要だった”なんて言っても、信じてもらえないかもしれないけど。」
「……僕は……」
ジャックは言葉に詰まり、視線を逸らす。
カルラの目を見ることができなかった。
――信じるとか信じないとか、そんな単純な話じゃない。
「でも気づいてる? 傷、もう治ってるのよ。」
ジャックは彼女の言葉を聞いて、ようやく自分の状態に気づいた。
――身体の痛みはすでに消えており、痣ひとつ残っていなかった。
「これが、私の狙いだったのよ。
あなただけじゃない、気づいた人は他にもいるはず。
あの年寄り連中も、あんたの回復能力を見て、少しは考えを改めるでしょ。ほんの少しでもね。」
「そういえば、まだ私たちの団体について、ちゃんと紹介してなかったわよね?」
カルラがジャックに問いかけると、彼は首を横に振った。
その様子を見て、カルラは説明を始めた。
「私たちの組織の正式名称は、《王立聖十字騎士団(Hunter Of The Round Table)》、通称《聖十字》よ。
その歴史は、アーサー王の時代にまで遡るの。」
「アーサー王の時代……?」
ジャックは困惑した表情を浮かべる。
「アーサー王って、実在したのか……?」
その疑問はもっともだった。
アーサー王は伝説上の存在とされており、確たる証拠はどこにもない。
ジャックにとっては、夢の中でしか出会ったことのない存在に過ぎなかった。
「うん、一般市民が知らないのは、情報が封鎖されてるからよ。
伝説の出来事を“全部本当だ”なんて言ったら、現代社会は収拾がつかなくなるでしょ?」
カルラはさらに続ける。
「この団体は、吸血鬼を狩り、人類社会の闇を浄化するために設立されたの。
もちろん、ハンター組織は巨大だから、分割して管理されてるの。
ヴィエルが十字架を渡してくれたわよね?」
「……あ、はい。」
ジャックは十字架を取り出して、カルラに手渡す。
彼女はそれを手に取り、丁寧に説明を始めた。
「見た目じゃ分かりにくいかもしれないけど……
ヴィエルが言ってたでしょ? 十字架は“身分証明”になるって。
でも、それだけじゃないの。」
「すべてのハンターは、それぞれの《騎士団(Order)》に所属しているの。
そしてこの十字架に刻まれている魔術紋様(Magic Pattern)は、あなたが《ランスロット騎士団(Lancelot Order)》に所属していることを示しているのよ。」
「ランスロット? それって円卓の騎士にいた人物だろ?」
ジャックは首を傾げる。
「その通り。
《聖十字》はハンター組織の総称であって、実際の所属は《円卓の騎士:ナイツ・オブ・ザ・ラウンド》に基づいた《十二騎士団(12 Orders)》よ。」
アーサー王の円卓に名を連ねた十二人の騎士たち。
その名を冠した《十二騎士団》が、王立聖十字騎士団の中核を担っている――
【ランスロット】、【ガラハッド】、【ボース】、【パーシヴァル】、【ガウェイン】、【グウェイン】、【ベディヴィア】、【ケイ】、【ラムラック】、【モードレッド】、【エクター】。
この十二名はいずれも、アーサー王伝説において重要な役割を果たした人物であり、アーサー王の忠実なる仲間であり、戦友でもあった。彼らの精神と信念は時を越えて受け継がれ、円卓の騎士の教義として今なお語り継がれている——
決して怒りに身を任せて人を殺めぬこと
決して裏切らぬこと
決して残酷にならず、赦しを乞う者には赦しを与えること
常に淑女を助けること
決して淑女を脅すことなかれ
愛や口論のために無用な戦いをしてはならぬこと
それは、騎士としての誇りであり、人としての信念であった。