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血を狩る者、宿命の輪に抗う  作者: Asutorufu
第一巻:幕開け(まくあけ)
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第八章:審判

「開廷。」


ジャックは、ハンター組織によって荘厳な法廷へと連行された。その建物は古の気配を漂わせており、大理石の柱が高い円天井を支え、天井に描かれた彩色の天使たちが、まるで静かにこの裁きの場を見守っているかのようだった。


法廷内は満席で、傍聴席には数多くのハンターたちが着席し、その顔には厳粛な表情と揺るがぬ覚悟が浮かんでいた。


裁判官席はひときわ高く、一人の老齢のハンター裁判官がそこに鎮座していた。彼は黒い法服を纏い、威厳をその身にまとっていた。金縁の眼鏡越しに覗く鋭く深い眼差しは、まるで人の心の奥底まで見透かすようで、その表情からは一切の私情を感じさせない、絶対的な公正が滲み出ていた。


被告席のジャックは、手足を鉄の鎖で縛られたまま、天井の高く壮麗な建築と、傍聴席に並ぶ無数のハンターたちの視線に、強烈な圧迫感を覚えていた。彼には自分が何をしたのかもわからず、なぜここに連れてこられたのかも理解できない。自らの運命がどうなるのかも見えず、まるで処刑台に立たされた子羊のように、なすすべもなかった。


そのとき、裁判官の威厳に満ちた声が法廷に響き渡る。


ジャック・カイル(Jack·Kyle)、お前は“半吸血鬼ハーフ・ヴァンパイア”の血とハンターの血清をその身に宿しているとして告発されている。上層部の決定により、ここにてお前の運命を裁く。」


「――審判、開始。」


ジャックを拘束していた鎖が、突如として眩い光を放ち始めた。焼けつくような痛みが彼の肌を襲い、その悲鳴が審判廷の空間にこだました。


鎖はまるで意思を持ったかのようにゆっくりと動き出し、ジャックの首へと絡みつく。そして、それは無数の細い光のライトニードルへと姿を変え、彼の頭部へと深く突き刺さった。


「カンッ…!」


法槌の音が重々しく鳴り響く。それは彼の叫びと重なり合い、まるで抗えぬ運命の幕開けを告げる鐘のようだった。


頭部へと突き立った光の鎖は、やがて幻影のような光景を映し出す――それは、彼が吸血鬼のヴァンパイア・ヴェノムを注入された後に辿る可能性のある、幾つもの未来の断片だった。


裁きの間にいるすべての者が、その光景を息を呑んで見守っていた。

法官の顔には一片の感情も浮かんでいない。

審判の座に座るその瞬間から、彼は私情を捨てた「秤」となる――

法の名のもと、鉄の意志をもって裁きを執行する存在である。


法廷の空気は、まるで時が止まったかのような静寂に包まれた。

誰もが言葉を失い、映し出されたジャックの未来の姿に目を奪われていた。

まるで彼の人生そのものが、その一瞬で露わになったかのようだった。


映像が終わると同時に、審判廷はまるで堰を切ったようにざわめき始めた。

様々な意見が飛び交い、混沌とした議論の嵐が巻き起こる。


「……邪悪な存在だ」

「この少年、ただ者ではないな」

「もはや、彼は人間ではない……」

「前例のない事案だ」

「彼の力、理解できれば我々の大きな力となる」

「研究対象として検討すべきかもしれない」

「解剖……できれば……」


法廷内の声は千差万別――

彼の存在を脅威と捉える者もいれば、利用価値に目をつける者もいる。

中には静かに目を伏せる者もおり、誰もがこの裁判が「ただの裁判」ではないと悟っていた。

それは、すでに裁きの枠を超え、「人類と未知の未来」に関わる重大な選択肢になりつつあった。


「――静粛に!」


法槌の音が重々しく響き渡り、騒然としていた審判廷は一瞬にして沈黙に包まれた。

厳かな視線を送る法官が、陪審団の一人に合図を送る。

それに従い、一人の青年が静かに護送され、法廷の中央に立たされた――。


「ヴィエル・ツィベリン、貴殿はハンターとして、被告人と最も多く接触している立場にある。

貴殿の証言を求める。これは正式な法廷証言(呈堂証供)であることを忘れぬように。」


厳粛な声が法廷内に響き渡り、裁判官はヴィエルに目を向けた。

その視線は、「今こそ語れ」と言わんばかりに真っ直ぐだった。


ヴィエルは静かに席を立ち、表情を引き締め、しっかりと前を見据える。


「尊敬なる裁判官(Your Honor)。

私はヴィエル・ツィベリン。

確かに、私はこの法廷にいる誰よりも、ジャックと多くの時間を過ごしてきました。

彼がどんな人間か、私は誰よりも知っています。

彼は――邪悪な存在ではありません。

自らの意思でこうなったわけではなく、不運にも巻き込まれた被害者なのです。」


ヴィエルは、自分とジャックとの出会い、そして彼のこれまでの苦悩と変化を静かに語り始めた。

吸血鬼の毒に侵された事実、それでも人としての理性を保とうと必死に抗っている彼の姿を、

一つ一つ、丁寧に法廷へと伝えていく。


彼の声には怒りも悲しみもない。

ただ、ジャックという一人の人間を、正しく理解してほしいという願いだけが、

そこにはあった。


しかし――


「――そんな者、生かしておくべきではない!」


傍聴席から突然の怒声が響いた。

その場にいた者たちが一斉に振り返る。

白く清らかな祭服をまとった中年の男が、席を蹴って立ち上がっていた。


「この男は、人々の前で血を求め、吸血鬼としての本性を露わにしかけた!

ほんの僅かな理性に頼っているにすぎん!

彼は危険だ、断じて野に放つべきではない!」


その声はまるで火に油を注いだかのようだった。

法廷の空気が一変し、どよめきが起こる。


「その通りだ!」

「こんな奴、殺してしまえ!」

「吸血鬼の力を持つ時点で、もはや人間ではない!」


ヴィエルの証言をかき消すように、怒号と断罪の声が飛び交い始める――


「法廷の空気は一気に緊張感に包まれていた。ジャックの状況は、どう見ても不利だった。

ヴィエルは彼を救うために動くしかないと判断し、深く息を吸い込み、群衆の怒りを鎮めようと試みた。


「チッ……聞いていられないわね。」


傍聴席の一角。黒髪の女性が静かに立ち上がろうとしていた。醜い顔で怒号を飛ばす人々を軽蔑するように睨みつけ、煙草を吸い込んでから、その火を静かに指先で消した。


「カルラ教官、待ってください。」


彼女を制止したのは、どこかあどけなさの残る少女だった。カルラとともにこの審判を見守っていた彼女は、ジャックの事情をすべて把握しているわけではない。しかしカルラにはわかっていた。――あの日、ジャックが変異トランスしたその現場に彼女もいた。

彼女は、自分こそが証人として立つべきだと確信していた。


「陪審員、並びに法廷の皆様。ご懸念は理解しますが、私は強調せずにはいられません。ジャックは、決してただの吸血鬼ヴァンパイアではありません。彼は今なお理性と人間性を保っています。無実の者を傷つけたりはしていません。」


ヴィエルは、彼とジャックとの出会いから現在に至るまでの経緯を語り続けた。

彼の訴えは、ジャックの人間らしさと、変化の可能性を陪審団に届けるためだった。

社会を守ると同時に、ジャックに更生の機会を与える――その折衷案を求めたのである。


……そのとき。


黒衣の女が、瞬時にジャックの前に現れた。


全身黒のタイトスーツを身にまとい、鷹のように鋭い眼光を放つその女は、手袋をしたまま、拳を振り抜いた。


「ッ——!」


重すぎる一撃が、ジャックの顔面を直撃した。数本の歯が飛び、彼の体が一瞬浮いた。

止まることはなかった。女はさらに容赦ない連撃を加えた。

ジャックは口から大量の血を吐き、額からも赤い液体が流れ、目を覆った。

さらに、側面からの回し蹴りが彼を襲い、拘束していた鎖が音を立てて断ち切れ、彼の体は宙を舞った。


地面に転がったジャックは、呆然と女を見つめた。

全身が痛みに悲鳴を上げ、思考は麻痺しかけていた。

頭の中に浮かんだのは、ただ一つの言葉――


「逃げなきゃ……!」


だがその女は、すでにジャックの前に再び立っていた。冷たい氷のような目を見下ろし、鋭い声を放つ。


「これで……満足かしら?」


法廷は静まり返った。

裁判官も、陪審団も、傍聴席も、誰もが動けずにいた。


「カルラ! 法廷秩序を乱すな!」


怒号のような裁判官の声が場を割った。

彼の一喝によって、皆の意識が現実に引き戻される。


カルラは動きを止めた。だが、鋭い視線はまだジャックに向けられていた。

緊張が空気を圧迫する。陪審員たちはざわめきながら話し合いを始めた。


裁判官は、カルラに退廷を促すよう手を振った。

しかし彼女は一歩も動かず、陪審団全員を静かに睨みつけていた。

その視線に、傍聴席の者たちも言葉を失った。

一瞬にして法廷の空気は氷点下のように冷え込んだ。


「カルラ氏、あなたの行動は秩序を著しく乱しました。警告します。これ以上の介入は許しません。」


裁判官の警告にも、カルラは動じない。

その目は揺らがず、彼女は静かに答えた。


「裁判官殿、私はただ……正義を貫きたいだけです。この男の過去がどれだけ厄介であろうとも、彼には変わる可能性がある。私はそれを信じている。どうか、彼にもう一度……未来を選ぶ権利を与えてください。

彼を、我々の仲間に。」

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