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血を狩る者、宿命の輪に抗う  作者: Asutorufu
第一巻:幕開け(まくあけ)
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第五章:転変 -上

アーサー王はジャックのほうへゆっくりと振り返り、深い瞳で彼を見据えた。


「若き者よ、ここに来たのは偶然ではない。お前の運命は、我らの伝説と密接に結びついている。教えてくれ。どうしてこの場所に辿り着いたのか、そして何を求めているのかを。」


ジャックの胸の中で熱いものがこみ上げる。目の前の偉大な王に、心の迷いを解く鍵があるかもしれないと思い、彼は息を呑んで話し始めた。夢の中で見た不思議な出来事から、突然この幻想の世界に引き込まれたことまで、すべてを隠さずに伝えた。


アーサー王は静かに耳を傾け、やがて深く考え込むような表情を浮かべた。


「なるほど……お前の運命は、我らの物語と繋がっている。この世界とお前が知る現実の間には、何かしらの結びつきがあるのだ。我らは過去の者であり、未来のことは分からぬ。しかし一つだけ言える。お前のこれからの人生は、今とはまるで違うものになるだろう。」


隣にいるカイルは相変わらず黙っていたが、その瞳には底知れぬ深さがあり、ジャックはなぜかその視線に心がざわつく。まるで内面を見透かされているかのような、不思議な感覚にとらわれた。


アーサー王はふとジャックの首に触れ、そこにある忌まわしい咬み痕を確認すると、ため息をついた。


「カイル、こいつの首を見てみろ。」


カイルがじっとジャックの首元を見つめると、その顔色は青白く、瞳は赤く光っていた。


その姿にジャックは思わず叫び声をあげ、カイルの手を避けて後ずさりした。


その叫び声が場の静けさを破ったが、アーサー王もカイルもただじっと見守るだけで、表情はどこか穏やかだった。


カイルはゆっくりと手を振り、もう近づかない意思を示す。赤い瞳は鋭くジャックを見据えながらも、その表情には複雑な感情が漂っていた。


アーサー王はジャックの恐怖を察し、肩に手を置き穏やかに言った。


「怖がるな、ジャック。お前が経験したすべてが、やがて力となる。その力をどう使うかは、お前次第だ。」


ジャックはまるで物語の中の主人公のように、訳も分からず戸惑っていた。つい昨日まで普通の高校三年生だったのに、今や伝説の人物と対峙しているのだ。


やがて空間がぼんやりと揺らぎはじめ、ジャックの意識は再び宙に漂いだす。視界が消える直前、アーサー王が優しく別れの言葉をかけた。


その瞬間、ジャックの胸に満ちたのは、なぜか喜びだった。


――もしかしたら伝説の人物に会えた喜びか。あるいは、生き延びたという安堵かもしれない。


───


「ここは……どこだ?」


ジャックが目を開けると、そこは白い天井が広がる無機質な空間だった。耳に「ピッ、ピッ」という電子音と、遠くの足音が響く。


周囲を見渡すと、病院の個室であることが分かる。ほかに患者はいない。看護師の姿もないのに、何故か足音は絶え間なく聞こえてくる。


意識がはっきりするにつれ、ジャックの聴覚は異常なほど研ぎ澄まされていた。鳥の羽音、小さな呼吸音、さらには自分の心臓の鼓動さえも聞こえている気がした。


混乱の中、体を起こそうとした瞬間、強烈なめまいと虚脱感に襲われた。


その時、病室のドアが静かに開き、白衣の医師が入ってきた。


「目が覚めたか。気分はどうだ?」


医師の顔には安堵の色が浮かんでいた。ジャックは戸惑いながらも問いかける。


「ここは……?何が起きたんですか?なぜ僕は病院に?」


医師は穏やかに答えた。


「君の状態は少し特殊だ。今いくつか検査を進めている。心配しなくていい。すぐに分かる。」


しかし、ジャックの胸はまだざわついていた。何が起きたのか、答えはまだ見えないままだ。


そのとき、病室にもう一人、ラフな服装の青年が入ってきた。どこか品のある雰囲気をまとい、物腰も丁寧だ。医師は気づくと、軽く会釈して退室した。


青年は静かにジャックを見つめ、ゆっくり近づく。彼の視線は鋭く、ジャックは思わず身を強ばらせた。


「よかった、生きていて……!」


青年は安心の声を上げると、ジャックの体をまじまじと観察し始めた。


「やめてよ!何やってるんだ!」


ジャックは彼を押しのけたが、その力が強く、青年は壁にぶつかって倒れ込んだ。


ジャックは驚きと困惑で目を見開いた。


青年は頭を押さえながら苦笑し、名乗った。


「俺はヴィエル・ツィベリン。あの日、公園で会ったはずだ。」


「!!」


記憶が一気に蘇る。あの夜の出来事が繋がった。


ヴィエルは軽く咳払いして続けた。


「あの日、お前は死んだと思っていた。だが、生命力は想像以上に強かったな。」


ジャックが言葉を発しようとする前に、ヴィエルは話を続けた。


「あの戦い――吸血鬼との死闘は嘘じゃない。伝説はただの方便で、民を安心させるためのものだ。実際は俺たち“ハンター”が闇でそれを抑えている。」


「お前、ジャック・カイルは今、家族や学校に事情を説明し、『別都市の学校へ交流学習中』としている。だから安心していい。」


ジャックは言葉に詰まる。ちょうど家族のことを心配していた矢先だった。


ヴィエルは続けた。


「気づいてるだろ?異常に鋭くなった聴覚と、さっきの怪力を。」


ジャックは力なくうなずいた。


ヴィエルは落ち着いた声で言った。


「あの日、お前は吸血鬼に“転化毒素”を注入された。普通なら“グール”になり、吸血鬼の下僕“サーヴァント”になるはずだ。」


「だが、俺たちが特別なハンター専用血清をお前に打った。だからお前の体はグールとハンター、両方の力を持つ者になった。簡単に言えば――お前はもう人間じゃない。」


その言葉は、ジャックの心を雷のように打ち砕いた。数日前まで、彼はただの普通の高校三年生だった。しかし今や、想像もできなかった超自然の世界の渦中に巻き込まれてしまったのだ。


彼の頭の中は混乱と不安でいっぱいだった。未来への見えない不安、変わってしまった自分の体、そして、これから何をすべきなのか。答えはどこにも見つからなかった。


だが、その混沌の中にも、かすかな決意が芽生え始めていた。自分がもう“ただの人間”ではないなら、この力を受け入れ、乗り越えていかなければならない——そう自分に言い聞かせた。


ジャックは深く息を吸い込み、ヴィエルの鋭い視線を受け止めた。


「……わかった。どうやって進めばいいのか、まだわからないけど……これから、教えてくれ。」


彼の声には、不安の中に宿るわずかな強さが混ざっていた。


ヴィエルはその答えに満足そうに頷き、言った。


「心配するな、ジャック。これからの道は決して楽ではない。しかし、共に戦う仲間がいる。俺たちが力になる。」


部屋の外から再び足音が響き、ジャックはふと現実に引き戻される。これが始まりの一歩だと、彼は静かに胸に刻んだ。


未来はまだ見えない。しかし、その先に何が待っていようとも、彼はもう逃げることはできない。

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