第四章:夢の如き浮世
血塗られた戦いが激しさを増していく中、ハンターと吸血鬼の力のぶつかり合いは、月明かりの下で一層熾烈なものとなっていた。ハンターは絶えず剣を振るい、致命の一撃を狙い続け、吸血鬼は俊敏な身のこなしと鋭い爪で反撃し、ハンターの防御を切り裂こうとしていた。
ハンターの胸にかかる十字架が金色の光を放ち、それはまるで彼を守護するかのように輝き、彼の闘志をさらに燃え上がらせていた。だがそのとき、吸血鬼はふと、子羊のような匂いを嗅ぎ取る。それに導かれるように視線を向けた先に、草むらに隠れているジャックの姿を発見する。吸血鬼は自らの血を噴き出し、血の霧を作り出してハンターの視界を遮った。
突如として、吸血鬼はより強大な力を解放し、重々しい拳でハンターを吹き飛ばした。ハンターは咄嗟に受け止めたが、それでも衝撃は凄まじく、彼は遠くの樹に叩きつけられ、胸に激痛が走る。必死に立ち上がろうとするも、吸血鬼はすでに目前まで迫っており、容赦なく次の攻撃を繰り出そうとしていた。
吸血鬼はハンターを持ち上げ、嘲るように見下ろすと、その鋭い爪で彼の腕を貫いた。そして、瞬く間にジャックの元へと現れ、冷笑を浮かべながら彼を片手で持ち上げた。
ジャックの体から血液が吸い上げられていくのを感じた。急激な虚脱感に襲われ、彼の意識は遠のいていく。必死にもがくが、吸血鬼の力はあまりに圧倒的だった。
「美味い。」
吸血鬼は低く笑い、ジャックの体内へ十分な量の毒液を注入した。ジャックは地面に投げ捨てられ、苦悶の中で身をよじらせていた。
ハンターであるヴィエル・ツィベリンは、目の前の吸血鬼が少年に何をしたのか即座に察した。
「この首……貴様の首を必ず討ち取ってやる!」
怒りに満ちた叫び声が森に響く。
だが吸血鬼は笑い声を上げ、目の前のハンターの幼さを嘲った。
「俺の首を?その前に、まずはあの少年を狩ってみたらどうだ?」
そう言って地面のジャックを指差す。
その体は異様に膨張し、血管が浮かび上がり、口からは鋭い牙が覗いていた。
予想外の事態に、ヴィエルは深い焦燥に駆られた。ジャックはすでに感染しており、吸血鬼の僕へと変貌しつつある――時は残されていない。
ハンターは必死に立ち上がり、ジャックの救出を目指すが、負傷のため動きが鈍い。吸血鬼は彼のもがきを見て冷笑しながら近づき、命を終わらせようと刃を振るう。
鮮血が宙を舞い、ハンターは苦痛の咆哮を上げた。吸血鬼は嗜虐的な笑みを浮かべ、さらなる一撃を放とうとする――その刹那。
遠方から銀色に輝く矢が放たれ、吸血鬼の肩に命中した。肩からは燃え上がるような煙が立ち昇り、彼は苦痛の悲鳴を上げる。空気に水銀の匂いが満ち、やがてその腕は腐り落ちた。
そこに現れたのは、一人の謎めいた女性。彼女は聖なる光を放つ剣を携え、腕には銀製のクロスボウを装備していた。
彼女は素早く注射器を取り出し、中の液体をジャックの体内に注入した。公園には祈りの声が響き渡る。
「Oh my lord, Please lead the lost sheep to the right path.」
(主よ、迷える子羊を正しき道へ導きたまえ——)
彼女は剣を振るい、吸血鬼を滅ぼすべく突撃する。剣の刃は激しく煌めき、鋭い音を響かせながら、吸血鬼に連続の斬撃を浴びせる。吸血鬼はかわそうとするが、あまりの速さに追い詰められていく。
ハンターと吸血鬼の死闘が再び始まった。その間、ジャックは必死に己の意識を保とうとしていた。暗闇の中で、自らの人間性を守り抜こうとする。
ついにハンターの剣が吸血鬼の両腕を斬り落とし、剣に秘められた水銀が傷口に染み込み、再生を封じる。
夜空に響く吸血鬼の断末魔。水銀の猛毒が体内を侵し、命の灯火を奪っていく。
やがて吸血鬼の身体は腐敗し、塵となって夜風に消えた。ヴィエルはその光景を見届け、脅威の終焉を確信する。
しかし、彼の表情に安堵の色はなかった。ジャックの容態が気がかりだった。
謎の女性はジャックを抱き上げる。すでに脈も呼吸も止まっていた。ヴィエルはよろめきながら近づき、その姿を見下ろす。
彼女は再び小瓶を取り出し、中の神秘的な液体を注射器に移し、ジャックの心臓に打ち込んだ。だが、依然としてジャックに変化はなかった。
「……死んだわ。」
その言葉に、ヴィエルは地に膝をついた。自らの力不足を痛感し、悔しさと無念が胸を締めつける。
「すみません……カルラ教官……俺、全部台無しにしました……」
カルラと呼ばれた女性は、その言葉を遮った。
――そのとき、ジャックの肌に血色が戻り始める。
体がびくりと痙攣し、胸が小さく上下し始める。
ヴィエル・ツィベリンは目を見開いた。まるで奇跡を見るような表情で、カルラがすかさず心臓のマッサージを行う。
ジャックの呼吸が戻り、心音が再び鳴り始めた。
カルラの眉間の皺がほどけ、安堵の表情が浮かぶ。そしてヴィエルに向かってこう告げた。
「まだ……彼には一縷の望みがあるわ。だが、彼の運命はここから大きく変わることになる。あなたも感情に流されてはいけない。覚えておきなさい、新人。世界は——常に理不尽で、危険に満ちている。」
* * *
ジャックの意識は、どこか見知らぬ空間を彷徨っていた。深海のような圧迫感に包まれ、彼は再びあの闇の世界に戻っていた。
そこは、果てしなく広がる暗黒の深淵。まるで孤独な小舟となって、漆黒の海を漂っているかのようだった。あたりは闇に包まれ、方角も時間も何も掴めなかった。
体を動かそうとするが、何か見えない力に縛られているようで、一切動けない。意識ははっきりしているのに、身体はまったく反応しない。この奇妙な感覚に、彼の胸はざわめいた。
ここはどこなのか。なぜ自分はこの場所にいるのか。思考を重ねるが、答えは見つからなかった。
ふと、またしてもあの「時計塔」が見えた。手を伸ばそうとした瞬間、それは泡のように消えていった。
虚無の中を、ジャックはただ漂い続ける——どれほど時間が経ったのか。
彼の視界に、人影が映る。焚き火の煙がたなびくその先に、一人の男が座っていた。
男は炎をじっと見つめていた。まるで、誰かを待っているかのように。
ジャックが火に導かれるように近づくと、男は口を開いた。
「来たな、カイル。」
まるで彼の到着を知っていたかのように。
ジャックが座ろうとした瞬間、もう一人の男が先に現れた。
「我が王よ、臣カイル、ここに。」
ジャックは初めて気づく。目の前にいるのは——アーサー王だった。
彼はアーサー王とカイルの間に立ち尽くし、時代が巻き戻るような感覚に包まれる。
アーサー王は高貴で威厳に満ち、その瞳には叡智と勇気が宿っていた。カイルは寡黙ながら、王を守り続ける忠義の騎士であることが一目でわかった。
ジャックはアーサー王の前に跪き、心からの尊敬を表した。彼は知っていた。この男こそが、歴史上もっとも偉大な王のひとりであると。
だがそれと同時に、彼の胸に一つの確信が芽生え始めていた。
——自分は、この瞬間のために導かれたのだと。