第28章 選抜戦・其ノ一 結晶と血肉
選抜試合会場内、
巨大なホログラムスクリーンが、ゆっくりと点灯した。
冷たい青白い光が闘技場全体を照らし出し、その文字列はまるで判決文のように、一行ずつ表示されていく。
【今回のハンター選抜試合――参加者:50名】
【勝ち残り枠:25名】
【形式:1対1・トーナメント制】
短い間を置いて、次の行が浮かび上がる。
【第一回戦――魔導士 対 戦士】
観客席から、ざわめきが広がった。
それは最も古典的で、同時に最も残酷な組み合わせ。
スクリーンが再び切り替わる。
【クラーク・ウィンターズ】
【体系:結晶魔法】
【フラーク・エリクソン】
【体系(システム):なし】
「……無体系? 勝負は見えたな」
「魔導士で、しかも結晶魔法か……」
「これはさすがに無理だろ」
囁き声が観客席に広がる。
貴賓席に並ぶ十二人の騎士団長たちは、一言も発さず、
ただ静かに、二人がどのような火花を散らすのかを見つめていた。
結晶魔法は、
安定性・増幅・継続的制圧に優れた高位体系の一つ。
対して「無体系」の近接戦士とは――
肉体そのもの、あるいは祝福(Buff/Gifts)、
もしくは己の戦闘技術と武芸への極端な自信だけを頼りに、
苛烈な戦場でわずかな優位を掴み取る存在を意味する。
無体系は、決して珍しくはない。
騎士団所属のハンターであっても、
十人に一人が体系持ち、
高位体系となれば百人に一人いるかどうか。
神々が用意したスタートラインは、決して平等ではない。
神に愛され、最初から他者を置き去りにする者もいる。
だが――
努力と執念で、その差を埋める者も、確かに存在した。
ホログラムに、クラークの訓練映像が映し出される。
光幕の中、ローブを纏った彼の背後には、
半透明の魔導書が数冊、宙に浮かんでいる。
結晶で形成された杖が、青白い光を放っていた。
――魔導書と杖による結晶魔法の連続展開
――増幅と攻撃の同時成立
――地形優位の継続的構築
「堅実型だな」
「近接にとっては、悪夢だ」
次に映し出されたのは、フラークの訓練映像だった。
そこには、彼一人しかいない。
深い森の奥、大地に根を張る一本の大樹。
助走もない。
溜めの動作もない。
ただ立ち、拳を振るう。
――ドン。
一撃で樹皮が砕け散る。
――ドン。
二撃目で、亀裂が一気に広がる。
――ドン。
三撃目。
樹皮は完全に粉砕され、木片が四方へ飛び散った。
拳が振るわれるたび、樹冠が激しく揺れ、
葉が雨のように降り注ぐ。
技巧はない。
派手さもない。
ただ一つだけが、圧倒的に示されていた。
【爆発力】
鉄門が開く。
両者はそれぞれの控室へと戻り、
闘技場中央は完全に空けられた。
結界が再調整され、
地面の魔法紋が淡く光り始める。
――第一戦、開始間近。
戦闘開始
鐘が鳴った瞬間。
クラークは反射的に杖を掲げた。
「Crystal!」
空中に結晶構造が瞬時に形成され、
菱形の結晶弾が、正確な軌道で射出される。
「ドォン――!!」
地面が爆ぜる。
フラークは即座に横転し、
砕けた石片が肩を掠め、風衣を裂いた。
「……チッ」
舌打ち一つ。
止まらず、そのまま前へ。
煙を抜けた瞬間、
彼は見た。
片膝をつき、
魔導書を周囲に浮かべ、
大地に手を添えるクラークの姿を。
次の瞬間。
足元の地面が結晶化し、
摩擦係数が強制的に変化する。
フラークの足が、わずかに止まった。
――その一瞬。
「Crystal・Spear!!」
結晶で形成された長槍が、正面から射出される。
「ガン!!」
鋼鉄製の拳甲で防御したものの、
衝撃は凄まじく、
フラークの身体は宙を舞い、
数回転してようやく着地した。
境界線、寸前。
拳甲は、この一撃で粉砕されていた。
観客席がどよめく。
だが、クラークは追撃しない。
冷静に魔導書をめくり、
次の結晶構築へと移行する。
――制圧
――封鎖
――ミスを誘う
教科書通りの戦法。
その中で、
フラークは、ゆっくりと立ち上がった。
呼吸は荒い。
だが、震えはない。
砕けた結晶片が肩を裂き、
血が腕を伝って滴る。
その時――
骨の奥から、冷たい感覚が広がった。
北海の風。
皮膚を抜け、血液に染み込み、
背骨を貫くような寒気。
【ヴィキングの血】。
それは体系でも、祝福でもない。
極寒の地で生まれた、原初的な適応能力。
低温で鈍るはずの肉体は、
逆に効率を上げる。
血流は加速し、
筋繊維は叩き起こされ、
痛覚は抑制される。
残るのは――
戦闘そのものへの感知。
氷原、嵐、永夜。
狩り、そして狩られる日々。
彼らが最初に学んだのは、
自然への敬意ではない。
――生きることだ。
「……なるほどな」
フラークは呟く。
「結晶の生成も、射出も……
俺より、半拍遅い」
次の結晶弾が放たれる。
ほぼ同時に、
彼は走り出した。
射線を読み、
跳び、着地し、
同じ動作で回避を繰り返す。
攻撃は、すべて予測されているかのようだった。
クラークの眉が歪む。
「……まさか、見切られた……?」
焦りのまま魔法を連射し、
体力は急速に削られていく。
フラークは理解していた。
――結晶の間隔が伸びている。
――速度が落ちている。
そして。
結晶陣切り替えの、
ほんの一瞬。
フラークは踏み込んだ。
地面を砕き、
弾き出されるように前へ。
最後の結晶障壁を突破する。
「なっ……!?」
距離が、近すぎる。
近接――
魔法が意味を失う距離。
飢えた獣のように。
フラークの拳が、
純粋な肉体の爆発力を纏い、
クラークの腹部へ叩き込まれた。
鈍い衝撃音が、結界内に響く。
クラークの身体が吹き飛び、
地面に叩きつけられる。
判定光が灯る。
【勝敗判定――】
【勝者:フラーク】
一瞬の静寂。
次の瞬間、
歓声とも驚愕ともつかぬ声が爆発した。
フラークはその場に立ち、
荒い息を吐きながら、自分の拳を見る。
そして。
勝利を示すように、
その拳を高く掲げた。
彼は顔を上げ、
貴賓席を見据え――
豪快に笑った。




