第27章 宣告する
選抜試合開始三時間前
地下深くに埋められた昏暗な密室。
空気は澱み、まるで呼吸そのものが意図的に抑え込まれているかのようだった。
細長い通路の両側には、十二体の騎士像が等間隔で並んでいる。
すべてが片膝を地に着き、頭を垂れ、剣先を床に突き立てた姿。
その佇まいは祈りにも似ていたが、同時に、無視できない圧迫感を放っていた。
石像の甲冑は一体ごとに異なる意匠を持っている。
だが胸部に刻まれた紋章だけは共通していた――
削り取られ、抹消された痕跡。
まるで「否定された歴史」そのもののように。
足音が、密室に響く。
一人の長身の男が、闇の中から姿を現した。
重く、しかし迷いのない歩調。
暗闇の中で、白い手袋だけが異様なほど目立っている。
彼は演壇に上がり、静かに立ち止まった。
その瞬間――
十二体の騎士像の前方の空間が、まるで「置き換えられた」かのように歪む。
「――かつて、ひとつの物語を聞いたことがある」
男の低い声が、密室に染み渡る。
「アーサー王の時代。包囲され、瀕死の重傷を負った王を救うため、一人の臣下が己の魂を売り、悪鬼へと堕ちたという話だ」
「王は救われた。しかし、その代償として――
その存在は王すらも脅かし、結果として円卓の時代は崩壊した」
「さて……この行為は、高潔だったと言えるのか?」
男は静かに首を振る。
「たとえ一国の王を救うためであろうと、人としての尊厳と栄誉を捨て去った行為を、吾は認めない」
――そして。
「だが!」
声が鋭くなる。
「今、この時代に!」
「半分は狩人、半分は吸血鬼という存在が現れた!」
「かつての臣下の行為ですら高潔でないのなら――問おう」
「奴は、高尚か?崇高か?
人としての栄誉を有しているのか?」
「否!」
断罪の言葉が叩きつけられる。
「それは神への冒涜だ。侮辱だ!」
「神が創りし生命の中に、悪鬼は含まれていない!そして我々も、決してそれを容認しない!」
「神が創る《方舟(Ark)》は、我々の手で築かれる!我々の手で完成させるのだ!」
「人類が文明の道を歩み始めたとき――それを崩そうとしたのは誰だ!」
「人類が科学で夜を照らしたとき――闇に潜み、我らを狩っていたのは誰だ!」
「人類があらゆる困難を克服し、食物連鎖の頂に立とうとしたとき――
文明の尖塔を崩し、生命の灯を曇らせ、恐怖を人々の背に這わせたのは、誰だ!」
「問う。その存在は、神への冒涜ではないのか。卑劣ではないのか!」
「人類は、《純血》としての誇りと栄誉を失ってはならない。悪鬼が、生命を象徴する《方舟》に乗ることなど、あってはならない!」
「生命が輪廻へと向かうならば――悪鬼もまた、屠られるべきだ」
「穢れは、浄化されねばならない」
男は、両手を机に叩きつけた。
鈍い反響が、密室に響き渡る。
そして――
彼は、ゆっくりと白手袋を脱いだ。
指先が空気に晒された瞬間、
密室の照明が一斉に灯る。
柔らかな光ではない。
冷白色の、鋭利な光。
尋問の場で用いられるかのような、容赦のない照明。
そこに立っていたのは――十二名の戦士。
性別も体格も異なる。だが姿勢だけは、驚くほど一致していた。
直立。沈黙。
命令を待つ兵器のように。
彼らは狩人の夜行用ロングコートを纏い、その身体の「ただ一箇所」にだけ、異質な武装を有していた。
【左肩】【右肩】
【左手】【右手】
【左腕】【右腕】
【左脚】【右脚】
【左足】【右足】
【眼】【口】
一人につき、一部位のみ。
それらは単なる義体や装備ではない。
強制的に固定され、封印され、制御された能力の「器」。
金属と血肉の境界に刻まれた符文が淡く脈動し、
低周波の共鳴が密室に満ちていく。
男は両腕を広げた。
「――お前たち」
視線が、十二人をなぞる。
まるで完成した作品を確認するかのように。
「では、問おう。お前たちは?」
十二人が、声を揃えて叫ぶ。
「神と《円卓》の意志に、命を賭して従う!」
短い沈黙の後、男は告げた。
「選抜試合の前後を問わず、あらゆる手段を用いて――ジャック・カイルを抹殺せよ」
「狩人の注視の中で、奴を死なせる。それが、我々の穢れを洗い流す唯一の道だ」
「奴を生かせば、我々は恥を被る。そして――お前たちもだ」
「相手は複合体だ。油断するな。聖銀製の武器以外では、傷を与えることすら困難だろう」
「だが――神に祝福された《お前たち》が、【降霊】に匹敵する肉体を持つとしたら?」
「その才能を持つ者は、一人ではない」
男は演壇を降り、十二人を見渡す。
「――【新・円卓騎士】」
「円卓は、栄誉のために存在するのではない。清算のために存在する」
「人類が滅びに最も近づいた時代。罪悪が蔓延し、信仰が腐敗し、神が沈黙したとき――円卓騎士は創られた」
「すべてを救うためではない」
「罪を斬り」
「人類の穢れを洗い」
「血を代償として、世界を存続させる」
「それこそが――《方舟》だ」
声が低くなる。
「すべての人類を乗せるためではない」
「存在を許された人類だけを、保存するための器だ」
男は手を上げ、十二人を指し示す。
「【新・十二円卓騎士】。
それが、今からお前たちのコードネームだ」
「空言に聞こえるかもしれん。
だが、神の代言者、代行者――
ユリウス・キリエ(Julius・Kyrie)として、ここに誓おう」
男は拳を胸に打ちつけた。
「神父であるこの身が、約束する」
「お前たちは、正義であり」
「お前たちは、希望であり」
「お前たちは、栄誉そのものだ!」
密室に、言葉の返答はない。
十二人は同時に拳を胸に打ちつけた。
激情でも、狂信でもない。
使命を授かった者だけが持つ、冷静な敬意。
男は背を向け、
密室の奥、古き誓約が刻まれた石壁を見据えた。
「任務は、ただ一つ」
「選抜試合の前後において――ジャック・カイルを狩れ」
白手袋を再びはめ、男は静かに言った。
十二名の新・円卓騎士が、一斉に片膝をつく。
完全に揃った動作。
金属が床に触れる音が、誓約のように響いた。
――七時間後、選抜試合会場。
巨大な円形闘技場は、複数の独立戦区に分割され、
床一面には抑制と増幅を併せ持つ魔法陣が刻まれている。
天井は完全には照らされず、
輪郭を映すだけの冷白光が、影を意図的に残していた。
観客席は満席。
誰が最も有望な団員か、熱を帯びた議論が飛び交う。
鉄門が順に開かれ、候補団員たちが入場する。
足音は床に吸われ、
残るのはヘルメットと外套の内側で響く呼吸音だけ。
ジャックは、その中に立っていた。
表情は静か。
肩と背は力が抜け、
まるで結果が決まった試験を待つ受験者のようだった。
最上段、厚いガラスで隔てられた貴賓席。
いくつもの視線が、同時に彼へ向けられる。
――観察。
――評価。
――そして、隠そうともしない殺意。
鐘が鳴る。
開始を告げる音ではない。
――逃げ場がないことを告げる音。
重く、低い声が、会場全体に響き渡った。
「狩人選抜試合、ルールを告げる!」
「第一条――生命は至高。みだりに奪うことを禁ずる!」
「第二条――武器、体系、降霊、すべて使用可!」
「第三条――場外結界への接触は失格!降伏した者は、今回の選抜資格を永久に失う!」
「――これより、抽選を開始する」




