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血を狩る者、宿命の輪に抗う  作者: Asutorufu
第二巻:騎士団選抜編
25/28

第25章 前夜 その一

細雨は夜明け前の空気とともに静かに降り始め、廃墟に残った灰を濡れた泥へと溶かしていく。爆発の焦げた匂いはまだ消えず、どこか焚き火のような余熱が漂っていた。冷たい雨の中、そのわずかな温もりが、びしょ濡れのジャックの身体を辛うじて包んでいた。


巡回騎士による封鎖線の外、黒い車が停まる。


ドアが開き、カルラがゆっくりと降り立った。傘を差すのは随伴する老執事。年老いてなお、その動きには淀みがない。


低いヒールのブーツが泥を踏みしめる音。カルラは、爆風で骨組みだけになった小屋を一瞥すると、その目元に宿る冷気は、降りしきる雨よりも人の肌を刺す。


巡回騎士たちは整然と礼を取り、状況を報告した。カルラは黙って聞き、無言のまま煙草に火をつけ、最後に静かに尋ねる。


「ジャック・ケイルは?」


「後方におります。……かなりの重傷です。」


「案内しなさい。」


応急用のテントの中、ジャックは地面に座り込んでいた。治療班の者たちは彼に近づけず、誰も身体に埋まった銀の破片を取り出していない。血液の再生は強く抑えられ、ジャックは歯を食いしばり、ただ痛みに耐えていた。


幕がめくられ、カルラの姿が現れる。


彼女は傷だらけのジャックと、怯えたように距離を取る医療班を見渡し、何も言わずに煙を吐いた。


空気は一瞬で凍りつく。カルラが放つ威圧は、声を出さずとも周囲を従わせる。


治療班は震えながらもジャックへ駆け寄り、銀の釘と弩の破片を引き抜いていく。取り出された破片は、なお白い煙を上げていた。


ジャックは痛みに悲鳴を漏らす。カルラはわずかに眉を寄せたが、声はいつも通り冷静で、そして絶対的だった。


「ここには、もう置いておけない。」


ジャックは目を見開いた。「カルラさん(Ms.Karla)……」


「拒否権はないわ。」


カルラは遮り、言い放つ。


「あなたは私の邸に移る。あそこなら、容易に侵入はできない。」


冷たい言葉なのに、不思議と温かい。命令ではあるが、それ以上に“守るための判断”だった。


ジャックは何か言おうとして、彼女の冷ややかな瞳に射抜かれ、言葉を飲み込む。


「……ありがとうございます。」


カルラは視線をテントの外、まだ燻る黒煙へ向ける。


「あなたの存在は……あなたが思うよりずっと危険なのよ。」


——


ジャックの移送を決めると、カルラは数名のハンターを呼び出した。


「ヴィエル・ツィベリン。すぐにここへ。」


およそ10分後、息を切らしたヴィエルが駆け込んでくる。湿った金髪が頬に張り付き、焦りそのままの顔で叫ぶ。


「ジャックは!? 無事なんですか!」


カルラは一瞥をくれ、静かに答える。


「生きているわ。あなたを呼んだのは調査のため。ジャックのことを一番よく理解しているのは、あなたでしょう。」


ヴィエルは背筋を伸ばし、声を張る。


「了解です! カルラ教官! 全力を尽くします!」


彼の前へ、カルラは爆破現場から回収された破片を並べた。


銀の釘、聖銀の矢じり、規格品の爆薬外殻、そして細い銀線。


「獣の仕業ではないし、事故でもない。」


一瞬だけ言葉を切り、冷たく告げる。


「これは……計画的な“殺し”よ。」


ヴィエルの瞳が大きく揺れる。


「ジャックは……ハンターに襲われた、ってことですか?」


「ジャックの証言では、選抜試験の候補者の一人。」


カルラは候補者一覧を見せ、淡々と言う。


「証拠は揃っている。動機も合理的。」


ヴィエルは拳を握りしめ、悔しげに震える。


「……ライバルを、先に消そうと……!」


カルラは頷き、指示を出す。


「ランスロット騎士団長として、内部調査を開始する。ヴィエル、あなたが主導しなさい。信頼できる者を付けるわ。」


「……了解しました。」


「その前に、一度ジャックのところへ行きなさい。」


「僕が? なぜです?」


「爆発から生き延びた。それだけで、彼は揺らいでいる。」


カルラの声は珍しく静かだった。


「彼のそばに立てるのは……いま、あなたしかいない。」


ヴィエルは胸に手を当て、深く頷いた。


「……はい。」


——


ランスロット騎士団・カルラ邸。重厚な大理石の壁、厳格な庭園、隙のない警備。空気ですら鋼の匂いがする。


ジャックは屋敷の奥へ通され、簡素だが温かい部屋が与えられた。なにより“安全”だった。


夜雨がおさまり、部屋に柔らかな灯りが落ちる。


コン、コン。


「ジャック、俺だ。」


ジャックが振り向くと、ヴィエルが扉を押し開けた。金髪はまだ湿っている。走ってきたのだろう。


彼はジャックの姿を見るなり、ようやく息をつく。


「……よかった。死んでなくて。」


ジャックは苦笑する。


「その言い方どうなんだよ。」


「だってさ、来る途中で『体中穴だらけで煙噴いてた』って聞かされて……」


ジャックの腕を取り、怪我を確認する。


「本当に重症じゃないか……」


「……まあ。めちゃくちゃ痛い。」


「銀製の傷だな。」


ジャックは黙って頷く。


ヴィエルは怒りを押し殺したように息を吐く。


「そんな傷……あと少しで……お前、死んでたんだぞ……」


言葉が続かない。


張り詰めた沈黙が二人を包む。


ジャックは視線を逸らし、軽く笑う。


「でもまあ、慣れてきたよ。訓練の時だってお前、いつも容赦しないし。」


ヴィエルの喉が上下し、彼は隣に腰を下ろす。


「いいか、ジャック。」


「これは事故じゃない。誰かが……お前を殺しに来た。」


ジャックは眉を寄せて黙った。


「俺が調べる。」

ヴィエルの声は鋼のように強く、揺らぎがない。

「絶対に、そいつを見つける。」


ジャックは彼を見上げ、微笑を浮かべる。


「ヴィエル……お前、心配してる?」


ヴィエルは息を呑む。


否定はしなかった。


「……当たり前だ。お前は……俺の“仲間”だ。」


ジャックの瞳が柔らかく揺れた。


二人の距離は近い。互いの呼吸が触れるほどに。


ヴィエルは立ち上がり、いつもの調子に戻ったように肩を叩く。


「治ったらまた訓練だ。まだ俺に勝ってないんだからな。」


「……ふふ、分かったよ。」


「それと——」


ヴィエルは気になっていたことを口にした。


「お前の体質……人間と吸血鬼の中間だろ?」


ジャックはカルラから言われたことを思い出し、頷く。


「ハンターの血清も吸血鬼の毒も入ってる。太陽も平気で、食事もできる……なのに吸血鬼扱いなんて、おかしいよな?教授の授業……寝てなきゃ聞けたのに。」


ジャックは困ったように笑い、ぽつりと言う。


「食べても……なんか腹が空く。満たされない感じがあるんだ。カルラ教官に相談したけど——」


「それで?何て言われた?」


ジャックは思い出すだけで顔が熱くなる。


「……カルラさんが、指を……切って……

俺に……その……血を……吸わせて……」


二人の耳まで赤く染まった。


そのとき——


コン。


部屋の外から、冷えた声がした。


「その話、続けてくれる?」


扉の前に立っていたのは——カルラだった。

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