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血を狩る者、宿命の輪に抗う  作者: Asutorufu
第二巻:騎士団選抜編
24/28

第24章 悪意

深夜の空気は、まるで凍りついたように静まり返っていた。


ジャックは重い夢の淵から、溺れる直前のように一気に飛び起きた。胸は激しく波打ち、額からは冷たい汗が途切れることなく流れ落ち、背中のシャツは既に汗で張り付いていた。


心臓の鼓動は、まるで耳元でドラムを叩かれているかのように荒く、到底“寝起き”のそれではなかった。


夢の残滓が、まだ脳裏で暴れ回っている――

燃え盛る炎、血の霧、砕け散る叫び。

顔のない何かが暗闇から手を伸ばし、圧倒的な絶望が喉元を締めつける。

激烈な戦い、ケイルの堕落、アーサー王の叫び。

心臓を貫かれる瞬間のあの痛みさえ、まだ身体に残っている気がした。


ジャックは息を整えようと、深く深く呼吸する。


そのとき――背筋をなぞるように、もっと冷たい“現実”が忍び寄ってきた。


幻覚でも、恐怖でもない。


――殺気。


刃物の冷たさが首筋に触れたような、あまりにも鋭利な殺意。


「……誰だ……?」


瞳孔が一気に収縮し、身体中の毛が逆立つ。

ジャックは静かに、しかし鋭く周囲の気配を読み取った。


吸血鬼の毒と狩人の血清が混ざった彼の身体は、感知能力が常人とは比較にならないほど研ぎ澄まされている。その“殺意”は単なる敵意ではなかった。獲物を確実に仕留めるために研ぎ澄まされた、本物の殺しの意志。


思考より先に身体が動いた。


ジャックは床を蹴り、窓へと飛び込むように転がり込む――


その瞬間、部屋の内部が白光に飲み込まれた。


轟ッッッ————————!!


爆発音が、静かな夜を切り裂く獣の咆哮のように響き渡った。


小屋は一瞬で火に呑まれ、衝撃波がジャックの身体を大きく弾き飛ばす。空中で数度転がり、地面を滑って五、六メートル先でようやく停止した。


耳鳴り、熱風、焼ける匂い――

世界が爆発音に支配される。


ジャックは血を吐きながら、片腕で上体を支え、火光を睨む。


炎の向こうから、一つの影が歩み出てきた。


灰を踏む音すら乱れない、整った足取り。


黒いスーツはまるで煤一つつかず、白い無表情の仮面は、炎に照らされて不気味なほど冷たい。まるで死刑執行人そのもの。


「残念だな。」

面の奥から、失望したような声が漏れた。

「爆発で死んでくれれば、手間が省けたのに。」


ジャックは乾いた唇を舐め、呼吸を整える。


「……俺、お前に恨まれるようなことしたか?」


炎のゆらめきの中。

男は足を止めた。


「お前は今回の選抜試験で最も危険な“黒馬”だ。素性不明、実力不明、そして吸血鬼の毒を宿した存在……そんな怪物に負ける可能性があると思うと、気分が悪い。」


声が凍てつくように低くなる。


「それに……吸血鬼の毒に触れた者が生き残っているなんて、狩人として許せないんだよ。ここで殺しておく。――これは正義だ。」


そして銀の短剣を抜く。炎光を受けて、不吉に輝いた。


ジャックは息を整え、身体の再生を加速させながら低く言った。


「……もういい。話す気はないんだろ。」


戦意が弾ける。


黒衣の男は影のように消え、次の瞬間にはジャックの喉元へ匕首を突きつけてきていた。


「速っ……!」


ジャックは身を翻し、ギリギリのところで刃を避ける。だが男は一歩で間合いを詰め、死角から再び刃を滑り込ませてきた。


「ッ……!」


受け止めた手のひらが、焼け付く痛みに悲鳴をあげる。

銀――それだけで吸血種にとっては毒。


「ほら見ろ。銀が触れた瞬間に動きが鈍る。」


男は愉快そうに笑う。


ジャックは痛みを押し殺し、肘で男の胸を殴り飛ばした。


「……っ!」


だが、男は微かな後退で体勢を保つ。

その手には、吸血鬼狩りの装備がこれでもかと揃っていた。


銀の短剣。

聖銀のボルト。

金の十字架。

銀釘入りの炸裂弾まで――完全な“吸血鬼殺し”の装備。


男は袖口から、三本の聖銀ボルトを射出した。


破空音が蜂の羽音のように鋭い。


ジャックは転がり避ける――が、矢は空中で軌道を変えた。


「追尾!?くそっ!」


肩を掠めた瞬間、皮膚が黒く焦げ、尋常でない痛みが走る。


「ボルトの後ろには銀糸がついてる。逃げ場なんてないんだよ。」


男は火の中を歩きながら嘲る。


「銀で再生も封じられる。お前はもう、ただ死んでいくだけだ。」


ジャックは歯を食いしばり、拳を固めた。


「……まだ、終わってねぇ!!」


だが男は更に取り出した。銀釘の詰まった炸裂弾。


「じゃあ……終わらせてやる。」


轟ッ!!


銀釘の嵐が襲いかかる。


逃げきれず、ジャックは腕で頭を庇うしかなかった。


刺さる。焼ける。肉が焦げる。


「……ッ、くそ……!」


視界がちらつく。


男はゆっくり近づく。

死刑を宣告するように。


「聞こえるか?それは、お前の肉が銀に溶かされる音だ。」


匕首を心臓へ向け、静かに言う。


「これで終わりだ。」


しかし――


ジャックはまだ膝を折らない。


「――ッ!!」


焼けただれた右手で、男の手首を掴む。


男が初めて目を見開いた。


「お前……!」


「俺は――ここで死なねぇッ!!」


ジャックは左手で焦げた木梁を掴み、

渾身の力で男の面を叩き割った。


バキィンッ!


仮面に亀裂が走る。


男は数歩後退し、呼吸が荒れる。


「……チッ、本当に……化け物め。」


そのとき――


ピィィィィィ——ッ!!


遠くから口笛と怒号。


「巡回隊だ!火を見たぞ!」

「周囲を確認しろ!爆発の可能性あり!」


男の動きが止まる。


しばらく沈黙ののち――


「……お前は、皆にとって厄介な存在だ。

だが……まだ終わりじゃない。」


一言だけ残し、影のように姿を消した。


ジャックは崩れた柱に手をつき、荒い呼吸を繰り返す。


身体の中で、銀がまだ肉を焼いている。


それでも倒れない。


火の中で、彼は呟いた。


「……誰だよ……俺を殺したいなんて言う奴は……」


熱風が廃墟を揺らす。


――選抜試験前夜。

闇の嵐が、静かに幕を開けた。

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