第二十章 訓練・其の二
早朝の訓練場は、ひんやりとした空気が漂い、土と木屑の匂いが混ざり合い、場内に満ちていた。ジャックは木剣をしっかり握り、目には鋭い集中と決意が宿っている。彼の前に立つヴィエルは、手にした木剣を稲妻の如く振るい、一撃ごとに強烈な圧迫感を伴って迫る。
しかし、今回はいつもとは違った。ジャックの動きはほとんどヴィエルのリズムに追いついていた。血清と吸血鬼の毒によってもたらされた変化により、彼の身体の成長速度は異常なほど早まっていた。ヴィエルの攻撃が降りかかるたび、ジャックは鋭敏に危険を察知し、身体は自然と回避や防御の動作を行いながら、両手を連動させて反撃を加える。木剣同士がぶつかる音が、広々とした訓練場に響き渡った。
ヴィエルの拳と剣技は速く、正確無比である。しかしジャックは決して劣勢ではなかった。彼の足取りは軽やかで巧み、移動のたびに反撃の隙を探る。連続攻撃を受けても、ジャックは防御しつつ正確に反撃のタイミングを見極める。汗が額を伝って流れ落ちるが、その目にはこれまで見たことのない自信と落ち着きが光っていた。
ヴィエルは細めた目に含み笑いを浮かべて言った。「いい……成長の速度は、予想以上だな。」
ジャックは低く唸り、全身の力を次の一撃に注ぎ込む。彼は感じた──ヴィエルとの間にあった差が、確実に縮まっていることを。防御と反撃の一つひとつが、彼の身体と意志を鍛える鍛錬となり、血清や吸血鬼の毒はあくまで補助に過ぎない。真に勝敗を決めるのは、自らの限界を超え続ける決意なのだと、彼は確信していた。
薇尔の剣の勢いは途切れることなく、ひとつひとつがジャックの限界を試すかのようだった。しかし、ジャックはまるで堅牢な盾のように攻撃を受け止め、受け身の合間に反撃の隙を見つけ出す。木剣同士の清らかな衝撃音が、広々とした訓練場に戦鼓のように響き渡り、そのひとつひとつがジャックの成長の足跡を告げていた。
「だいぶ良くなったな。」薇尔は目を細め、驚きと認めるような声で言った。「リズムについていくだけでなく、防御の瞬間に反撃までできるとは……君の成長速度は、予想以上だ。」
ジャックは額の汗をぬぐい、鋼のような眼差しを向けた。これは始まりに過ぎない――真の試練はまだ先にある。選抜戦では、体力や技術だけでなく、血液に由来する衝動による暴走の危険と向き合わなければならない。
その時、カリュラが訓練場の端に歩み寄り、腰から小さな銀の十字架のネックレスを取り出した。落ち着いた声だが、威厳が伴っていた。「ジャック、今回の選抜戦では、これを身につけなさい。」そう言うと、彼女はネックレスをジャックに差し出した。
ジャックは疑問を抱きながら彼女を見上げた。
「これは抑制器だ。」カリュラは説明する。「血を見た時の衝動を抑え、血への渇望を和らげる。胸の前に身につけることで、選抜戦中も冷静さを保てる。血に煽られて暴走することはない。」
ジャックはゆっくりと抑制器を受け取り、冷たい金属に触れた指先に複雑な感情が湧き上がる――守護であり、束縛であり、そして自らが直面しなければならない挑戦でもあった。
カリュラはジャックを見つめ、低くも力強い声で告げる。「覚えておきなさい。力だけでは全てを支配できない。本当に強い者は、己の意志を制御する者だ。選抜戦は体の試練だけでなく、心の修練でもある。そして、この期間、君が薇尔と共に訓練してきたことは、団内の全ての視線を集めている――吊るされて焼かれようとする者もいれば、友好的に接しようとする者もいる、もちろん友好的なのはごく一部だが。」
彼女は煙草に火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出す。「年配の団員たちも、君が騎士団にどれだけの価値をもたらすかを見極めたい……私も含めてね。」
ジャックは仕方なく頭をかき、苦笑した。「はは、昔誰かに言われたんだ。自分の道を進め、他人の雑音は気にするなって。僕は普通の生活に戻る方法を探す。今の障害で足を止めるわけにはいかない。」
カリュラはジャックの言葉に微笑み、その笑みはまるで子供の夢を聞いた長輩の優しい微笑のようだった。「抑制器、忘れずにな。」
ジャックは頷き、十字架を胸にかけた。その瞬間、微妙な均衡を感じた――血の衝動は抑えられ、力は残った。心拍と呼吸が次第に同期し、全身の状態はかつてないほど安定し、澄み切った感覚に満ちていた。
抑制器を身につけた瞬間、ジャックの呼吸は穏やかに整い、胸元に伝わるわずかな圧迫感が、常に冷静さを保つよう彼に警告していた。
たとえ薇尔の鋭い攻撃を前にしても、かつて血を見た時のような衝動は湧き上がらない。
身体の一挙手一投足が意志に導かれるように正確で、無駄がなかった。
薇尔はその変化に気づき、意味深く口角を上げた。
「悪くないな。どうやら抑制器はちゃんと機能しているようだ。動きがさっきより安定してるし、反応も鋭くなった。……心と体のバランスが、ようやく噛み合ってきたみたいだ。」
ジャックは歯を食いしばりながら、薇尔の攻撃を受け止める。
胸の奥で静かに呟く――「落ち着け……自分を、制御しろ……」
そのたび、胸にかかる抑制器が微かに震え、まるで語りかけるように囁いた。
――「力はお前のものだ。だが、支配するのは意志だ。」
その頃、訓練場の外。
暗がりの中で、一対の冷たい瞳が静かにその光景を見つめていた。
男は暗色の衣をまとい、高所に身を潜めながら手にした装置でジャックの動きを記録している。
木剣がぶつかる音、呼吸のリズム、筋肉の反応。
全てを、まるで獲物を観察する狩人のように、精密に捉えていた。
男の口元が、ゆっくりと歪む。
――選抜戦。
それこそが、彼の計画の幕開けに過ぎなかった。
ジャックの視線が一瞬、薇尔と交錯する。
互いに言葉は交わさずとも、心の中では通じ合っていた。
薇尔はわずかに頷き、静かに激励するように言う。
「君の成長は、私の想像以上だ。でも――本当の試練は、まだこれからだ。」
訓練は続く。
汗が頬を伝い、筋肉が悲鳴を上げる。
それでもジャックは、一歩一歩、己の限界を超えていく。
抑制器がある限り、血の誘惑に負けることはない。
理性と力、その両方を保ちながら。
木剣の衝突音、ジャックの荒い呼吸、そして高所から見下ろす冷たい影――。
三つの気配が絡み合い、張り詰めた空気が場を支配する。
選抜戦までのカウントダウンはすでに始まっていた。
そして、ジャックはその舞台へと、静かに、しかし確実に歩み出していた――。




