表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
血を狩る者、宿命の輪に抗う  作者: Asutorufu
第一巻:開幕
16/28

第十六章 霧の街に潜む影

少年が再び意識を取り戻した時、目の前の女性はすでに深い傷を負っていた。

彼女は地面に横たわり、口から鮮血を吐き出していた。

その身に纏った衣服は血に染まり、見るも無惨な有様だった。


だが――少年は怯えるどころか、その光景に魅入られたように見えた。

彼の掌は赤く濡れており、その血を見つめる眼差しには、どこか恍惚とした笑みが浮かんでいた。


それは恐怖ではなく、陶酔。

少年にとって、この「赤」はまるで芸術だった。極致の美しさ――彼が追い求めていた何か。

彼は手についた血を舐め取る。それはまるで、高級なワインを味わうような仕草。

その顔に浮かぶ微細な表情は、見る者の背筋を凍らせた。


この瞬間、少年の中には言葉にできないほどの快楽が満ちていた。

瞳には狂気の光が宿り、血塗られたキャンバスの中に、彼の魂の奥底が求めていた「満たし」があった。


「どうして俺の幸福を壊したんだ?」

少年は冷たく呟いた。声は静かで、しかし氷のように冷え切っていた。

月明かりを背に立つ彼の姿は、まるで血に飢えた悪魔のようだった。


その声は、夜の静寂を裂くように響き渡る。

まるで裁きを告げる死神の声のように――。


「もうすぐ死ぬんだ。だったら、少しくらい話していけよ」

少年は女の手を取り、その指を一本ずつ、音を立てて折っていった。


夜闇の中に、女の悲鳴がこだまする。

それは少年にとって、残酷な交響曲の序章のようなものだった。

無情な狂気の中、女の呻きと夜の静けさが、不協和な旋律を奏で始める。


「なぜ放火した? なぜ俺の幸せを壊した?」

「……まだ答えないのか」


今度は、彼女の腕が無慈悲に折られる。

絶望と痛みに飲まれた彼女の顔からは、すでに理性の色が失われていた。

次に壊されるのが体のどの部分か、彼女自身もわからない。


それでも彼女は、恐怖に震えながらも、震える声で言葉を紡ごうとする――。


少女は震える声で懇願した。


「お願い……もう、これ以上私を傷つけないで……」


その声には、絶望がにじんでいた。

闇に包まれた状況の中で、彼女はせめて命だけでも助けてもらおうと、必死に哀願する。

だが、少年の目には一切の情けは浮かんでいなかった。

冷たく、無感情な瞳。彼女の言葉は、まるで無意味な風のように流れていく。


「……僕が聞いたのは、それじゃない」


再び手を振り上げようとした瞬間、少女が必死に叫ぶ。


「わ、わたしも仕方なかったの!お願い、お願いだから……許して……全部話すから……全部教えるから……お願い……」


少年は少し考えるような素振りを見せ、そしてゆっくりと彼女の前にしゃがみ込んだ。

まるで、瀕死の獲物を見つめる狩人のように。


「いいだろう。じゃあ、話せ」

「なぜ火を放った?それと……どうしてアシュリー姉さんが“お前の幸せを奪った”なんて言った?」


少女は震えながらも、ぽつりぽつりと口を開いた。


「……あの日……私は聞いてしまったの。エルウィンが、アシュリーに……あんなにも優しい声で話してるのを……」


彼女の声が歪み、憎悪が滲み出る。


「私は……私はずっと、彼を想っていたの。エルウィンは私のものなのよ……!あの女なんかに奪われてたまるものですか……!」


「つまり……君が、姉さんを殺したのか。」


少年の声は、静かだが、氷のように冷たかった。


「ち、違うの!本当に手を下したのは私じゃない!」

「エルウィンって本当に優しい人で……だから、私みたいに彼に想いを寄せる踊り子は他にもいたの。私、ただその子たちにエルウィンとアシュリーのことを話しただけ……そしたら……まさか、本当に殺されるなんて……!」


「アシュリーを殺したやつらの名前を全部言え。それを話せば……命だけは助けてやる。」


少女はその言葉に縋るように、恐怖と罪悪感を吐き出しながら、闇の中で声を震わせる。

少年はじっと黙って彼女の話を聞いていた。その無表情な顔に、わずかな揺らぎが生まれる。

「……これで……許してもらえるの……?」


少年は黙って夜空を見上げた。

月の光を浴びながら、彼は深く息を吐き、目には涙がにじんでいた。

そして、ゆっくりと頷いた。


少女はそれを見て、必死に体を起こし、逃げようとした。

重傷を負った体を引きずるように、地獄から脱け出そうとする。


だが――


「……僕はただ、“答えたら命を助ける”って言っただけで……姉さんを殺した罪を許すとは、一言も言ってないよ?」


その言葉と共に、少年の手が少女の腹を貫いた。

指先を揃えたその手は、刃のように鋭かった。


「――!!」


女の悲鳴が夜の小路に響いたが、それもすぐに少年の手によって口が塞がれる。


「すぐには殺さないよ。君には、姉さんが味わった“痛み”を、同じように味わってもらうからね。」


静まり返った路地裏で、誰もこの出来事を知る者はいない。


少年の手が何度も少女の体に突き立てられる。その動きはまるで楽譜に従うように精密で、致命傷を避けながら、確実に肉体と精神を蝕んでいく。

それはまるで、地獄の交響曲だった。


少女の目には、もはや希望も光もなかった。あるのは、ただ終わらない恐怖と苦痛だけ。


そしてその路地に漂うのは、死の香りと血の匂い――

一人の少年の病的な狂気が、夜を支配していた。


やがて、路地裏で女性の遺体が発見された。


その異様な死に様は、街全体に戦慄を走らせた。

誰も、彼女が生前にどんな恐怖を味わったのか知る者はいなかった。

ただひとつ確かなのは、彼女の身体を覆う無数の傷跡。

それはまるで、悪魔がその爪で刻んだかのような残酷な痕だった。


街には言葉にできない不気味な空気が漂い、人々は事件について口々に語った。

しかし、犯人の手がかりは一切見つからなかった。

まるで、夜の闇に紛れて消えた亡霊のように――

そこに“いたはずの存在”は、跡形もなく消えていた。


だが、あの少年の“裁き”は、それで終わりではなかった。

彼は街のあちこちの路地裏で、次々と同様の遺体を残していった。

その犠牲者は、すべて踊り子――

かつて姉の死に関与していた者たちだと、彼は確信していた。


街は恐怖に包まれた。

夜になると、人々は怯え、誰もが家から出ることを躊躇った。


――それは悪魔の狩りだと人々は恐れた。

だが、少年にとっては、それは“正義の鉄槌”だった。


姉を奪ったこの街への嘲笑、そして自らの手で下す“復讐の署名”。

それが、彼にとっての救済だった。


遺体はどれも惨たらしく、そして“共通点”があった。

それに気づいた人々は、ひとつの可能性に震え始める――

これは、連続殺人事件なのではないか、と。


夜の街には不安が蔓延し、

かつての平穏は、もはや幻想となった。


そんな中で、誰からともなく、ある名が囁かれるようになった。


その名は――


ジャック・ザ・リッパー(Jack the Ripper)


闇夜に現れ、痕跡も残さず消え去る、“解けない謎”と“見えない恐怖”の象徴。

そして少年は、正義の仮面をかぶったまま、

血の帳の向こう側へと姿を消していった――。


――時間は現在へと戻る。


ジャックは、“あの男”との激闘の最中にいた。

戦いが進むにつれ、彼の脳裏には断片的な記憶が呼び覚まされていく。

そして――ついに目の前の男の姿が、はっきりと像を結ぶ。


その瞬間、ジャックは凍りついた。

信じがたい現実が、彼の意識を打ち砕く。


――都市伝説に過ぎないはずの、“ジャック・ザ・リッパー”が、

まさに今、この降霊儀式の中に実在していたのだ。


胸を貫いたはずの痛みは、いつの間にか消えていた。

その男も、今や鎖に囚われ、動くことすらままならない。


震える声で、その男は言った。


「他人の記憶を覗くってのは……どんな気分だ?」


「……儀式ゲームに勝ったのは、俺だ。」


「そうだ。お前の勝ちだよ。」


ジャック・ザ・リッパーは、狂ったように笑った。


だがその笑みには、ただの敗北者にはありえない、

どこか“余裕”すら感じさせる色があった。


「ただ――一つだけ、理解しておくべきことがある。」


「なぜ、お前が“俺の記憶”を覗けたのか。

 そして……なぜ、“俺”がこの儀式の中に現れたのか――」


その声には、底知れぬ意味が込められていた。

まるで全てを見通すかのような含み笑い。

その裏に隠された“真実”に、ジャックはまだ気づいていなかった――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ