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血を狩る者、宿命の輪に抗う  作者: Asutorufu
第一巻:開幕
10/28

第十章:血の盟約

「そうだ、普通は別の騎士団に加入するには“選抜(Selection)”を受ける必要があるんだ。」


ヴィエルはそう語った。彼自身もかつて選抜に参加し、優秀な成績でランスロット騎士団に選ばれた経歴がある。


「騎士団ごとに、平均的な戦力差ってものが存在するんだけど、うちの“ランスロット団”は上位に位置する実力派の団なんだ。」


そう補足するヴィエル。ランスロット騎士団の起源はアーサー王の時代まで遡り、ランスロットはアーサー王に最も信頼されていた部下であり、その高潔な精神――勇敢さ、強さ、人助けの心――は今もなお受け継がれているという。


ジャックは何か思い出したように、うなずいた。


「伝説で読んだことがある。ランスロットは騎士団の中でも最強で、誰よりも信頼できる存在だったって。」


「お、伝説に詳しいんだな。」


ヴィエルは笑顔を浮かべながら言った。


「うん……ちょっとそういうのが好きな隣人がいてさ。」


ジャックの脳裏に浮かんだのはシャーロットの姿だった。こういった伝説も、実は彼女から聞いたものが多い。普段は右から左に聞き流していたが、案外印象に残っていたのかもしれない。


「ほぉ~」

ヴィエルはニヤニヤしながらジャックを見た。その表情からは「全部お見通しだぞ」という意図がはっきりと伝わってくる。


その意地悪な笑みに、ジャックは思わず咳払いをしてごまかした。


「と、とにかく……選抜試験には出ないといけないんだよね?僕、本当に通れるのかな……?」


カールラは柔らかく微笑んで、ジャックに言った。


「大丈夫、ジャック。自分のできる限りを尽くして。でもその前に……ある儀式を受けてもらうわ。」


そう言って、三人はとある荘厳な鐘楼塔へと向かった。


その塔はロンドンのビッグ・ベンとはまるで異なり、雲を突き抜けるほど高く、威厳に満ちていた。巨大な文字盤のひとつひとつに、古代の神秘が宿っているようだった。塔内から響く鐘の音は、どこか荘厳で重厚だった。


カールラが手を差し出すと、それに呼応するように扉に時計のような魔法陣が浮かび上がった。


「さあ、入りなさい。」


三人が鐘楼の中へと足を踏み入れると、その内部の雰囲気と空間は、まるで幾千の歴史と物語を静かに語りかけてくるようだった。その荘厳さに、自然と背筋が伸びる。


この鐘楼は実に壮麗で、並べられた書物の一冊一冊から、古の力と深淵なる叡智が感じられた。


ジャックは目の前の光景に息を呑んだ。彼はこれまで鐘楼の中に入ったこともなければ、これほどまでに壮大な建築を目にしたこともなかった。


彼の頭には、ロンドンで見たビッグ・ベンの姿が思い浮かんだが、今そのイメージは完全に塗り替えられていた。


「驚いたかい?でもここはただの図書館さ。」ヴィエルがにこやかに言った。


「もう、からかわないでよ。あんたが初めて来たとき、地面に跪いて感動してたじゃない。」

カールラが横で茶化すように言うと、ヴィエルはその場で固まってしまった。


「あ、あれはだな……人類文化の奇跡に感動しただけだ!」


過去の自分の行動を思い出し、顔を赤らめながら弁解するヴィエル。


「時計塔は確かに、私たちハンターの図書館。でもね、実はそれだけじゃない。ここは私たちハンターの“目”であり、“脳”でもあるのよ。」


カールラが補足するように語った。


この時計塔には、数十世紀にも及ぶハンターたちの戦闘経験と魔術研究の記録が保管されている。その歴史を語り尽くそうとすれば、三日三晩語っても終わらないだろう。


カールラはジャックを連れて時計塔の三階へと向かった。

そこには、階の中央に不思議な魔法陣が刻まれており、符文が微かに光を放っていた。


その魔法陣からは過去と未来をつなぐ橋のような、どこか神聖で荘厳な気配が漂っていた。ジャックは思わず息を呑んだ。


「手を出して、ジャック。」


カールラの指示に従い、ジャックは手を差し出す。

彼の指先が目に見えない力によってスッと切れ、血がぽたぽたと魔法陣の中央に滴った。


血が符文へと染み込み、魔法陣が一段と強い光を放つ。

生命力が吸い込まれ、何かの力へと変換されていくような感覚――ジャックは戸惑いながらも、その場に立ち尽くしていた。


「この儀式は“歃血しゃっけつ”と呼ばれるものよ。」

カールラが説明を続ける。


「血を法陣に捧げることで、君に最も適した魔術(Sorceries)体系(Systems)が顕現する。通常、魔術体系は生まれた時に与えられるものだけど、全員にあるとは限らない。この儀式は、君がその“何か”を与えられていたかどうかを確認するためのもの。」


魔法陣の輝きが徐々に薄れていき、代わりに深い闇のような黒が浮かび上がった。


――これは、“無属性”を意味する。


つまり、魔術体系を一切持たないということだ。


カールラはまるで予想通りというように頷く。こういった結果はこれまでに何度も見てきたのだ。


「ジャック、見ての通り、君には体系がない。この結果は変えられない。でも落ち込む必要はないわ。魔法が使えなくても、立派なハンターになった者はいくらでもいるから。」


その言葉に、ジャックは静かに頷いた。

思ったよりも落ち着いた様子で――いや、むしろ、それが彼の“望んでいた”結果だったのかもしれない。


「じゃあ、次の場所へ向かいましょう。レディ、ジェントルマン、しっかり掴まっててね。」


カールラはそう言うと、先ほどの魔法陣に手を触れた。

だが、今度は血を流すことなく、指先を軽く添えるだけだった。


彼女は小さな声で詠唱を始める。


「《Location(位置), Lock(ロック), Teleport(転送)


「へ?掴まるって、どこに――」


ジャックが言い終える前に、三人の身体は中央の魔法陣からふっと消えた。

青い粒子が空中に舞い上がり、やがて静かに床に降り注ぐ。


「うわっ――!」


ジャックは高空から勢いよく落下し、床に激しく叩きつけられた。

重たい音が鳴り響く。


ついさっきまで時計塔の中にいたはずなのに、次の瞬間には――

彼は、真っ白な大理石で造られた荘厳な殿堂の中にいた。


「……登場の仕方、なかなかユニークだな?」

ヴィエルがクスリと笑いながら、ジャックの腕を引いて起き上がらせた。


それを見たカールラが軽くため息をつきながら言う。


「だから言ったでしょ、ちゃんと掴まれって。でもまあ、初回なら仕方ないわね。

 ヴィエルも最初の時は同じだったわよ?」


「カ、カールラ教官っ!その黒歴史は封印してって言ったじゃないですか!」

顔を真っ赤にしたヴィエルが抗議する。

新人時代の記憶は、彼にとってすでに忘れてしまいたい過去の一部らしい。


「――ここは『英雄殿堂えいゆうでんどう』。

 かつて語り継がれた伝説の英雄たちが眠る場所よ。

 彼らに関するすべてが、この場所に記録されているわ。」


カールラの説明を聞きながら、ジャックは静かに辺りを見渡した。


殿堂全体には、不思議な“安心感”が満ちていた。

聖なる白が陽光に照らされ、眩しいほどの輝きを放っている。


天井を支える巨大な柱、荘厳なドーム、

壁一面に彫り込まれた精緻な浮彫と装飾。

高窓から差し込む光が、床に長い影を落としていた。


説明の続きを聞くよりも早く――

ジャックは一つの彫像に駆け寄った。


その像の人物は、彼にとって“見覚えのある”存在だった。


騎士の姿をした男――王冠を戴き、鎧を身にまとい、

一振りの剣を地面に突き立てるように構えていた。


その顔には威厳と気品があり、力強い瞳は前を見据えている。

精巧に彫られた鎧の装飾、筋骨隆々たる体、

どこを取っても“ただの像”とは思えないほどの気迫が込められていた。


――彼は夢の中で、何度も“この男”を見た。


像の前に立つジャックの心に、ある確信がよぎる。

それはまるで、あの時代の威光が目の前に甦ったような錯覚だった。



その光はしばらくの間、幽かに残りながら、徐々にその輝きを失っていった。


だが――


魔法陣は、まだ“終わって”いなかった。


中央の六芒星がさらに激しく輝き出す。

先ほどジャックが落とした血は、完全には消えていなかったのだ。


深く濃い黒が、その場所に再び現れる。

やがて、黒紫の霧が渦巻くように立ち昇り――その中から“何か”が形を成していく。


……それは、“眼”だった。


不気味に閉じられた眼球が、霧の中にぽつりと浮かんでいる。

その存在感は異様で、そこに“意思”が宿っているかのようだった。


そして、ジャックの気配が完全にこの空間から消え去ると同時に、

その眼は音もなく、塵となって霧の中へと消えていった。


まるで、最初から何もなかったかのように――。

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