新たな攻略対象の登場
エリスが授業終わりにセシルを連れて図書室に向かうと、そこにはゲーム内でおなじみのもう一人の攻略対象がいた。落ち着いた雰囲気と知的な眼差しを携えた文武両道な好青年――学園生徒会長、ルイスだ。
「ここが今日のイベントポイント、図書室か……」と心の中でつぶやくエリスは緊張していた。乙女ゲームの中でも重要な初対面イベント。ここでヒロインが攻略対象と良好な関係を築くことが、後々のフラグ回収に繋がるのだ。
乙女ゲームの中で、ルイスはヒロインに対して優しく接しつつも、次第に恋愛感情を抱く役割を担っていた。彼は生徒会長という立場から常に冷静で頼りがいがあり、女性プレイヤーの間でも人気の高いキャラだった。
「セシル、いい? あそこにいる人が今日の攻略対象――じゃなくて、これから仲良くなる人だよ!話しかけてみなよ」
「うん、わかった!」とセシルは元気よく返事をしたが、その無邪気さにエリスは一抹の不安を覚えた。
(大丈夫かな、この子……また何かやらかしそうな予感しかしないんだけど)
意を決して二人で近づくと、ルイスは静かに読んでいた本から顔を上げ、穏やかに微笑んだ。「こんにちは、図書室で会うのは初めてだね。君たちは……?」
セシルは一瞬固まり、「あ、えっと……えーっと……」と明らかに挙動不審になってしまった。
(おいおい、ここで自己紹介するだけでしょ!? 何を迷うことがあるの!?)
慌ててエリスがフォローに入る。「こんにちは、生徒会長のルイス様ですよね? 私たちは新しく入った生徒で、名前はエリスです。この子はセシル。図書室の使い方を覚えたくて……」
「なるほど。僕はルイス。ここで困ったことがあったら何でも相談してくれて構わないよ」とルイスは柔らかい笑みを浮かべて返してくれた。
その間、セシルはようやく口を開いた。「えっと、その……この図書室って、本がいっぱいありますね!」
(いや、当たり前でしょ!? ここ図書室なんだから!)と心の中で全力ツッコミを入れるエリス。
「ああ、とても充実しているよ。君は本が好きなのかい?」とルイスが話を広げてくれたが、セシルは「うーん、本はそんなに……でも、匂いは好きです!」と謎の天然発言を炸裂させた。
「匂い?」とルイスが思わず聞き返すと、セシルは勢いよく頷いた。「はい! 本を開いた時の匂いって独特で落ち着きますよね。特に古い本なんか最高です!」
(いやいや、そんなマニアックな話題出さなくていいから! ここは普通に『読むのが好きです』って言っておけばいい場面でしょ!?)
ルイスは少し困惑した表情を浮かべつつも、「そ、そうだね。確かに古い本には独特の香りがあるね」と大人の対応を見せた。
「そうなんです! 実は家にも古い本があって、それを枕にして寝るとすごく気持ちいいんですよ!」とさらに謎の発言を追加するセシル。
(枕って何!? それ本来の用途と違うから!)
案の定、ルイスは微妙に引きつった笑顔を浮かべ、「そ、それは……斬新な使い方だね」と返答するしかなかった。
「あと、図書室って静かで空気がひんやりしてて、ついつい寝ちゃうことがあるんですよね!よく眠れる素敵な場所です!」と、さらにとどめを刺すセシル。
(いやいや、寝るために図書室来る人なんていな…いやいるかもしれないけどルイスに言うことじゃないから!)
ルイスは一瞬言葉に詰まったが、「えっと……寝るのはあまりお勧めしないかな。ほら、貸し出しもできるから、自分の部屋で読むのもいいと思うよ」と苦笑しながら提案した。
「そうなんですね! でも、自分の部屋だとつい別のことしちゃって集中できないんです!」と元気よく返すセシルに、エリスは「お願いだからもう少し黙って……」と心の中で叫んだ。
「それに、図書室ってちょっと神秘的な感じしませんか? なんだか、隠し扉とかあって秘密の通路が出てきそうな雰囲気!」とキラキラした目で言うセシルに、ルイスはついに言葉を失った。
(だからそんな冒険ファンタジーみたいな話じゃないんだってば!)
エリスは心の中で何度も謝りながら、「セシル、行こうか!」と半ば強引に彼女を連れ出した。ルイスは最後まで微妙な表情を浮かべていたが、「また図書室に来てくれ」と礼儀正しく言ってくれた。
(本当にすみません……ルイス様……)
図書室を後にしたエリスは、改めてセシルを見つめ直し、「……君、本当にヒロインとして大丈夫?」と心の底から思った。