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推しキャラとの初接触 2

庭園に足を踏み入れたエリスは、思わず息を呑んだ。幾度となくゲームの中で目にしたあの庭――それが、今目の前に現実として存在していた。

手入れの行き届いた花々が風にそよぎ、緑豊かな木々が柔らかな日差しを受けて優しく輝いている。

そして――その庭の奥で、ひとりの青年が静かに佇んでいた。


高貴さを漂わせる端正な顔立ち、長身にぴたりと似合う洗練された服装。そして、ふとした瞬間に見せた遠くを見つめるような表情には、どこか近寄りがたい静かな憂いが宿っている。

彼の存在そのものが、この庭の美しさをさらに引き立てているかのようだった。

エリスは胸の奥がざわつくのを感じながら、その青年から視線を離せなかった。


あの顔、あの仕草。彼は――間違いなく、ゲームで何度も目にしてきた"ディラン"だ。

画面の中では平面でしか見ることができなかった推しキャラが、今こうして目の前に現実として立体的に存在している。その事実に、彼女の心は思わず熱を帯びていく。


(……これが、生のディラン様……。)

彼の整った横顔、穏やかな風に揺れる髪、そして醸し出す圧倒的な存在感。そのすべてがエリスの心を一瞬で奪ってしまった。声をかけたいのに、胸の鼓動が激しすぎて言葉が出てこない。


そんな彼女の様子に気づいたのか、ディランがこちらを見て口を開いた。


「……何か用か?」


その低めの声、素っ気ない態度、そして何よりもゲームと同じセリフ! エリスは心の中で絶叫した。


(うわあああ! ゲームと同じ声帯! 同じツンツンセリフ! 破壊力が強すぎる!!)


「……お前、ずっとそこに立っているつもりか?」


(落ち着け、私。ここで何か変なことをしたらイベントが崩れる!)


そう自分に言い聞かせるものの、目の前にいるのは生きたディラン様。ゲームの中で何度も見た、あの素っ気なくもどこか気になる表情。そして耳に残るあの声が、今は画面越しではなく、生々しい現実として彼女に降り注いでいる。

その破壊力たるや絶大で、エリスの胸は高鳴り、心の中ではテンションが急上昇していた。


「……おい、黙ったままか?」


ディランが少し眉をひそめて問いかける。その冷たい声に、エリスの心臓はさらにバクバクと音を立てる。


(びゃあああ!耳が幸せすぎる! でも今は冷静にならなきゃ!)


ディランの冷たい眼差しに一瞬固まるエリスだが、なんとか平静を装って口を開く。


「い、いや、あの、その……セシルが……えっと、迷子に……」


「セシル?」


ディランが眉をひそめる。エリスは焦りつつも、「ここで怪しまれたらまずい!」と必死に言い訳を考える。


「そ、そう! 一緒に来るはずだった子が、途中で鳥を見てどこかに……」

「……意味がわからないな」


「こっちだって意味わかんないわよ!」と心の中でツッコミを入れつつも、エリスはなんとかその場を取り繕う。だが、ディランは興味を失ったのか、再び読んでいた本に視線を戻してした。


「え、えっと……その本、面白そうですね!」

エリスは焦るあまり、思わずゲーム内の選択肢にあったセリフをそのまま口にしてしまった。

ディランは少し驚いたように目を細めたが、すぐに素っ気なく答える。


「ただの歴史書だ」

「ああ、そうなんですね! えっと……ディラン様は歴史がお好きなんですか?」

「好きというわけではない。ただ、暇つぶしだ」

「その、本がお好きなんですね! ええと、ディラン様って、家で一日中読書とかしてるんですか?」


ディランは少し眉をひそめた。

「家で一日中読書だと? そんなことをしている暇はない」

「ですよね! わかります、王子ですもんね!」

思わず勢いで返してしまったものの、その言葉が的外れであることにエリスはすぐに気づいた。

(違う、絶対違う。何を言ってるの私……!?)


「…………」


ディランは不意に本を閉じ、エリスに視線を向けて言った。


「お前、妙に馴れ馴れしいな。俺に話しかける庶民は珍しい」

冷ややかとも取れるディランの声に、エリスは思わず動きを止めた。その言葉は、ゲームの中では一度も聞いたことのないものだった。


「え、えぇと……!」

焦ったエリスはとっさに思い付いた言葉をそのまま言ってしまう。


「その……庶民なりに、ディラン様に親近感を感じたというか!」

「親近感?」


ディランがさらに怪訝そうな表情を浮かべる。その瞬間、エリスは自分が何を言ったのかに気づき、内心頭を抱えた。

(親近感って何よ私!? どの辺に親近感を感じる!? 貴族と庶民、共通点ゼロじゃん!)


「あ、いや、その……えっと、偉そうじゃない感じが素敵だなって思って!」

「……偉そうじゃない?」


ディランは目を細め、少し困惑した様子を見せる。その反応に、エリスはさらにパニックになり、思わずとんでもない言葉を口にしてしまう。


「そ、そうです! ディラン様は偉そうな感じじゃなくて、クールで知的で、でもちょっと寂しげな雰囲気が最高だなって思って……!」


「……」


沈黙するディラン。そして、じっとエリスを見つめるその視線。エリスは心の中で「終わった……」と膝をつきたくなる気分だったが、次にディランが口を開いた言葉は予想外のものだった。


「………お前、変わっているな」

「えっ?」

「普段、俺にそんなことを言うやつはいない。…お前のような変なやつもたまには悪くない」


ツンとした態度で言い放つディラン。その言葉に、エリスは再び心の中で大騒ぎする。


(うわあああ! この素直じゃない感じ、ゲームそのまんま!)


「……お前、名前は?」

「え、エリスです!……セシルが心配なのでそろそろ失礼します!」


胸の高鳴りが抑えきれず、耐えられなくなったエリスはディランに軽くお辞儀をし、その場を離れようとした。けれど――


「エリス」


名前を呼ばれ、反射的に振り返ってしまう。ディランの鋭い視線がこちらを捉えた。


「……覚えておく」


たったそれだけの言葉だった。それなのに、エリスの心臓は大きな音を立てて跳ね上がる。


(え、今のって……フラグたったんじゃ……!?)


動揺を隠しながら、その場を後にするエリス。心臓の高鳴りがまだ収まらず、どれだけ深呼吸をしても平静を取り戻せないまま庭園を出ると、ようやく探していたセシルと合流することができた。


「ごめんね、エリス。私、また迷っちゃって……」

セシルはしょんぼりと肩を落としながら申し訳なさそうに言う。その姿に、エリスは深いため息をつきつつも、少しだけ気持ちを落ち着けることができた。

「……次は急にいなくならないでね。心配したんだから」


しかし、心の中では別のことを考えていた。

(ディラン様と会えて嬉しかったけど……これじゃダメだよね。次こそはちゃんとセシルがイベントを進められるようにしなきゃ!)


その後、ディランとの接触を思い出しては一人で顔を赤らめるエリスだったが、周囲には決して悟られないよう、ひたすら平静を装い続けた。


「エリス、大丈夫? 顔赤いよ?」

「な、なんでもないの! さ、行こう!」


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