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誘い

そんな中、不意に周囲がざわめき始める。

「ディラン様がこちらに向かってきているわ!」

取り巻きの一人が興奮気味に囁く。その言葉にエリスは反射的に顔を上げた。――確かに、ディランがゆっくりとこちらへ歩いてきている。


クラリスも驚いたように目を見開き、小さくつぶやいた。

「……王子が、こちらに?」


ディランはいつも以上に威厳に満ちていた。濃紺の上質なタキシードが彼の端正な姿を引き立て、胸元には王族の証である高貴な青い宝石が静かに輝いている。その冷静な表情と整えられた髪は、彼の美しさにさらなる気品を添えていた。


ディランがゆっくりとこちらに歩み寄るたび、自然と彼の周囲には人だかりができ、誰もがその姿に視線を向けてざわめき始めた。


(……ゲームで見たときよりも…二次元よりも三次元で見る方がカッコいい!)

エリスは心の中で叫びながら、拳を握りしめる。


「エリス、なんか震えてるけど、大丈夫?」

セシルが不思議そうに顔を覗き込む。エリスは慌てて笑顔を作り、必死に平静を装う。

「だ、大丈夫! 平常心、平常心……!」

(すごい、距離が近づくたびにオーラが増してる気がするんだけど!?さすがゲームのメイン攻略キャラ……リアルでこれは反則!)

ディランの靴音が床に響くたびに、エリスの心臓もドクン、ドクンと不規則に高鳴る。


「ディラン様……!」

クラリスとその取り巻きたちは慌てて丁寧にお辞儀をする。

ディランはそのクラリスには目もくれず、セシルに視線を向けている。


ディランはついにセシルの目の前で足を止め、優雅な所作で手を差し出しながら静かに言った。


「セシル、少しいいか」


その瞬間、エリスの心臓はさらに激しく鼓動し、胸の奥で爆発しそうな勢いだった。

(き、来た―――! ついにこの時が来た!!)


舞踏会場が一瞬にして静まり返る。貴族たちの視線が一斉に二人へと注がれ、空気が張り詰めたかのように感じられた。

しかし――セシルは完全にフリーズしていた。


ディランの差し出した手を見つめたまま、顔は固まり、目は泳ぎ、口元は何かを言おうとするも、まったく声にならない。ただただ、無言で金魚のように口を動かすだけだった。

「……おい、大丈夫か?」

さすがのディランも若干引き気味になり、差し出した手を引っ込めかける。


(やばい! セシル、挙動不審すぎる!)

焦るエリスに、ディランは無言で「お前がなんとかしろ」と言わんばかりの視線を投げかけてきた。その冷静な瞳が、エリスのプレッシャーをさらに倍増させる。

「深呼吸して落ち着いて!ディラン様が待ってるよ」

必死に小声で声をかけるエリス。

「え? 呼吸って……どうするんだっけ……?」

(おいおい、本気で言ってんの!?)


「普通に吸って、普通に吐くんだよ!」

「吸って……吐いて……すーっ……はーっ……すーっ……はーっ……」

その姿はどこかぎこちないが、少しずつセシルの顔から強張りが消えていく。

「その調子だよセシル!じゃあ、ディラン様の手をとって」

セシルは意を決してディランの手をそっと握った。


「……やっとか」

ディランは小さく呟き、セシルの手を引いて堂々とダンスフロアの中心へと歩き出す。


「さすがディラン様、庶民にも寛大でいらっしゃるのね」

クラリスは明らかに動揺していたが、冷静を装い精一杯の皮肉を口にした。



二人が舞踏会場の中央で踊る姿は、まるで華やかな物語のワンシーンのようだった。柔らかな光を放つシャンデリアの下、紺色の上質なタキシードを纏ったディランが優雅に手を差し伸べ、少し緊張した面持ちのセシルは、深紅のドレスの裾をふわりと揺らしながら懸命にステップを踏んでいた。


(あのスパルタ特訓の成果が出てる……!)


エリスは内心で安堵しつつ、どこか誇らしい気持ちも芽生えていた。最初は足を踏んでばかりだったセシルも、今では見違えるほど滑らかに踊っている。その姿はまるで、舞踏会の空気そのものに溶け込んでいるかのようだった。


優雅な旋律に合わせて二人の動きは軽やかで、ディランの完璧なリードに導かれるように、セシルがくるりと回るたび、深紅のドレスが美しく広がり、まるで一輪の花が咲いたかのように会場を彩る。その瞬間、周囲からは思わず感嘆の声が漏れた。


エリスは壁際に控えめに立ち、ディランとセシルの舞いをじっと見守っていた。煌びやかな舞踏会場、豪奢な装飾、優雅に響くワルツの旋律――そのすべてが背景となり、ディランとセシルという二人の存在だけがひときわ鮮やかに、眩しく輝いていた。


(……これが私の望んだ光景だ)



エリスはほっと胸を撫でおろす。しかし安堵と同時に、胸の奥に少しの寂しさもあった。


――その瞬間、耳元に優しい声が響く。


「来るのが遅れてごめんね」


不意に背後から聞こえた声に驚き、エリスは反射的に振り返った。そこには、爽やかな笑みを浮かべたルークが立っていた。彼は自然な仕草で片手を差し出しながら、軽やかに問いかける。


「君は踊らないの?」


その何気ない一言に、エリスは思わず言葉を詰まらせた。


「い、いや、私は……」


どうにか誤魔化そうとするも、うまく言葉が続かない。そんな様子を見て、ルークはどこか見透かしたような目をしながら、冗談めかして言った。

「せっかく練習したのに、踊らないなんて勿体ないよ」


余裕そうなその態度に、エリスは内心でなんか悔しい……と思いながらも言葉を返した。

「え、でも……どうして練習していたことを知ってるんですか?」

ルークは肩をすくめ、悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「セシルちゃんの踊り方を見ればわかるさ。あれだけ一生懸命ついていってるんだ、きっと裏で相当練習したんだろ?」

「…まあ、その通りです」


差し出された手と優しい眼差しに背中を押されるようにエリスは「……じゃあ、一曲だけお願いします」と言って、少しだけためらいながらもその手を取った。


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