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舞踏会の開幕

ついにこの日がやってきた。


煌びやかな装飾が施された学園の大広間は、巨大なシャンデリアが幾重にも輝きを放ち、天井の高い空間に光が乱反射して幻想的な雰囲気を作り出していた。

会場の壁際には見事に盛り付けられた豪華な食事の数々が並び、甘い香りが漂っている。そこに集う貴族や王族たちは、こぞって華やかな衣装に身を包み、優雅に談笑している。


「うわぁ……すごい……」

セシルは目を輝かせながら、大広間の中央に立っていた。彼女が身にまとっているのは、エリスが用意した上品な深紅のドレス。

裾に繊細な刺繍が施されており、動くたびに軽やかに揺れる生地が、彼女の純粋さと気品を引き立てている…気がする。


「似合ってるよ、セシル。ほら、堂々として。今日の主役は君なんだから!」

エリスはセシルの背中を軽く押しながら、内心では(よし、クラリスの嫌がらせ対策は完璧……!)と自画自賛していた。


舞踏会に参加する生徒たちは華やかな衣装で舞踏会に臨むのが通例。しかし、自腹でドレスを用意できない生徒には、学園と提携している貸衣裳屋が紹介されるシステムがあった。


「エリス、見て見て!この黄色いドレス、すっごく可愛くない?」

貸衣裳屋でセシルが選んだのは、黄色のふわふわドレス。彼女の天真爛漫な性格によく似合っていた。

「うん、可愛いけど……」

エリスはそのドレスを見つめながら(ああ、絶対クラリスが狙ってくるな。ゲーム通りならこのドレス、当日にはビリビリにされてるパターンだよね?)と不安を覚えた。


そして案の定、舞踏会当日の朝――。


「エリスー!大変だよー!」

セシルが血相を変えて飛び込んできた。その手には、無残にも裂かれた黄色のドレスが握られている。

エリスはため息をつきつつ(ほんとにゲームそのまんまだよ……もう逆にすごいなクラリス)と感心してしまった。


エリスはこの展開を予想してすでに別のドレスを準備していた。

「あのね、セシル。実はこれ、用意しておいたんだよ」

エリスが取り出したのは深紅の上品なドレス。貸衣裳屋でのセシルのドレス選びに付き合ったとき、既に嫌な予感がしたエリスは、廃棄された服の中から直せばまだ使えそうなドレスを見つけておいたのだ。


「えっ、エリス、すごい!どうしてそんなの用意してたの?」

「……勘ってやつかな。ほら、早く着替えて!」


こうしてエリスの機転のおかげで、セシルは深紅のドレスに身を包み、無事舞踏会に参加できることになった。


セシルが気に入りそうなドレスは他にもあったが、どうせクラリスが後でワインをぶちまけるのもお約束の展開だし、と考えたエリスは「なら最初からワインの色が目立たない色にしておけばいい」という苦肉の策に出たのだ。


「でもさ、エリス……やっぱりこれ派手すぎない? なんか皆の視線が痛い気がするんだけど……」

セシルはそわそわしながら周囲を見渡す。

「派手でいいの! 主役なんだから、目立たなきゃダメなの!」

エリスは力強く言い放ったものの、内心では静かに嘆いていた。

(でも、確かに視線が痛い……。でもセシルのドレスが目を引いてるんじゃなくて、たぶん私の噂のせいで変に注目されてる気がする……)



エリスにまつわるとんでもない噂は収まるどころか、むしろ勢いを増して広がり続けていた。その内容は尾ひれどころか、翼まで生えてしまったようで、もはや現実の枠を超え、完全にファンタジーの域に達していた。


「ねえ聞いた? エリスって子、実は異国の隠された血筋の皇女らしいわ! だからディラン様もルーク様も特別扱いしてるんですって!」

「えっ、次期王妃候補って本当なの!?」

「まさか! あの子、実は人の精神をおかしくさせる魔法を使えるんだって!」

「それでディラン様もルーク様も虜にされているって話よ!」

「なんか知らないけど、見た目は平凡なのに、近づくとその魔法を使ってくる危険人物らしいわよ。怖いわねぇ……」


(なにそれ、どこの異世界アニメの話!? しかも“隠された血筋”って……私は普通の庶民ですけど!? ゲームにもそんな設定なかったし!)


思わず心の中でツッコミを入れるエリス。しかし、荒唐無稽な内容であればあるほど人々は面白がって囁き合うものだ。事実かどうかは関係ない。ただ、耳にした誰かが面白半分で語り、気づけば噂は真実のように独り歩きを始めてしまう。


(ていうか、仮に私が本当に異国の皇女だったとしても、この扱いはどうなのよ……)


それもあって、周囲の生徒たちからの視線が冷たい。いや、冷たいどころか若干刺さる勢いだ。


「……エリス、大丈夫?」

セシルが心配そうにエリスの顔を覗き込む。

「だ、大丈夫だよ!全然平気!」

明るく答えるものの、心の中では冷や汗が止まらない。

(いや、全然平気じゃないけど!? このままだと、私って悪役令嬢みたいな扱いされるんじゃ……!? いや、そもそも令嬢じゃないし。庶民だし。悪役庶民? そんなポジションあるの?)



するとその時、遠くから聞き慣れた声が聞こえてきた。


「あら、随分と派手なドレスをお召しね」

振り返ると、そこにはクラリスが立っていた。青を基調としたドレスに身を包み、笑みを浮かべている。しかし、その瞳には隠しきれない敵意が宿っていた。


「クラリス様……」

セシルが思わず呟くと、クラリスはニッコリと笑った。

「まぁ、下々の者にしては悪くないドレスね。でもその色……もしかして、私がうっかりワインをこぼすことを予想して選んだのかしら?」

軽やかに放たれたその言葉には、優雅な微笑みとは裏腹に鋭い棘が潜んでいた。

(え、そんなことわざわざ言うってことは……逆にしてこない可能性がある!?)

エリスは心の中で動揺しつつも、表情を崩さないように努める。


「いえ、私たちなりに精一杯どんなドレスがいいか悩み抜いて選んだだけです。クラリス様こそ、素敵なドレスですね」

エリスは愛想笑いを浮かべて返した。

クラリスはわずかに目を細め、冷たい微笑を浮かべながら言った。

「あら、そう? お世辞が上手いのね。ふふ……今宵は、きっと楽しい夜になりそうですわ」

その言葉に含まれた含みを残したまま、優雅な足取りで静かに去っていった。


「ねぇ、エリス……クラリス様が私のドレスをビリビリにしたって本当なの?」

傍にいたセシルが小声で尋ねる。

「うん、間違いなく。でも、クラリスのことだから自分じゃなくて取り巻きにやらせているんだよ。とにかく、クラリスは信用しない方がいい」

「でも、どうしてそんなことをするんだろう?」

セシルは首をかしげて、純粋な目でエリスを見つめた。

「どうしてって……そりゃあ、嫉妬とかライバル心とか、いろいろあるでしょ。クラリスにとって、セシルは妬ましい存在なんだよ」

エリスはため息をつきながら答えた。

「ふーん、そういうものなの?」

「そういうものだよ。だから気をつけて――って、セシル、なにしてるの?」

エリスは突然、セシルが自分のドレスの裾を引っ張り始めたことに気づいた。

「え?このドレスは裂けないかどうか心配だから、試してみようと思って……」

「試さなくていいから!そんな予行演習聞いたことないよ!」

エリスは慌ててセシルの手を止めた。

「とにかく行こうセシル!」

エリスはセシルの手を取り、舞踏会場の中央へと向かっていく。


(今日は長い夜になりそうだな……)

エリスは胸の内で深く息を吐きながらも、セシルの手をしっかりと握りしめた。


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