舞踏会前の悪戦苦闘
「ねぇエリス、本当にここで練習するの?」
セシルはきょろきょろと辺りを見回しながら、少し不安げに尋ねる。
「ここが一番邪魔されないんだよ。誰も来たがらない空き倉庫なんだから!」
開催日に向けて、エリスとセシルは学園の裏庭にある、今はもう使われていない倉庫の一角で踊る特訓をすることにした。寮の部屋は狭いし、中庭では誰かに見られる可能性が高いため、できるだけ目立たない場所を選んだのだ。
この倉庫は薄汚れていて手入れがされておらず、埃や虫だらけなので綺麗好きなここの生徒は誰も近寄りたがらない。練習場所としてはうってつけの穴場スポットだった。
「ねぇエリス、ドレスってこんなに動きにくいものなの?」
セシルが早速裾を踏んで転びそうになりながら、不満げに言った。
「そりゃあそうだよ。舞踏会ってのは華やかさ重視だからね。機動力とか求めちゃダメ!」
「それにこのドレス、所々汚れているし、裾もぼろぼろだよ…」
セシルがちらちらと自分のドレスを見ながら不安げに尋ねる。
「大丈夫、大丈夫!それ練習用だから、いくら転んでもOKなやつ!」
エリスは自信満々に答えた。というか、転ぶこと前提で選んだドレスだ。
ドレスの貸衣裳屋に問い合わせ、廃棄される予定だったこのドレスを無料でもらってきたのだ。そのせいでサイズはどう見てもセシルに合っていない。まあ、とりあえず踊れるようになれればそれでいいのだ。
「よし、まずは基本のステップからね!」
エリスは意気込んでセシルに向き合った。
「うん!頑張るね!」
セシルはやる気満々でエリスの手を取ったものの、最初の一歩からつまずき、エリスの足を思いっきり踏んでしまった。
「痛っ……セシル、そこは私の足!」
「あ、ごめんエリス!でも、これって意外と難しいね!」
セシルは苦笑いしながら頭を掻く。
「まぁ、最初はこんなものよね……まぁ、予想通りよ……」
エリスは深いため息をつきながらも気を取り直し、再び手を取る。
二人はぎこちなくも練習を続けたが、何度も足を踏まれたり、バランスを崩して転びそうになったりと、まるでコントのような光景が繰り広げられた。
「ちょっとセシル、回転する方向が逆!」
「えーと、こう?……あれ、違う?」
「違う違う、右回りって言ってるでしょ!」
「あ、そうか!ごめん、ついでに左に回っちゃった!」
ついで左に回るってどういうこと!?とエリスは心の中で突っ込みを入れつつ、もう一度丁寧にステップを教え始めた。
そんな二人の様子を、偶然倉庫の中に紛れ込んでいた野良猫がじっと見つめていた。まるで「何やってるんだこいつら……」と言いたげな表情である。
「ねぇエリス、この猫も一緒に踊りたがってるのかな?」
「そんなわけないでしょ!」
エリスは大声で突っ込むと、猫は驚いて逃げ出してしまった。
「ごめんね、猫ちゃん……」
セシルは申し訳なさそうにしつつも、再びエリスに向き直った。
「もう一回やってみる!」
「……うん、そうだね。ここで諦めてたら舞踏会本番で恥をかくのは私たちだもんね」
「じゃあ、また私がリードするから、ちゃんとステップに合わせてね」
エリスは優しくセシルの手を取り、慎重に足を動かし始めた。──右、左、そして軽やかな回転。順調に進むはずだった、その瞬間――
「いっ、痛たたた!」
セシルの足が思いきりエリスの足を踏みつけた。
「セシル、そこは踏む場所じゃないよ!」
エリスが必死に痛みに耐えつつ声を上げると、セシルは慌てて顔を赤く染め、しどろもどろに弁解する。
「ご、ごめん、エリス! でもこのドレス、長すぎて足元が見えなくて……あっ!」
セシルがバランスを崩したその瞬間、勢いよくエリスの胸元に倒れ込む。二人はそのままもんどり打って――
バサッ。
優雅さとは程遠い音を立てながら、二人して床に転がった。仰向けのまま、大の字で息を整えるエリスとセシル。
しばしの沈黙の後、ふいに聞き慣れた声が倉庫内に響いた。
「君たち、楽しそうだね」
「……ルイス様!?どうしてここに!?」
驚いたエリスが勢いよく振り返ると、そこには余裕の笑みを浮かべたルイスの姿があった。
(い、いつの間に入ってきたの…?!全然気付かなかった…)
戸惑いを隠せないエリスとは対照的に、ルイスは入り口のドアにもたれかかりながら答える。
「俺?ここ、たまに休憩しに来るんだ。静かで落ち着くからさ。…で、君たちは何してるの?」
その軽やかな口調と興味深げな視線に、エリスは思わず背筋を伸ばし、慌てて答えた。
「え、えっと、舞踏会に向けての練習です!踊れるようにならないといけないので!」
エリスが慌てて答えると、ルイスは軽く頷いた。
「なるほど、舞踏会か。楽しそうだね。でも、正直その調子だと本番までに仕上がるか怪しいな?」
からかうような口調で言いながら、ルイスはゆっくりと二人の方へ歩み寄る。
エリスは慌ててセシルを支え直し、緊張気味に声をかける。セシルは、何事もなかったかのように明るく笑って返事をした。
「任せて!」
そのやり取りを見ていたルイスが、ふっと微笑み、気軽な口調で申し出る。
「よければ俺も少し付き合おうか?こう見えて舞踏会経験はあるんだ」
「え、本当に!?助かります!」
エリスはありがたくルイスの申し出を受け入れた。




