クラリスの嫌がらせ
中庭のベンチに腰を下ろしたセシルは、見事なくらいにしょんぼりしていた。その姿は、普段の元気いっぱいで明るい彼女とはまるで別人だ。まるで曇天の空のような表情に、エリスは心配を隠せない。
「セシル、大丈夫?さっきからずっと元気ないけど……」
隣に座りながらエリスが声をかけると、セシルは一瞬こちらを見たが、再び視線をうつむかせてため息をついた。
(いや、待って。セシルがこんなに落ち込むって相当レアじゃない?普段はポジティブオーラ全開なのに、これはただ事じゃないかも……)
「ねぇ、もしかしてクラリスに何か言われたの?」
クラリスの嫌味攻撃を思い出し、エリスは心配そうに問いかける。
「……違うの。クラリス様のことは別に気にしてないよ」
セシルはゆっくりと首を横に振った。
「え?じゃあなんでそんなに落ち込んでるの?」
思わずエリスは首をかしげる。てっきりクラリスのせいで元気をなくしていると思ったのに、まさかの否定。
少し間を置いてから、セシルはしょんぼりと呟いた。
「……今日、お昼ご飯に持ってきたパン……クラリス様が連れていた鳥に取られちゃったの」
「……え?」
一瞬、理解が追いつかない。
…まさか、そんな理由で?
「私、今日のために特別に焼いてきたんだよ?せっかく美味しくできたのに…」
セシルは今にも泣きそうな顔で訴える。
「そ、そっか……わざわざ昼食を強奪するために鳥を連れてくるって、クラリスってほんと嫌な女だね…」
エリスはどうにかしてセシルを励まそうとするが、セシルは首を振る。
「違うの。クラリス様が『庶民のパンなんて鳥の餌にもならないわ』って言ったのに、鳥が美味しそうに食べてて………なんだか悲しくなって……」
いや、クラリスはわざとやっているんだよ!
エリスは心の中で大声で突っ込むと同時に、冷静を装いながらセシルに言った。
「セシル、落ち込む必要ないよ。むしろ誇っていいと思うよ。君のパンは鳥にとっても最高のご馳走だったんだから!」
「そうかな……でも、私が食べたかったのに……」
セシルは唇を少し尖らせる。
(いや、そもそも鳥にパン取られたぐらいでこんなに落ち込む?セシルの落ち込むポイントが分からない……)
エリスはふぅっと一つため息をつくと、セシルの肩に手を置いて優しく言った。
「大丈夫、私がついてるから。また明日、美味しいパンを一緒に作ろうよ。そしたら今度は鳥に取られないように守るからさ」
「エリス……ありがとう……!」
セシルの瞳がうるうると輝き、感極まったようにエリスに抱きついた。
(いや、そこまでされるほどのこと言ってないけど!?)
「私、本当にエリスがいてくれて良かった……もしエリスがいなかったら、きっと私、もっと落ち込んでた……」
その言葉に、エリスの心がじんわりと温かくなるのを感じた。
(……こんな風に言われると、悪い気はしないな)
セシルの純粋な笑顔に癒されながら、エリスは心の中で改めて決意した。
(セシルのためにも、この世界のシナリオを崩さないようにしなきゃ。推しを幸せにするためには、まずこの天然娘を守り抜くのも大事だもんね!)
「じゃあ、元気出たところで寮に戻ろっか。今度は鳥じゃなくて、私と一緒にご飯食べようよ!」
「うん!ありがとう、エリス!」
セシルは満面の笑みで立ち上がり、エリスと並んで歩き出す。
(ホント、この子といると疲れるけど……まぁ、悪くないか)
そんなことを思いながらも、エリスは隣で歩くセシルを守り抜くと、心に固く誓うのだった。
「エリス、最近私たちって妙に注目されてるよね!」
セシルがニコニコしながら、学園の廊下を歩くエリスに話しかけてきた。その無邪気な言葉に、エリスは心の中でため息をつく。
(いや、それは私も感じてるけどさ……注目されたいわけじゃないんだよ!)
きっかけは、攻略キャラたちとの接触。そして、更に注目を浴びる原因になっているのは、あのクラリスによる嫌がらせのせいだ。
「この間もね、クラリス様ったら私のお昼ご飯を見て『まあ、庶民の食事って興味深いわね。私なら食べられない物を平気で食べているんですもの』って言ってきたんだよ!」
セシルはケラケラと笑いながら言う。
「それ、完全にバカにされてるんだけど……?」
エリスは半眼でツッコむが、セシルはまるで気にした様子もない。
「でもさ、クラリス様、私に興味があるのかな?何かと話しかけてくれるし!」
(いやいやいや、悪意しかないから!気付いて、セシル!)
クラリスの嫌がらせは派手なものではないが、じわじわと精神にダメージを与える 地味で厄介なもの ばかりだった。
クラリスとはクラスこそ違うものの、彼女の 取り巻き は学園の至るところにいる。
その取り巻きが朝、さりげなくエリスの机に仏花を置いて「あなたに似合う花を添えてみたの」と笑ったり、実践魔法の授業でわざと煙幕魔法をぶつけてきたり(これが顔に直撃すると非常にむせる)、セシルの筆記用具を勝手に「庶民の道具ってどんな書き心地かしら。ねえ、借りてもいい?」と言って借りパクしていくなど、地味な嫌がらせは日常的に行われていた。
セシルは貸したことも忘れて「あれ?どこかに落としちゃったのかな?」とあまり気にしていないのがせめてもの救いか。
(……まあ、ディラン様が睨みを効かせてくれているおかげで、この程度で済んでいるんだろうけど)
ディランがいない時やクラスが離れている時は、取り巻きが調子に乗るのも無理はない。
(……このくらいのことは、自分で対処するしかないか)




