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12. 訓練場でお昼ご飯

さっきまで、どこか遠い存在に感じていたのに。

こうして並んで歩くだけで、少しずつ、なにかがほぐれていく。


リリスの背を追って石畳の道を進むうち、木漏れ日が差し込む森の空気がやわらかく胸に入ってくる。

風の匂いが、どこか甘い。……お腹すいてきたかも。


「次は、訓練場を案内するね」


リリスがふと振り返り、やわらかく微笑んだ。

その表情に、今朝よりずっと親しみが込もっている気がして、私は思わず口元をほころばせる。


訓練場と聞いて、もっと殺風景な場所を想像していたけれど、そこはむしろ「開かれた庭」みたいだった。

石で組まれた円形の地面、周囲には低木や薬草らしき植物が育っていて、奥には木製の棚に様々な道具が並んでいる。


「ここで、わざをみがくの?」

「うん。魔術や霊術、身体術もここで練習するの。巫たちは、自分の力とちゃんと向き合う必要があるから」


リリスが手のひらを広げると、周囲の風が集まり、小さな光の粒が指先で揺らめいた。

その様子が、まるで呼吸のように自然で、美しかった。


「わあ……。うちにはまだ、そんなことできそうにないなぁ」

「あなたには、あなたの調和のかたちがある。きっと、それを見つけられるはず」


そう言ってリリスは一歩前に出る。

何かを言おうとした瞬間――。


「——失礼いたします。……お弁当を、お持ちしました」


静かな声とともに現れたのはスミさん。手には丁寧に包まれた籠を下げていて、微笑みながら二人のもとに歩いてくる。


「まぁ……ちょうどよかったですね。おふたりとも、今日はよく歩かれていましたので、エネルギー補給をと思いまして」


「スミさん!ほんとうにありがとうございますっ……!」

思わず手を合わせたくなるような、ほかほかの香り。


「……ふふ、お口に合えばよろしいのですが。それよりも、おふたりがこうして仲良くなられたようで、私も嬉しいです」


スミさんが静かに笑ったとき、リリスも少し照れくさそうに目を伏せた。

私はというと、さっきよりずっと自然に隣に座って、並んでお弁当を食べている。……不思議な感覚だ。


一口食べるたびに、スミさんの料理の腕前に感動してしまう。

だってこのおにぎりっぽいもの、なに!? 海苔の代わりに葉っぱなのに、めっちゃ合う……!


「これは“リィヤの葉”で巻いた炊きものです。ほんのり甘みがありますので、よく合うかと」

「えっ、あのかおりのしょうたいこれだったんだ!すごい……!」


あれこれ感動しながら食べ進めているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。

そうして、大体食べ終わったころにスミさんは控えめに笑うと、ふとリリスに向き直った。


「それでは、リリスさん。少しだけ、基本の型をおさらいしておきましょうか。……エトワ様、よろしければそのままご覧くださいませ」


「えっ、いいんですか!?」


「はい。ご見学はご自由に。……ただし、途中で眠ってしまわれても責めたりはいたしませんので」


えっ、そんなつもりは……!と言いかけたけど、スミさんのくすっと笑う顔を見て、軽くからかわれたのだと気づいた。

スミさんの茶目っ気を感じることができて親しみを込めてくれてるのが分かりうれしさと可愛さのクリティカルヒットを受けていると、リリスは既に真剣な表情で立ち位置を整え、足を広げて構えをとっている。


(なんか……空気が変わった)


さっきまで並んで歩いていたときとは違う。静かな火がともるような、その瞳の芯の強さに、私は思わず息をのむ。

スミさんが手をひらりと動かすと、空気がふっと張りつめた。


「では、始めましょう。基本の五式から」

「はい」


リリスが静かに答えると、彼女の身体が一歩、すっと前に出た。

その動きには、揺るぎのない意志が込められていた。


その所作に、私の目は釘づけになった。動きの中に、何かが宿っている気がした。


「……このうごきは、じゅうれいのたいじゅつ?」

私の問いに、スミさんが静かに頷く。


「はい。獣霊は、自然の“流れ”に自身を重ねるように、身体を使って気を整えます。

 戦う術であると同時に、“祈り”でもあるのです」


祈り……。戦いなのに?


「例えば、“風の型”は、風が葉を揺らすように動き、“爪の構え”は猛獣の威嚇ではなく、命を守る意志の象徴です」


リリスが静かに息を吸い、両の手を胸の前で合わせる。

風が、指先にすっと集まり、身体全体に波紋のように気配が広がった。


「……“風紡ぎ”の初式、始めます」


その動きは、舞のようだった。力強くもなく、攻撃的でもない。

けれど、しなやかな重心移動のたびに空気が震える。地面に伝う気の脈動まで感じ取れる気がした。


「獣霊の体術は、“相手に勝つ”ためのものではありません」

そっと隣からスミさんが囁く。


「気配を読み、調和し、己のうちにある陽の気とつながる術。だからこそ、彼らの動きは自然と“生きもの”に似るのです」


生きもの——確かに、リリスの一挙手一投足には、獣のしなやかさと、風の自由さがあった。


「……ちなみに、リリスさんは“風の型”のほか、“尾の構え”も得意ですよ」

「お? しっぽの……?」

思わず聞き返すと、スミさんが小さく笑う。


「はい。獣霊には、それぞれ得意とする“性質”がありまして。リリスさんは“風を導く狐”の血を継いでおられますので、風と遊ぶように動くことが、お上手なのです」


「……かっこいいなあ……」

私が呟いたとき、リリスが一通りの型を終えたらしく、ゆっくりとこちらを振り返った。


「エトワも、やってみる?」

「えっ!? わ、わたしが!?」


「ふふっ、ちょっとだけ、ね」

リリスがにこっと笑いながら、私の手を引いて円形の訓練場の中心に連れていく。


「まずは、足を肩幅に開いて——そうそう。そのまま呼吸を整えて」


「こ、こう……?」


「うん。エトワは、まだ“気”に慣れてないかもしれないけど……。大丈夫、風は優しいから」

リリスが私の背に手を添えて、軽く支えてくれる。


その瞬間、ふっと風が吹いた。

空気が胸の奥に入り込み、身体の輪郭をなぞるように流れていく。


(……わあ)


目に見えないけど、確かに“何か”が動いた。


「——いまの、きのながれ?」

私が尋ねると、リリスはふわりと頷いた。


「うん。ちょっとだけ、触れられたみたいだね。……エトワには、すごく素直な風がついてる気がする」


素直な……風。なんだか、嬉しいような、くすぐったいような気持ちになる。


「ふふ……エトワ様、とても上手でいらっしゃいますよ。まるで最初とは思えません」

スミさんがそっと微笑んだ。


風に揺れる草木の音。心地よい空気。優しい視線。

ほんの少しだけ、自分の中の何かが、溶けていった気がした。


そうして、しばらく一緒に型をなぞらせてもらって一足先に休憩した。


「リリスさんも……ずっとれんしゅうしてたの?」

尋ねると、リリスが少し照れくさそうに笑った。


「最初は本当に下手だったよ。力の入れ方も分からなかったし、気がうまく流れなくて」


「でも、少しずつ、風と話すように動けるようになったの。……わたし、強くなりたかったから」


その目は、まっすぐだった。

誰かのために、立ちたいと思った目だった。


「……リリスさん、かっこよかった」


そう呟いた私に、リリスは少し照れくさそうに笑う。


「ありがとう。……でも、最初は本当にひどかったんだよ。構えもうまく取れなくて」


「最初は、“気の流れ”もまるで逆に動かしておられましたね」とスミさんが穏やかに微笑む。

「けれど、それでもめげずに、真っ直ぐに向き合われたのです」


「……だって、私、誰かを守れるようになりたいから」


その目は、過去を見つめながらも、しっかりと未来を見ていた。

次の瞬間、空気が揺れた。


さっきの風? いや、違う。……これは。


「——“き”?」


思わずこぼれた私の言葉に、スミさんがそっと答える。


「はい。おそらく、エトワ様も近いうちにすべて感じられるでしょう。眠っていた気配が、少しずつ目を覚まし始めています」


その瞬間、胸の奥がふわりと温かくなった。……いや、熱じゃない。

内側から水紋のように広がっていく、波のような感覚。


(……今の、なに?)


その音は——ただの風じゃなかった。

耳に届くよりも先に、肌が震えるような。心の奥に、静かに染み込んでくるような。


思わず胸に手を当てる。

そこに何かがあるわけじゃない。でも、確かに何かが——応えてくれた気がした。

まるで――誰かが、呼んでいるような気がした。


 

(……精霊?)


根拠なんてなかった。でも、はっきりわかった。



「……あれ」

「……気づいたのね」


リリスが、私の視線の先を見る。


風が、揺れていた。……草木でも、鳥でもない。もっと、根源的な“気配”。


それは、ささやかな呼吸のように、世界の一部が静かに動いた証。


「……精霊たちが、起き始めてるんだ」


私はふと、森の奥にそびえる先ほどのの大きな木に目をやる。

朝に通りかかったときにはただの大木だと思っていたのに、今は違って見える。


(あれは……なんなんだろう)


知らないはずのものなのに、どこか懐かしい気配を感じる。

胸の奥が、また小さく波打った。


——まだ、名前も意味も知らない。けれど、あの木は、きっと何かを知っている。


その木は私に、なにかを呼びかけているような気がした。

リリスがぽつりと言ったその言葉に、私の胸の奥がざわめく。

まるで、その“目覚め”が、自分にも何かを問いかけているようで。

さっきまで夢を見ていた世界に、ほんの少し、現実の手が触れた気がした。



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