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11. リリスとの時間

「エトワ、よく頑張ったわね♡」


お母様の手が、そっと頭を撫でてくれる。

その優しさが、胸の奥の張りつめた緊張をゆるやかに溶かしていく。


そのまましばらく、私はお母様の腕にしがみついていた。

大丈夫、なんとかなった。ちゃんと挨拶できたし、怖がらずに声を出せた。


——それでも、あの瞬間のパッションの嵐は、精神的には完全に戦場だった。


「ふふふ、あれだけの歓迎を受けても泣かなかったのは立派よ、エトワさん」


スミさんが、どこからかお茶を手に戻ってきて、くすくす笑いながら差し出してくれる。

なんだろうこの人、さっき何気に術使ってたよね……すごい人なのに、茶目っ気をだしてきてくれて可愛いんだが!!


スミさんの突然の茶目っ気供給で乱れた心をお茶を一口飲んで、ほっと息を吐いて落ち着けたそのとき。

さきほど前に出てきて名乗った、猫耳の少女——リリスが、こちらに歩み寄ってきた。


「エマ様、スミ様。少しだけ……お時間、よろしいですか」


その声は丁寧で、けれどどこか緊張が滲んでいた。さっきよりも、少しだけ表情がやわらかい。


「もちろんよ、リリス。エトワと少しお話してくれる?」


エマが笑顔で促すと、リリスはこくんと小さく頷いた。


「先ほどは……驚かせてしまって、すみませんでした」


「い、いえ!こちらこそ、すみません。あの、みなさんすごくねつれつで……ちょっとびっくりして……」


しどろもどろになる私に、リリスは小さく笑った。


「……わたしも、あの場にはまだ慣れません。普段は、あまり賑やかなのは得意じゃなくて」


その言葉に、なんだか少しだけ安心した。

この子も、陽キャではないんだ……!


「リリスが一緒なら、島の様子もきっとゆっくり案内してもらえると思うわ。ね、スミ?」


「はい。ご案内という名目ですが、実際には“ご縁を結ぶ小さな時間”ということで」


……ご縁とか言われると、なんだか改まっちゃうけど、、


「エトワ、島の空気に慣れるには、外を歩いて風に触れるのがいちばんよ♡リリス、頼んだわね?」


お母様の言葉に、リリスは真っ直ぐに私を見て、もう一度ぺこりと頭を下げた。


「……では、参りましょうか」


そうしてお母様とスミさんに見送られながら、私はリリスの後ろについて歩き出した。



その先に広がるのは、昨日とはまた違った、陽の世界の島の顔だった。


さわさわと揺れる草原、花の香り、低く伸びる石畳の小道。

遠くには、朝日を反射する樹の枝先がきらきらと光っていた。


「……きれい」


思わずもれた言葉に、リリスが少しだけ振り返る。


「このあたりは“陽の庭”と呼ばれていて、主に獣霊たちが昼の間に過ごす場所です。

夜になると、精霊の子たちは“月の苑”という静かな区域で目覚めます」


「へぇ……、せいかつくうかんも、じかんたいによってわかれてるんですね……」


「ええ。けれど、あなたのように“どちらの気配も持つ人”は、どちらの場所にも行けるはずです」


「……わたし、そんなとくべつなそんざいなんでしょうか」


そうつぶやいた自分の声が、風にさらわれて消えていく。

だって、ただの女子大生だった自分に特別な要素な要素などかけらも感じられなかったが、何を持って神様はうちを”器たり得る”としたんだろうか、、


「私も、特別ではないのに……この島では、少しだけ異質な存在です」


リリスのその言葉に、私はふと顔を向けた。


「え?」


「私は巫の見習いでありながら、通過儀礼をまだ終えていません。

……精霊にも、獣霊にも、完全には受け入れられていない。

だから、わかるんです。あなたが少し、戸惑っているのも」


その声は静かで、どこか凛としていて。


私は、昨日出会ったときから感じていた“なにか”の正体に、少しだけ近づいた気がした。


風の道を抜けた先、島の中心に向かって私たちはしばらく歩いていた。


どこか静かな気配の漂う、木々に囲まれた石畳の道。

リリスは無口だけれど、決して気まずい沈黙ではなかった。

その歩幅に自然と合わせているうちに、なんとなく呼吸のリズムまで似てきた気がする。


やがて、ふとリリスが立ち止まった。


「……この先、少しだけ足元に気をつけて。根っこに、つまずきやすいから」


「えっ、ねっこ?」


リリスの声に、私は顔を上げた。


その瞬間、思わず息を呑む。


道の先にあったのは、まるで空と地をつなぐようにそびえる、途方もなく大きな木だった。

幾本もの根が地表を這うように広がり、そのうちの一本が岩の裂け目に沿って、ある場所へと誘うように伸びていた。


根の隙間からは、淡く白い光が漏れている。


「……なに、これ……」


誰にともなく呟いたその言葉が、少し震えていたのに自分で驚く。


大きいだけじゃない。初めて見たはずなのに、なぜか胸の奥がざわめいた。


懐かしい。……でも、それだけじゃない。

知ってるはずがないのに、なぜかこの木に、見つめられているような気がする。


「この先に、“星綴の蔵(テセイア)”があります」


リリスの言葉に、我に返る。


「ただの書庫じゃないわ。ここは誰でも入れる場所じゃないの。

調停者さまに許された者、あるいは……通過儀礼を控えた者だけ」


私は立ち止まる。

そして、もう一度、根の奥へ続くその空間を見つめた。


まるで、木に守られた“なにか”が眠っているような気がした。


「わたし……はいってもいいのかな」


そうつぶやくと、リリスが一歩だけ私の方へ近づいて、優しく言った。


「あなたは、招かれた人。……だから、大丈夫」


その言葉に導かれるように、私は根の間をくぐった。


そして、そこに広がっていたのは——まるで別の世界だった。


「ここが、てせいあ…………?」


天井の高いその空間に足を踏み入れた瞬間、思わず声が漏れた。


……図書館ってレベルじゃない。

うちが知ってる本の空間、ぜんぶここに吸い込まれたみたい。


本棚は天井までそびえ立ち、蔦が優しく這ってる。木の根から生まれたような曲線の階段が何層にも重なって、奥へと続いている。なにより――浮いてる。本が。普通に。


「……あの、リリスさん っ?ほんて、あんなふうに浮くものでしたっけ?」


「ふふ。これは、星樹が記憶している言葉たちが、風にのって漂っているだけよ。読みたければ、声をかければ応えてくれるわ」


……本が返事するの!? すごいんだけど!? 夢じゃないよねコレ……。


リリスの言う通り、小さく「読みたい」と呟くと、ふわふわと近づいてくる本がある。怖いくらいお行儀がいい。しかも表紙が、うん……全くもって読めないね!?星の補正? 的なのがあったら嬉しかったんだが、、これはどうにか覚えるしかないのかな~、、あとでお母様に聞いてみよ、、


そこに宝の山があるのに、自分には読めないという事実にしょんぼりしつつ本をパラパラとめくってみる。

「ここは、星祷の間(アストレヴィア)誓導の湖(リムナ・セイル)と並んで、私が許されている場所のひとつなの。……あなたと一緒に来られて、うれしい」


リリスがこちらを向いて小さく微笑んだ。だけどその笑顔は、どこかぎこちないような――少しだけ、距離を感じた。


「……あの、リリスさん?」


「なにかしら?」


「リリスさんっ……りりすさんとおないどしくらいのこはいっぱいいるんですか?」


唐突だったかもしれない。でも、どうしても聞きたくなった。あの歓迎の場で、リリスだけが落ち着いていたのも、ずっと気になっていて。


リリスは少しだけ黙って、目を伏せた。


「……同年代の子は、いるわ。でも皆、もう通過儀礼を終えていて……私だけ、まだ」


「……つうかぎれい、って……?」


「あら、教わっていなかったのね」


リリスは静かに本棚の奥から一冊の本を取り出した。ページを開くと、淡い絵で描かれた、夜の森と、星に照らされる子どもの姿が現れた。


「これは……えほん?」


「そう。小さな子にもわかるように描かれた、儀礼の物語よ」


彼女は膝をつき、私を促すように隣に座った。私は戸惑いながらも、そっと隣に腰を下ろす。


ページがめくられるたび、星の下に立つ子どもが描かれていた。ひとり、またひとり。精霊も獣霊も、星の木の根元で、名前を授かっていた。


あるページには、夜空のような背景に銀の箔押しでこんな言葉が綴られていた


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「星のたましいが、生まれるとき——」


光と闇の間に、ちいさな祈りが落ちた。


それは名もなきひと粒のひかり。

空に浮かぶ樹の根に、ぽとりと染みて、

やがて、名を呼ばれる日を待つ。


風が吹くたび、星は耳を澄ます。

水が静まるとき、名が降りてくる。


**“ようこそ”**と星がささやくと、

子どもは名を持ち、ひとつの命になる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


私はそのページを、言葉が胸に染み込むような気持ちで見つめた。


「通過儀礼は、陰陽の力に応えられるようになった時、自然に起こるもの。身体に文様が浮かび上がって、力が変化するの。……でもそれだけじゃ、まだ不完全なの。名前が、必要なの」


「なまえ……?」


「通過儀礼のあと、星の木の根元にある湖へ行って、星に名を授かるの。そこで初めて、その子は“完全なひとり”として認められる。……でもね」


リリスの声がふと小さくなった。


「……名前って、ただの呼び名じゃないのよ」


リリスはページに描かれた子どもたちの姿を見つめながら、ゆっくりと言葉を継いだ。


「名前とは、星に認められた“存在の輪郭”。誰かとして、世界に繋がるための証……通過儀礼でそれを授かって、初めて“自分として”歩き出せるの」

「……私は、陰にも陽にも、完全には応えられない。両方の力が混ざっているから、どちらからも認められないの。……だから、私の儀礼は、まだ始まらないの」



言葉が、胸に刺さった。

ここでも、”名前”だ。この世界に来てまだ少ししか経っていないのに、名前の重要性について考えさせられる。この世界では地球よりも名前という存在の重みがはるかに大きい。

リリスの静かな声が、逆に重かった。


「うちも……わかるかも」


思わず、声が漏れた。


「え?」


「うちも、いんのすがたとようのすがた、りょうほうあるっていわれた。でも、じぶんがどっちなのか、わかんない。……ていうか、わかるほうほうもしらないし」


リリスがこちらを見る。その瞳の奥に、わずかな驚きと、何かがほぐれるような柔らかさがにじんでいた。


「……わたしたち、きっと似てるのね」


「……そう、かも」


なんだろう。うまく言えないけど、言葉を交わしただけなのに、胸の奥が少しだけ軽くなった気がする。リリスもそうだったらいいな、って思った。


「このえほん、うち、ちっちゃいころおかあさんといっしょによんでたえほんと、ちょっとだけにてるきがする。……いや、ないようもえもぜんぜんちがうけど。なんていうか、ぬくもりのしつが、」


「それ、素敵な記憶ね」


「……うん」


そうして、私たちはふたりで、しばらく絵本を読み続けた。ページをめくる音とリリスの鈴を鳴らしたような声だけが、静かに響いている。


静寂なのに、落ち着く空気。初めてできた、同い年の友達。……たぶん、友達、だよね?

いや、違ったとしても……その言葉を口にしたら、なにかが変わりそうな気がする。


でも――まだちょっとだけ、怖いな。


でもきっと、リリスも同じ気持ちだ。

だから今は、ただこの時間を、大切にしよう。


星の図書の間に、私とリリスの、静かな絆が芽生えた瞬間だった。



「……あ」


絵本を読み終わったタイミングで、リリスが小さく息を吐いた。


「もう、こんな時間ね。……そろそろ案内を再開しましょうか」


「うん、ありがとう。……なんか、たくさんはなせてよかった」


「ふふ。私も。……じゃあ、次は」


リリスが立ち上がり、静かに振り返る。


「星樹の、誓導の湖(リムナ・セイル)に行ってみる?」


「リムナ・セイル、?」


「そう。星の根が眠る場所。……そこには、星の声が宿っているの」


え、なにそのワード、めちゃくちゃファンタジーじゃん。


「でもそこももしかして……だれでもはいれるばしょじゃないんじゃ?」


「大丈夫。私もあなたも、許されてる。……きっと、今なら、聞こえると思うの」


なにがどう“きっと”なのかは謎だけど、リリスの言葉には変な説得力がある。

私はうなずいて、ふたりでまた静かに歩き出した。


……その場所を一言で言い表すなら、静謐だった。


音がない。風もない。

けれど、空気が呼吸しているような、そんな感覚だけが、身体にまとわりついてくる。


天井を見上げると、柔らかな光が星樹の内部に差し込み、木の繊維がまるで夜空のような文様を描いていた。

足元には湖。……というよりは、鏡のような水のひろがりが、幹の内側いっぱいに、円を描いて広がっている。


「……すごい……」


思わず漏れた言葉は、自分でもびっくりするほど小さかった。


「この湖は“リムナ・セイル”。誓約と導きの湖とも呼ばれているわ。ここに近づける者は限られてるの」


リリスの声も、普段より静かだった。

私は、じっと湖を見つめる。


水面は揺れていない。波紋も立たない。まるで、時間までもがここでは止まってしまったようで。

それなのに、不思議と、吸い込まれそうな感覚がする。


「この水は、“制約の水”。星がその均衡を保つために神様が注いだものだと伝えられてる。……私たちの世界は、陰と陽の力の循環で保たれていて、それが乱れると、星そのものが揺らぐ」


「……ほしって、そうかんたんに、みだれたりするの?」


「簡単じゃない。だからこそ、こうして今も静かに息をしている。けれど……、ほんの少しの綻びで、千年の均衡が崩れることもあるのよ」


その言葉が、妙に現実的に聞こえたのは、私がこの星に来た理由と無関係ではない気がした。


「……うちは、ほしのバランスをとるためにきたんだよね」


「……そうなのね」


リリスの返事には、ほんの一瞬だけ間があった。


気のせいかもしれない。でも、その“間”が、なぜか私の中に小さな種のように残った。


そして――


私はふと、水面の奥に、微かに光るものを見た気がした。


それは、光のようで、瞳のようで。


……なんだろう、この感覚。


初めて見るはずなのに、懐かしいような、

見たことがないはずなのに、ずっと見ていたような。


でも、それが何か思い出そうとした瞬間、霧がかかったようにふっと消えてしまう。


――夢を、見た気がする。



「……ほしって、ゆめをみるのかな」


「……?」


リリスがこちらを見る。私ははっとして、言葉を濁した。


「なんでもない。うちの……ひとりごと」


「……そう」


リリスはそれ以上は何も聞いてこなかった。ありがたかった。


しばらく、ふたりとも黙ったまま、湖を眺めていた。


でも、不思議と居心地は悪くなかった。


それは多分、リリスが無理に話そうとしないから。

そして、彼女が放つ沈黙には、冷たさではなく“余白”があるからだ。


「……わたしね」


ふいに、リリスが声を落とした。


「“友達”って、どうすればなれるのか、よく分からないの」


「え……」


「同い年の子は、島にも何人かいる。だけど……みんな、もう儀式を終えてて、わたしだけが、まだ。だから、どこか一線を引かれてる。親は大切にしてくれるけど、生活の時間も違うし……家族とは、ちょっとだけ、形が違う」


その言葉に、私の胸がきゅっと締めつけられた。


「……うちも、よく分からない。でも、はなしててたのしかったし、なんか、こう……いっしょにいていごごちがよかった。だから、たぶん……すこしずつでも、“なれたら”っておもってる」


うわー、、!!これであってるんだろうか!?こんな可愛い美少女とお友達になれる千載一遇のチャンスなのに全っ然気の利いた言葉が浮かばない、!


内心の動揺を一切表に出さないように気をつけながらもリリスの横顔を盗み見る。


「……」


リリスの横顔が、わずかに揺れた。


でも、彼女はなにも言わない。ただ静かに、また湖に目を向けていた。


……これで、よかったのかもしれない、


慌てていた心が彼女の澄んだ横顔を見て落ち着いた。


簡単に名前をつけられない関係だってある。

すぐに仲良しごっこになるよりも、こうして沈黙を共有する方が、きっと本物だ。


「行きましょうか」


「……うん」


私はリリスの背に続いて、静かにその場を後にした。


背中に、さっきの水面の光がまだ、残っている気がした。

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