10. はじめての朝はアイドル会見?
星明かりが薄れる頃、私はそっと目を開けた。
昨夜の夢は、まるで霧の中の声のように曖昧で、それでもどこか懐かしい気がした。
「 …誰か、呼んでいた…? 」
夢の内容は思い出せないけれど、温かい”なにか”がまだ自分の中に残っているのを感じた。
そうしてまた、まどろみの中へと意識は沈んでいった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ピチピチッ、
ん~っ、、
外の音で意識が現実に戻された。うっすらと目を開けると外は日が昇っており、ほんのりと明るい光が室内で揺れていた。
そうして、自分の目を覚醒させるためにゴシゴシこすっていると自分の手の違和感に気づく。
そうだ、朝だから狐に戻ったんだ、、
まだ完全には開ききらない目を細めて自分の毛むくじゃらな肉球付きの手を見る。
うん、やっぱり狐にもどってる、。こうして、もう一度目覚めてみると改めて昨日の出来事が夢ではなかったことが思い知らされる。やっぱそうだよな~、夢にしてはリアルだと思ってたし、、
ぎゅむぎゅむと手を動かすと意識に付随して動く自分の肉球付きの手を見ていると徐々に意識が覚醒してきた。
あれ、お母様もう起きたのかな?
隣にはいない、昨日一緒にベッドに入ったはずの新しい母を思いながら、隣の空いたスペースを触るとそこにはもう温もりがあまり残っていなかった。
てことは、大分先に起きてたってことかな。うーん、何したら良いかわかんないんだけどどうしよ、、
途方に暮れかけたその瞬間にやはり彼女はやってきた。
ドアが開くこともなく、目の前に現れた、というかいつの間にか視界に入っていたスミさんに思わず悲鳴を上げてしまうのも無理ないと思うんだよね、、。私の悲鳴を聞きつけたお母様が大慌てでこれまたドアを開けることなく直接部屋に転移してきて、ぎゅうぎゅうに私を抱きしめてくれた時は、スミさんとは違う意味で命の危険を感じたけれど、、。
そんなこんなで朝からバタバタしつつも、顔を洗って狐用の耳飾り?をつけて貰ってちょっとしたオシャレに心弾ませつつ、私たちはみんなで朝食をとった。
「「「 いただきます。 」」」
う~ん、このお魚焼き加減が絶妙でめっちゃおいしい!
日本の理想的な朝ご飯である白米に焼き魚、おひたしにお味噌汁が並んだ食卓に座りながら舌鼓をうった。
「 今日は、この島のみんなに貴方を紹介しようと思うの。 」
「 なるほど、おねがいします。、、あの、いっぱいひといらっしぃますか、? 」
こちらの世界に来て、はじめての大多数の人と会うかもしれないというイベントに意思を飲み込んだかのような息苦しさを感じながらお母様にきいてみる。
「 うーん、そんなことないわよ。この時間帯だと最初に獣霊のみんなと挨拶になるから、ここで生活している子達の半分ね。月が上がる時間に精霊の子達が起きてくるから、そのときにもう半分の子達に会う予定よ。 」
「 そうなんですね。ていうことは、じゅうれいさんたちはおひるにせいかつして、せいれいさんたちはよるにせいかつするから、ふたつのしゅぞくはせいかつじかんがずれているんですか? 」
「 ふふっ、その通りよ♡とは言っても、獣霊と精霊の生活時間がかみ合う時間もあるわ。明け方や夕方の時間の短い時間帯にはなるけれど、月と太陽が入れ替わるタイミングが陰と陽の二つの力が拮抗する時間帯だから、その時間帯には一緒に生活するの。他にも例外はいくつかあるけれどね。 」
「 なるほど。 」
なるほどなるほど、完全に分かれているって言うわけでもないんだな。だからこそ、獣霊と精霊は同じ時を過ごす親交を深めて仲良くしてるのかな?
今日はもう結構日が昇って時間が経ってるし、獣霊さんたちしか起きてないから先に挨拶して夜に精霊さんたちも合流ってことか。
いや~、にしても初めて会う人たちに挨拶するのは緊張するな、、
しかも、自分一人よそから来た感じだし受け入れてもらえるかどうか、、
あんまり、知らない人たちの前で発表とかするのは考えすぎる性格的に向いてないんだよな、、
これで、最初の挨拶ミスってこのあと受け入れてもらえなかったらどうしよ、、失望されるかもしれないし、お母様にもがっかりされるかもしれないし、、
「 エトワ、大丈夫よ。みんな貴方に会えることをずっと楽しみにしていたし、貴方が嫌われるなんてこと絶体にないわ。もちろん私が貴方にがっかりするなんてことも絶対ないからね♡ 」
う、!!うちの心を読んだかのような優しい言葉が胸に染みますお母様!!
「 ありがとうございます。しっかりあいさつできるようにがんばります! 」
見透かされたことに少し恥ずかしさを感じながらも、ここまで言ってもらえたお母様の思いに答えるためにも、うじうじせずにやってやろうじゃないか!と気合いを自分に入れ直しながら焼き魚の骨と格闘しつつも朝ご飯を終えた。
そうして、食後のお茶を飲み一息ついたところでお母様に抱っこして貰い獣霊さんたちのところへいざ転移だ!
「 それじゃあ行くわね。目をつむってて♡ 」
きゅっと言われたとおりに目をつむって、違う場所に移動したことを匂いと音と涼やかな風を肌で感じたため確信し目を開けた。
そうすると、なんと言うことでしょう。目の前には100人ほどの獣霊と思わしき人たちが興奮したような目でこちらを見ているではありませんか。多種多様なけもみみにけもしっぽ、翼に角を持っており、中には完全に獣体の人もいそうだ。
えーっと、、そんなに見つめられると何も言えなくなっちゃうんだけど、、
むしろ怖すぎて声が出ないんだけど、、なんなの、なんでそんなにキラキラした目でうちのこと見てくるの、初めましてだよね!!?
「 ふふっ、みんなごきげんよう♡この子はエトワよ、私の愛しい娘になってくれたの、仲良くしてあげてね♡ 」
「「「「「「「「「「「 うぉーーーーーー!!!!!!! 」」」」」」」」」
なによ!!!なんなのよ!!!!!!!怖いから!!お願いだから落ち着いて!!!!!!!????
みんなの雄叫びが鳴り止むまで実に5分ほどかかり、スミさんが何かよく分からない術を使ってくれたのかみんなの興奮が落ち着くまでに、私は身をもって獣霊という種族が陽キャそうだということを心に刻み込んだ。。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
……無理!!心の準備とか関係ない、、これは戦だ、、
頭の中が真っ白になりながらも、私の体はしっかりお母様にしがみついたままだった。全員がこちらを見て、耳やしっぽをぴこぴこさせながら全力の興奮を放ってくるこの空間、どう考えても精神衛生上よくない。というか、こんな歓迎見たことないし、、!
アイドルのデビュー会見でもこんな大盛り上がりはない気がする。
お母様はそんな私の緊張とは対照的に、余裕の笑みで私の背をそっと撫でながら、
「 ね? みんな嬉しそうでしょ?」と天使の微笑みを向けてくる。
そういうの、反則だから……!
ようやくスミさんの“なんかすごい術”のおかげで場が静まってきたとき、一人の獣霊の女の子が、ゆっくりと前に出てきた。
猫耳にふわふわのしっぽ、でもその動きは驚くほど静かで、どこか儀式めいた気配を感じさせる。
「……はじめまして。私は『リリス』。ここの見習い巫です」
巫? 巫女みたいな人?
そう思っていると、リリスは私に向かってぺこりと頭を下げた。周囲の陽キャ獣霊たちとちがって、どこか冷静で落ち着いた雰囲気があり、私は少しだけ安心する。
「この島に来てくれて、ありがとう。……『星の子』」
「……えっ?」
その言葉に、私は思わずお母様を見上げた。お母様はにっこり笑って、何も言わない。
「昨日、星樹が光ったでしょう? あれはこの島にとって、とても大きなことなの。だから……私はずっと、あなたに会いたかった」
リリスの瞳は星のように澄んでいて、嘘をつくような色じゃなかった。
なんだろう、この子とは言葉にしなくても分かり合えそうな気がする。
さっきまでの獣霊パッション祭とは真逆の静けさが、逆に心を解いてくれた。
「……こちらこそ、よろしくお願いします、リリスさん」
少しだけ震えていた声をなんとか整えて、私もぺこりと頭を下げた。
その瞬間、島に流れる風が、ふわりと変わった気がした。
「 エトワ、よく頑張ったわね♡ 」
お母様が、そっと頭を撫でてくれた。
その手の温かさに、また胸がぎゅっとなる。
ああ……大丈夫かもしれない。
知らない世界、知らない人たち、でもこうして受け入れてくれる人がいるのなら、
私はここで、ちゃんと生きていけるかもしれない。
そんな風に思えた、最初の朝だった。