第66話 幻想の檻を破れ
戦場に、突如として異変が訪れた。
「……っ!? 何だ、これは……!」
マコトの視界がぐにゃりと歪む。
それまでナヴァ=ランの戦士たちが並んでいたはずの場所に、無数の異形兵が出現していた。
「そんな……増援か!?」
アイリスが叫ぶ。だが、異形兵の数が異常だった。まるで湧き出るように次々と現れる。
「いや、違う……これは……幻覚?」
フィオナが、エメラルドセージの魔導映晶に映る戦況を確認する。
しかし、映像すらも歪み、色彩が滲み、何が現実か判別できない。
そんな中、戦場の中央でオルディノートが指を軽く鳴らした。
「さぁさぁ、皆さん。ここからが本当の戦いの開幕ですよ――!!」
ふわりとマントを翻しながら、彼は余裕たっぷりに微笑んでいた。
マコトは焦りながらも、ナイトストライダーの魔導映晶を操作し、敵味方の識別を試みる。
だが、画面に映るのはあまりにも錯綜した戦場だった。
ナヴァ=ランの戦士が異形兵へと斬りかかる――が、その刃が傷つけたのは同胞だった。
驚愕する戦士の顔、傷口を押さえ、崩れ落ち苦悶の表情を浮かべる――
「ザルカ・カ・ヴァルカ・ティラナク・ヴェスカ・カーヴ……?(なぜ俺を殺そうとするのだ兄弟よ……)」
倒れた戦士の唇が、信じられないという表情で言葉を紡ぐ。
「ノ、ノルカ! ヴァルカ・デラ・カ・ヴェスカ・カ・ナタル……!!(ち、違う! 俺はそんなつもりじゃ……!!)」
「ヴァルカ・デラ・ヴェク!(なんてことだ!)」
「カラ・カ・ゼイカ・ヴェスカ・クラヴァク・デラ・タルカ!?(どれが本物の敵だ!?)」
戦士たちの叫びが戦場に響く。
仲間のはずの者が敵に見え、敵が仲間に見える。
視界が狂い、認識が歪み、混乱が広がる。
「単なる幻影じゃない……五感を狂わせる幻術……!?」
フィオナが驚愕の声を上げる。
「違うよ、お嬢さん。ただの幻術なんていうチャチなものとは訳が違う」
オルディノートが微笑みながら、手をひらひらと振る。
「これは僕の演出する”舞台”なんだ。現実と幻想の境目なんて、最初からないのさ――」
彼の言葉と同時に、マコトの視界がさらに乱れる。
「お次は……亡霊たちの登場だ!」
オルディノートが指を鳴らした瞬間、霧の中から過去の死者たちが現れた。
「……ヴェスカ・カ……!(……お前は……!)」
「ヴァルカ・デラ……? ティラナク・タラ・ヴェスカ・カーヴ・カ……?(まさか……死んだはずの兄弟が……?)」
戦士たちは息を呑む。
「……ザルカ・カ・タルカ、ヴェスカ・カ・アレタク・カ・デラ・カ・カーヴ……(……あの時、お前が助けてくれなかったせいで……)」
「ザルカ・カ・ヴァルカ・ラビナク・ヴェスカ・カ……?(なぜ俺を見捨てた……?)」
血に塗れた手が、彼らへと伸びる。
「ノ、ノルカ! ヴェスカ・カ・ティラナク・タラ・デラ……!(違う! お前は……死んだはずじゃ……!)」
ナヴァ=ランの戦士の一人が、錯乱したように後ずさる。
幻影は、彼らの心を抉るように囁く。
「これは……精神を揺さぶる罠ね……死んだ人たちを利用するなんて……!!」
フィオナが気付くが、ナヴァ=ランの戦士たちは完全に“彼の舞台”に飲み込まれてしまっていた。
オルディノートの見せる幻影の現実感さが尋常ではないのだ、五感を完全に支配し戦士達の脳は最早現実と幻影を区別できていなかった。
「ふふ、さぁ、踊り続けようか?」
オルディノートの嘲笑が響く。
「いえ……待って、これは……!」
フィオナがハッとする。
「フィオナ?どうしたの?まさか貴女も……?」
アイリスが不安そうに尋ねる。
彼女も幻影に飲み込まれたのかと心配になったのだ。
「心配してくれてありがとう、アイリス。私はまだ大丈夫よ……細部まで分析して今ようやく分かったの。ヤツの見せる幻影は魔力の波長が、本物と微妙に違うのよ!」
「つまり……?」
「私の魔法で、戦場全体に“魔力の共鳴” を起こせば、幻影かどうか判別できる!」
「これ以上は皆んな保たない、それでいこう! フィオナ、頼む!」
マコトは即座に決断した。
幻影を暴く魔法
フィオナはエメラルドセージを構え、杖型長銃を大地に突き立てる。
「万象を巡る魔力よ、世界を満たす理の元、今ここに集い、共鳴せよ――」
「魔力共振!」
魔法が発動すると、周囲の空間が波紋のように揺れた。
すると――
「共鳴する者が本物だ! 幻影は反応しない!冷静に見極めるんだ――!!」
マコトの言葉にナヴァ=ランの長が反応して全ての戦士たちにその言葉を伝えると、戦士たちが一斉に反応する。
「ゼヤ、エルヴァ・カ・ヴェスカ・エル・ヴェイナク・ヴェロス!(そうか、共鳴しないものが幻影だ!)」
彼らはすぐに体勢を立て直すと魔力の共鳴を感じ取り、幻影ではなく本物の敵だけを狙って攻撃を開始する。
「ふぅん……なるほどねぇ」
戦況が逆転し始めたことを感じたオルディノートは、興味深げに目を細める。
「……やれやれ、こんなに早く気づかれるとは思わなかったなぁ」
彼は軽く伸びをしながら、肩をすくめる。
「でも、これで終わりだと思ったら、大間違いだよ?」
彼は再び指を鳴らした。
「さぁ、次は“過去の自分”と踊ってもらおうか?」
その瞬間、マコトたちの目の前に、それぞれの「過去の自分」が立っていた。
マコトの過去の自分は、まだ未熟だった頃の姿。
アイリスは、かつて過ちを犯した時の自分。
フィオナは、過去の失敗から逃れられなかった頃の自分。
ナヴァ=ランの戦士たちの前にも嘗ての弱かった頃の姿が鏡の様に映し出される。
「君たちは、自分自身を信じられるのかな?」
オルディノートの嘲笑が、戦場に響いた。
ついに、魔王軍の幻影将オルディノートが本格始動。
彼が生み出す「幻想演舞」によって、戦場は欺瞞と混乱の渦へと変貌していく。
マコトたちは、五感すら狂わせるこの幻惑の檻から脱することができるのか?
そして、オルディノートの本当の目的とは――?
戦いの行方が見えないまま、状況はさらに加速していきます。
次回もご期待ください!
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