第65話 幻影将、降臨
霧深い密林の戦場は、一瞬の静寂を迎えた。
異形兵たちは倒されても尚再生を繰り返し、ナヴァ=ランの戦士たちは徐々に押され始めていた。神聖武装を纏った戦士たちですら、苦戦を強いられ始めている。
「ギィィィィィ……!」
不気味な唸り声とともに、異形兵たちの陣形が変化した。
「……何か様子が変だ」
マコトはナイトストライダーのセンサーを最大稼働させながら、敵の動きを分析する。
「今までは多少の同調した動きはあれど殆どは無秩序に襲いかかってきたのに……妙に整然としてるな」
「ええ、確かに。戦術が高度になってる……まるで、誰かに指揮されてるみたい」
フィオナがエメラルドセージの魔導映晶に映る様子から行動を解析する。導き出された答えは、やはりこれまでよりも統率の取れた規則的なパターンで襲いかかっていると言うものだった。
そして、マコトの脳裏にある記憶が蘇る。
(この戦い方……どこかで……)
過去の戦闘――
それは……虚晶将ゼファルドとの戦い。
あの時も、最初は無秩序に動いていた魔王軍の生物兵器たちが、突如として精密な統制を見せ始めた。
敵軍を束ねる指揮官の登場と共に始まった敵の戦術的な動き。
ゼファルドが戦場の奥から姿を現した瞬間、戦況が一変したのだ。
「まさか……」
マコトは息を呑む。
「アイリス、フィオナ、警戒を強めろ。可能性は高い……恐らくこの戦場に……指揮官機がいる」
「それってつまり……?」
アイリスが目を見開く。
「そう。ゼファルドみたいな奴が、ここにいる可能性があるってことだ」
マコトの言葉に、フィオナが険しい表情を浮かべた。
「だとしたら……厄介ね。ゼファルドは個の力も強力だったけれど、それ以上に全軍を統率する能力が脅威だった」
「もし同じタイプの指揮官がいるなら……早めに潰さないと、戦線が崩壊するぞ」
警戒を強めたその時――
戦場の奥、霧の向こうから、一際異質な存在が姿を現した。
それは、今までの敵とは明らかに異なるフォルムを持っていた。
他の異形兵たちは紫黒と赤の混じる金属と肉の混成体であったのに対し、そいつはまるで異彩を放つかのように、白銀と灰色の装甲をまとっていた。
そして何より、その動きが違う。
異形兵たちはどこか生物的な蠢きを見せていたが、こいつの動きには一切の無駄がなかった。
まるで「計算された機械」であるかのように、静かに滑るように歩みを進めている。
「……白い機体?」
アイリスがスカーレットリーパーのセンサーを使いながら、警戒の色を強めた。
「いや、あれは……ただの異形兵じゃない」
フィオナが険しい表情で呟く。
「まさかあれが……指揮官機?」
マコトの直感が警鐘を鳴らす。
――異形の司令機、その存在が戦場のバランスを一変させる。
司令機がゆっくりと前に出た瞬間――異形兵たちの動きが完全に変わった。
「ギギギ……ギャァァァ!」
まるで「合図」を受けたかのように、異形兵たちが一斉に新たな陣形を組み、襲いかかる。
小型異形兵は斥候としてナヴァ=ランの戦士たちの動きを解析し、中型異形兵がそれを狩るように包囲し、大型異形兵は戦場の後方から遠距離砲撃を行い、味方の動きを封じる。
「思った通りか……! あの白い機体が現れてから敵の動きが格段に洗練されてる!?」
嫌な予感は的中した。
急激な敵の戦術の変容にナヴァ=ランの戦士たちも戸惑いを隠せなかった。
「ヴァルカ……!(このままでは……!)」
神聖武装を纏った戦士たちも応戦するが、異形兵の学習速度があまりにも早く、迎撃が難しくなっていた。
しかし――
「ならば、俺たちが行く!」
マコトたちは即座に反応した。
「アイリス、フィオナ! この指揮官機を突破するぞ!」
「了解!」
「後方支援は任せて!」
ワイルド・ストライダーの三機が戦場に飛び込み、息の合った連携を繰り広げ戦況を押し戻し始める。
ナイトストライダーが水平射撃で弾丸をバラ撒き敵の侵攻を抑え、その間にクリムゾンリーパーがブースターを噴かして疾風の如く敵陣深くに飛び込み両腕のブレードを更に伸長させる。
竜巻の様に機体を高速回転させると小型の異形兵達が再生する間もなくバラバラに解体されて地に落ちた。
「ギギイイィィィッ――!」
だが異形兵たちは恐れを知らない、仲間がバラバラに切り裂かれてもその動きは鈍る事は無い。
辺りの中型兵が一斉に襲い掛かろうとした。
しかしフィオナはそれを許さない。
エメラルドセージが杖型長銃を地面に突き刺し、術式を展開すると杖と機体がその術式を更に増幅し一気に敵陣へ向けて解き放つ。
「古き理に連なる雷霆よ、万象を貫く閃光となれ!
嵐を纏い、全てを焼き焦がし、光の槍となって敵を討て――雷滅の槍!!」
無数の雷が天から降り注ぎ、異形兵を次々と撃ち抜き、焼き焦がす。再生も許さず灰の柱と化していく。
マコト達は一気呵成に敵を倒し、戦線を押し戻し始めた。
だが――その瞬間だった。
「――あーあ、やれやれ。なんだか、つまらない流れになってきたねぇ」
戦場に、突如として「声」が響いた。
マコトたちがハッとする。
その声は、明らかに異形兵たちの無機質な叫びとは違った。
そして――司令機がわずかに顔を傾ける。
まるで、人が微笑んでいるかのように。
「やぁやぁ、皆さん、初めまして」
白銀の機体の影から、一人の男がゆらりと姿を現した。
長いコートを翻し、気だるげな表情を浮かべたその男。
「僕はオルディノートって言います。魔王軍の幻影将です。どうぞ、お見知りおきを……」
幻影将が言い切る前に、神聖武装を纏ったナヴァ=ランの戦士たちが、一斉に魔力を込めた砲撃態勢に入る。
「ヴェスカール、エルヴァ・ファルナク!(全隊、魔力砲展開!)」
その合図とともに、戦士たちの神聖武装が淡く輝き始めた。胸部と腕部の魔導機構が活性化し、膨大な魔力が圧縮される。
「ヴェラク!(撃て!)」
次の瞬間、蒼白い閃光が戦場を包み込む。
神聖武装の最大火力――霊装魔砲が解き放たれた。
光の奔流が大気を裂き、地を抉りながら標的へと収束する。戦場に轟音が響き渡り、砲撃の爆発が一帯を覆い尽くした。
土煙が舞い上がり、衝撃波が周囲の異形兵を吹き飛ばす。
(やったか……!?)
戦士たちが息を呑む。
しかし――
霧が晴れたその先に、まるで何事もなかったかのように佇むオルディノートの姿があった。
彼は軽く手を広げ、肩をすくめると、呆れたように口を開いた。
「いやぁ……せっかくのご挨拶だったのに、ちょっと乱暴すぎやしないかい?」
彼の周囲には、歪んだ空間の残滓が揺らめいていた。
まるで砲撃そのものが「存在しなかった」かのように、彼の体には一切の損傷がない。
「まさか、あの砲撃を……無効化したのか……!?」
マコトは驚愕する。
彼らの一斉砲撃は、凄まじかった。
ライオカイザーですらまともに受ければ無事で済むとは思えない程の威力。
ナヴァ=ランの戦士たちが戦慄する中、オルディノートは面倒くさそうに首を回しながら、緩やかに一歩を踏み出した。
「さてさて、そろそろ僕の番かな? どうせなら、もうちょっと面白いことをしようか」
その時、戦場の空気が一変した――
戦況が一変する65話。
ついに 魔王軍の幹部、幻影将オルディノート が登場しました!
異形兵を指揮し戦場を自在に操っている。
ナヴァ=ランの戦士たちの強力な砲撃すらも通じない……だがまだ真の力は見せていない。
果たしてその能力とは――
次回、いよいよ幻影将の“本領”が明らかに……!?
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