第61話 密林の天空都市
深い密林の奥、湿った大地の匂いと生い茂る木々の間を、ワイルドストライダーが静かに進む。先ほどの戦闘が終わり、周囲は沈黙に包まれていたが、マコトはどうにも落ち着かない。
「……二人とも、何か妙な気配を感じないか?。」
マコトはぼそりと呟く。アイリスもまた、不安げに周囲を見渡していた。
「ねえ、気のせい……じゃないよね?さっきから、ずっと誰かに見られてる感じがする。」
「私も同じ意見よ。」
フィオナが眉をひそめながら頷く。
「魔導映晶に映る範囲には何もいないけれど……そんな気がする」
ワイルドストライダーの蒸気駆動機関が微かな音を立てながら、静かに密林を進んでいく。しかし、どこか異質な空気が漂っていた。
次の瞬間、その違和感が確信へと変わる。
突如、足元の地面から振動が伝わってきた。
「これは、まさか……罠だ!」
マコトが叫ぶと同時に、地面が一瞬震え、ツタが絡みつくようにワイルドストライダーの脚部に巻きついた。
「なっ、何これ!?勝手に動いてる!?」
アイリスのスカーレットリーパーが身をよじるように回避しようとするが、ツタはまるで意思を持っているかのように、次々と絡みついていく。
「微かに魔力を感じる……恐らく人工的な仕掛けよ、やっぱり誰かに見られてた。いえ、見張られてたのね――!」
フィオナが状況を素早く分析しながら叫ぶ。
その時だった――
シュバッ……!
密林の影から、大量の木の槍と矢が飛び交う。一斉に放たれたそれは、ワイルドストライダーに当たるがその装甲を貫く事は出来ずに音を立てて弾かれる。
「……お前達の攻撃は効かないぞ!隠れてないで姿を見せろ――!」
マコトが叫ぶが、答えはない。
やがて、静かに現れる影――樹々の上から、そして茂みの奥から、十数人の戦士たちが姿を現した。全身を植物のツルや獣皮で覆い、身体に迷彩を施した彼らは、無言でワイルドストライダーを取り囲んでいた。
「……この人達、一体何者……?」
アイリスが困惑する。彼らの目は鋭く、槍を構えたまま、今にも攻撃を仕掛けようとしていた。
「言葉が……通じないの?」
フィオナが慎重に観察しながら呟く。だが、相手は何も言葉を発しないまま、こちらを睨みつけていた。
このままでは、不用意な動きが敵対行動と見なされかねない。
「なら……俺たちが敵じゃないって証明するしかないな。」
マコトは深呼吸し、ワイルドストライダーのコックピットを開く。
「マコト!何してるの!?危ないよ!」
「大丈夫だ、アイリス。俺の考えが正しければこの人達は――」
そう言って、マコトはゆっくりと地面に降り立つ。そして、膝をつき、静かに手をかざした。
「紅蓮の灯よ、我が意志に応じ、その輝きを示せ――」
マコトの声が密林に響いた瞬間、彼の手のひらから揺らめく赤い光が生まれる。
突如として、宙に浮かぶ小さな火球が生まれ、周囲の空気が僅かに熱を帯び始める。精霊術の発動により、その輝きがマコトを包み込んだ。
すると――
周囲の戦士たちが一斉にざわめく。
「……っ!」
彼らは驚きの色を浮かべ、一歩引く。そして、その中の一人が短く何かを呟くと、他の戦士たちも槍を下げた。
同時に機体に絡みついたツタもゆっくりと解かれていき、何事もなかったかの様に地面に吸い込まれていった。
「通じた……?」
アイリスがコックピットから様子をうかがう。やがて、一人の戦士がマコトの前に進み出ると、慎重な表情で何かを告げる。
「……言葉は分からないが、敵意はないことを理解してくれたみたいね。」
フィオナがホッと息をつく。戦士たちは再び短く言葉を交わすと、マコトたちに手招きをする。
「……案内しようとしてる?」
「みたいだな。」
マコトは一度振り返り、ワイルドストライダーの機体に戻ると、魔導映晶を通じて二人に告げる。
「俺たちをどこかに連れて行くつもりだ。ここは、大人しくついていくしかないな。」
「……大丈夫なの?」
アイリスが不安げに問う。
「少なくとも、敵対されるよりはマシじゃないかしら?」
アイリスの不安を払う様にフィオナが冷静に答える。
マコトたちはワイルドストライダーを再び移動モードに切り替え、原住民たちの後をついていく。
密林の奥深く、鬱蒼とした木々に覆われた中をマコトたちはワイルドストライダーを慎重に歩みを進めていた。原住民たちは先導しながら、時折振り返り、マコト達がついて来れているかを確認している。
数時間は経った頃、先導をしていた原住民達が歩みを止める。目的地に到着したのだ。
視界が開けたその場所で、彼らは樹上を指差した。
「これは……」
そこに広がっていたのは、巨大な樹々の間に築かれた空中集落――否その規模は街と言っても良い程のものだった。地上から何十メートルもの高さに位置し、巨大な木の幹を利用して作られた建造物が複雑に張り巡らされた橋で結ばれていた。
樹々の枝を支柱にした住居は、蔦や木材、そして精巧に編み込まれた葉で作られており、自然と完全に融合した独自の都市構造を持っている。大小の丸屋根の家々が樹上に整然と配置され、その間を吊り橋が結びつけていた。
「まるで……密林の天空都市ね……」
フィオナが思わず呟く。アイリスもまた、目を輝かせながら周囲を見回していた。
「信じられない……地上じゃなく、樹上にこんなに大規模な街を作ってるなんて……!」
恐らくは下を覗けば、下の物は小粒に見えるほどの高さ。誤って足を踏み外せば、確実に命を落とす高さだった。
「そりゃあ、地上じゃ妖甲千足蟲みたいな魔物が跋扈してるからな……合理的な選択だ。」
マコトは冷静に分析しながらも、ここまで大規模な樹上都市が築かれていることに驚きを隠せなかった。
住人たちも、彼らの姿を見て驚きの表情を浮かべていた。異邦の者、しかも巨大な鉄の機械を連れた者たちが訪れたのは、彼らにとっても前例のない出来事だったのだろう。
「……歓迎されてるわけじゃなさそうね。」
フィオナが警戒を解かずに周囲を見渡す。確かに、住人たちは明らかに警戒心を抱いている。武器を構える者こそいないものの、その視線は警戒心を露わにしていた
やがて、彼らは集落の中心にそびえる巨大な樹のもとへと案内された。その幹には精巧な装飾が施され、神聖な空気が漂っていた。
その中に足を踏み入れると、薄暗い空間の奥に、一人の女性が座していた。
彼女は長い白髪を編み込み、複雑な刺繍の施された衣をまとっていた。その姿は巫女のようでもあり、王族のような威厳も備えている。
そして、彼女は静かにマコトたちを見据えると、ゆっくりと口を開いた。
「お前達……何故、この地へ足を踏み入れた?」
その瞬間、マコトたちは目を見開いた。
「……え?」
アイリスが思わず声を漏らす。
「……言葉、通じるのか?」
マコトも驚きを隠せずに彼女を見つめる。
これまで出会ってきた異なる文化の民とも共通言語を介して会話をしてきたが、密林の奥にこれほどの独自文明を持つ人々が存在し、しかも通じないと思われた共通言語を話せるとは思いもしなかった。
フィオナは冷静に観察しながら言った。
「この集落……ただの未開の地の民じゃない。高度な文化と、何かしらの知識を受け継いでいる可能性があるわ。」
「……もしかして、俺たちの探している“アルカディア・エルドリム”の生存者たちと関係があるのか?」
マコトが慎重に問いかける。
すると、女性の瞳がわずかに揺れた。
「その名を知っているとは……まさか、お前たちも”あの者たち”と同じか……?」
彼女の言葉に、マコトたちはさらに困惑する。
「あの者たち……?」
「それは、一体……?」
女性は沈黙し、一瞬だけ何かを考えるように目を閉じた。そして、ゆっくりと語り始めた――
後書き
密林の奥に広がる樹上都市、そして言葉を交わせる密林の民との出会い――
マコトたちは、これまでとは異なる文明圏へと足を踏み入れました。
一見ただの未開の集落かと思いきや、明らかに高度な文化と知識を持つ彼ら。
果たして、この地の民は何者なのか? そして、彼らはマコトたちの探し求める“アルカディア・エルドリム”とどう関わっているのか?
これまでの戦闘続きから一転、物語は新たな歴史の謎へと踏み込んでいきます!
次回もご期待ください!
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