第46話 評議会の陰謀
セレスティア・ノーヴァの執政庁に緊張が走ったのは、昼下がりのことだった。連邦各地で続発する魔物の襲撃。その背後で暗躍する者達に関する報告が、執政庁に持ち込まれたのだ。
執務室の扉が開き、焦燥感を滲ませた執務官が報告を開始する。
「エスパーダ執政官、連邦政府内で防衛指令に関する通信記録の改竄が確認されました!しかもそれを行ったのは、他の都市国家の執政官たちの一部を含む連邦政府の高官たちです……!」
執務室に重い沈黙が訪れた。執政官カーヴェル・エスパーダは椅子に腰掛けながら、ゆっくりと眉を寄せた。
「……予想はしていた事だけど、実際にこうして耳にすると腹立たしいわね。その改竄の内容、詳しく教えてちょうだい」
「外郭都市から連邦軍防衛司令部への増援要請の意図的な遅延、魔物軍団の侵攻情報の隠蔽、数え上げればキリがありません。おそらく、フレメリアでの防衛線崩壊もこれが原因かと……」
その言葉に、カーヴェルは深くため息をついた。そして、優美な仕草で椅子から立ち上がると、卓上の書類を軽く指先で払いながら呟いた。
「これじゃあ国民達にはまるで私たちが無能で後手後手に回ってる様に見えるでしょうね――」
彼の声色は穏やかだったが、その言葉の端々には冷たい怒りが滲んでいた。
「…評議会で私を引きずり下ろしたい連中がいるのはわかってたことよ。妬みや嫉妬はいつの時代も消えないもの……でもね――」
カーヴェルは振り返り、執務官たちを見渡した。その眼差しは、普段の柔らかな表情とは対照的に鋭いものだった。
「私を……そして連邦政府を信じてくれてる市民達の命を危険に晒すような愚行だけは許すわけにはいかないわ。これ以上権力に狂った老人達を野放しにはできないわね――!!」
静かな怒りと共に背筋を凍らせる様な強烈な殺気を放つカーヴェルに執務官たちは圧倒され、息を飲む。緊張する執務官達の顔を見てカーヴェルは再び笑みを浮かべた。
「ふふ、安心なさい。まだ理性は働いているわよ、まだね。」
「実は……執政官。評議会の一部高官たちが貴方の責任を問うべく、評議会を招集する動きを見せています」
その報告に、カーヴェルは一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに肩をすくめて笑みを浮かべた。
「あらまぁ、普段は腰の重い老人達が随分とお忙しい事ね。でもね、私を引き摺り下ろしたければ言正々堂々とやるべきよ。陰でこそこそやるなんて……美しくないわ」
その言葉には、彼の覚悟と信念が込められていた。カーヴェルは書類を整えながら、改めて執務官たちに視線を向けた。
「アタシが評議会にいる理由を、彼らは忘れたのかしらね。救国の英雄と呼ばれる事になった理由を……!」
「執政官、我々は、そして市民達は貴方様の功績を一度も忘れた事などありません!我々は何処までも付き従う所存です――!」
「あら、嬉しい事言ってくれるじゃない。でも大丈夫よ、私が評議会議長でいる限りこんな混乱を見過ごすわけにはいかないわよ。大事な連邦を壊されるなんて、絶対にさせないんだから」
執務官たちはその言葉に頷き、報告を終えるために退室していく。
カーヴェルは一人執務室に残り、窓の外に広がるセレスティア・ノーヴァの街並みを見つめながら静かに呟いた。
「……さて、覚悟してもらおうかしらねぇ、評議会の薄汚い老人達。」
その独り言には、かつて救国の英雄と呼ばれた彼の覇気が滲んでいた。
翌朝、セレスティア・ノーヴァの連邦評議会議事堂は異様な緊張感に包まれていた。評議会議長であるカーヴェル・エスパーダが最後に姿を現すと、集まった執政官や高官たちは一斉にざわめき始める。
「おはよう、評議会の皆さん……アタシの為にこんな朝早くからわざわざお集まりいただいてどうもありがと♡さて、今日はどんな楽しいお話を聞かせてくれるのかしら?」
カーヴェルは柔らかな笑みを浮かべながら、堂々と議場に足を踏み入れた。その余裕に満ちた態度に、彼を引きずり下ろそうと画策する者たちの表情がわずかに歪む。
「エスパーダ執政官……今回の連邦全域での惨状と混乱について、あなたの指導力に疑問を抱く声が多く上がっています。この事態に対する説明を求めます!」
ある執政官が厳しい口調で切り出す。カーヴェルはその声に反応し、一瞬だけ目を細めた。
「まぁまぁ、そう焦らないで。まずはその“疑問を抱く声”とやらについてもっと詳しく教えてくれる? だって、そういうのって根拠がないと困っちゃうじゃない?」
彼の皮肉混じりの返答に、反エスパーダ派の執政官たちはわずかに顔をしかめた。
「現に、外郭都市フレメリアが魔物の大軍に侵攻を受けた際に防衛指令が適切に発動されなかったのは事実です。そのせいで、多くの市民が犠牲となりました。これは明らかに執政官として、評議会議長としての職務怠慢です!」
別の執政官が声を荒げる。その言葉に周囲の空気が一層重くなった。
カーヴェルはその非難に対して、一瞬も動じることなく静かに答えた。
「そうねぇ、フレメリアのことは私も本当……本当に悔しくて仕方がないわ。でもね……それを職務怠慢だなんて決めつけるのは、ちょっと強引じゃないかしら?」
彼はテーブルに手を置き、ゆっくりと議場を見渡す。その目には揺るぎない自信が宿っていた。
「それに、防衛指令が“改竄”されたことも、すでに調査で明らかになっているのよ。この中に、その手を汚した人達がいるんじゃないかしら……?」
その一言が議場全体を凍り付かせた。
「な、何を根拠に……!」
動揺を隠しきれない反エスパーダ派の一人が声を上げるが、カーヴェルはすぐにその言葉を遮った。
「貴方達と違って私は不確かな事が嫌いなの。根拠?勿論あるわよ。アタシの目が節穴とでも思っていたのかしら?密かに各地に送り込んでいた調査官達の報告書を今朝、私の元に届けてもらったの。記録や証拠は全部揃ってるわ。さぁ、どうするのかしら?証拠を今すぐに全部出してもいいのよ?」
その挑発的な言葉に、反エスパーダ派の何人かは目に見えて狼狽し始めた。
「でもまあ、まだ話し合いで解決できるなら、アタシもその方がいいの。あなたたちが素直に非を認めるなら、私もそこまで厳しい対応はしないつもりよ」
そう言い放つカーヴェルの姿は、普段の軽妙な態度とは裏腹に、圧倒的な威圧感を放っていた。
その時――議場の扉が突然開き、別の執務官が慌ただしく駆け込んできた。
「評議長! 新たな報告です! アルヴェスタ連邦の複数の都市で、魔物の大規模侵攻が同時に発生しています!」
その報告に、議場が一斉にざわめき始める。
「……とうとう仕掛けてきたわけね」
彼は呟きながら目を閉じ、深呼吸を一つした。そして再び目を開けると、その表情には決意の色が濃く浮かんでいた。
「……薄汚い裏切者達に一応言っておくけど、今回の裏で糸を引いているのは恐らくは魔王軍なんでしょう?奴らが本気で貴方達に協力すると思っているのかしら?」
カーヴェルの言葉に反エスパーダ派の裏切り者達は更に動揺を強めた。
「領土の一部を手土産に渡すとか、執政官の座を保証するとか……その程度の甘い言葉に踊らされてるんでしょうね。でも、奴らが本気で協力すると思ってるのかしら?
事が運べば一人残さず殺され、この国ごと地図から消されるわよ?」
彼の言葉に、反エスパーダ派の中にも動揺しつつ頷く者が現れる。
「事態は急を要するわ、政治的な争いは一旦置いて、全力でこの危機に対処する準備を整えなさい。連邦の命運が懸かってるのよ!」
目を伏せ冷や汗をかき続ける反エスパーダ派を尻目に、他の執政官達と高官達は全員がカーヴェルを支持する事を表明し総力を挙げての防衛線を行う事に同意した。
「(マコトさんたちにも、すぐに出撃準備をお願いしなきゃね……これ以上、好きにはさせないんだから――!)」
カーヴェルはそのまま執務室へと向かい、マコトたちに連絡を取るべく準備を始めた。
今回のエピソードでは、アルヴェスタ連邦内部の陰謀が明るみになる緊迫した展開となりました。執政官カーヴェル・エスパーダの決意、そして連邦を取り巻く状況がさらに混迷を深めています。果たして魔王軍の侵攻にマコトたちとカーヴェル執政官はどう立ち向かうのか――次回もご期待ください!
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