第25話 新たなる仲間
長い旅路の末、マコトたちの目の前に壮大な光景が広がった。
緩やかな丘陵地帯を抜けた先、巨大な山々に囲まれた盆地に、亜人連合国の城壁がそびえ立っていた。
その城壁はただの防御設備ではなかった。所々に埋め込まれた金属の装飾が陽光を反射し、まるで芸術作品のように輝いている。
壁の上には見張り塔と巨大な魔石を動力源とする大砲が設置されており、亜人連合国の技術の高さを伺わせた。
「これは……壮観だな。」
マコトが感嘆の声を漏らすと、アイリスも目を輝かせた。
「本当にすごい。なんだか別の世界に来たみたい。」
エルナが誇らしげに胸を張る。
「そらそうやろ、ウチらドワーフやエルフ、ノームの知恵が詰まっとる国やもん。ここはウチらの誇りそのもんやで!」
城門に到着すると、鋼鉄の扉の前で複数の兵士たちが警戒態勢を取っていた。彼らはマコトたちを見ると、まず馬車を止めた。
「君たちは……旅の者か?ここは亜人連合国。入国には許可証が必要だが、所持しているかね?」
その声に、マコトが旅立ちの前に司令官からもらった紹介状を取り出そうとしたその時、エルナが前に出た。
「お疲れさんやな。ウチらやけど、手間取らせる気はあらへんよ。」
門番はエルナに視線を向けた途端、驚愕の表情を浮かべた。
「こ、これはエルナ様……!」
エルナは照れ隠しなのか、軽く手を振りながら笑った。
「おおきに。まあ、堅苦しいのはええから、さっさと通してや。後ろ詰まってるやろ?」
門番は慌てて敬礼し、他の兵士に指示を出して扉を開けた。
マコトとアイリスはそのやり取りを見て首をかしげる。
アイリスが小声で尋ねる。
「エルナ……やっぱりただの技術者じゃないよね?」
「まあまあ……ええやん、細かいこと気にせんとって。ほら、入るで!」
エルナの気楽な返事に、マコトとアイリスは苦笑いしながら馬車を進めた。
そうして巨大な城門を抜けると、目の前に広がるのは活気に満ちた城下町だった。
街の中心には大きな広場があり、その周囲に高い建物が並んでいる。建物の屋根には植物が植えられ、外壁にはドワーフが誂えたであろう装飾が施されている。
工業的な要素と自然が見事に調和している。
「すごい……これが亜人連合国の街か。」
マコトは目の前の光景に感嘆の声を漏らした。
アイリスも目を輝かせながら、街を歩く人々を見渡す。
「見て、あそこ!ドワーフが金属を叩いてる……あっちはエルフが魔法の道具を作ってる!本当に色んな人たちが一緒に暮らしてるんだね!」
エルナが得意げに頷く。
「そやろ?ここは技術と知恵が集まる場所やねん。ウチら亜人が誇る国やで。」
街の片隅ではノームたちが議論を交わし、大きな魔石を慎重に運んでいる。
エルフたちは魔力を込めた加工品を作成しており、ドワーフたちは武器や防具を鍛えている。
「この街のエネルギー源は魔石が基本やな。自然の力と魔法で生成した魔石を使って、色んな装置を動かしてるんや。」
エルナの言葉と街並みの様子を見て、マコトとアイリスは改めてこの国の技術力の高さを実感した。
マコトが感心していると、エルナがふと何かを思い出したように言った。
「そういえば、セリアから話聞いたんやろ?この街には古代史に詳しい研究者がおるって。」
「ああ、言ってたな。訪ねてみるといいって。」
マコトが頷くと、エルナは親指で自分を指した。
「ほな案内したるわ。そこの研究者やねんけど、ウチも顔見知りやねん。きっと役に立つわ。」
街の奥まった場所にある研究所にたどり着いたマコトたち。
エルナが扉をノックすると、少し間を置いて中から声がした。
「はい、どなたですか?」
扉が開き、そこに立っていたのは長い銀髪を持つ美しいエルフの女性だった。
柔らかな表情を浮かべながら、彼女はエルナを見ると深々と頭を下げた。
「これは……お久しぶりです、エルナ様。このような場所へお越しいただけるとは。」
「堅苦しい挨拶はええから。今日はこっちの人たちを頼むわ。」
エルナがマコトたちを振り返ると、フィオナは優雅に微笑みながら視線を向けた。
「ようこそ、亜人連合国へ。母から話を聞いています。あなたがご紹介のマコト様ですね?」
マコトは驚きと共に返した。
「母……?え、まさか、あなたがセリアさんの娘?」
「そうですが……何か?」
フィオナが首を傾げると、アイリスも驚きを隠せない様子で言った。
「だって、セリアさん、あんなに若いのに……こんな娘さんがいる様にはとても……!」
「そらまぁエルフやからな。」
エルナが肩をすくめながら笑う。
「種族がそもそも長寿やし、セリアもフィオナも外見じゃ歳分からんねん。」
「なるほど……。」
マコトは納得しながらも、エルフという種族に改めて驚嘆した。
「……古代国家アルカディア・エルドリムについて知りたいと聞いております。母から受け取った手紙にそう書かれていました。」
マコトは少し驚きながらも頷いた。
「はい、その通りです。アルカディア・エルドリムについて、そしてそこに関わる精霊のことも。」
「そうですか。それについては少しお話できることがあります。」
フィオナは部屋の奥へ案内しながら続けた。
「母がこの件について連絡をくれた時、古い記録を少し調べておきました。どうぞ、おかけください。」
マコトとアイリスが席に着くと、フィオナは棚から一冊の古い本を取り出した。
その表紙には古代文字で何かが刻まれており、年季を感じさせる。
フィオナが静かに語り始めた。
「文献には、彼の国が強大な力を持つ存在を信仰していたと記されています。ただ、それがどのようなものかは断片的な記述しか残っていません。」
「強大な力……。」
マコトは自分が経験した出力限界突破の現象を思い返しながら、静かに呟いた。
「それが精霊に関係している可能性があるということでしょうか?」
マコトの問いに、フィオナは曖昧な表情を浮かべた。
「確証はありません。ただ、彼の国では精霊信仰が国家の基盤となっていたようです。もし何かが起きたとすれば、それも関係しているかもしれません。」
マコトはその言葉に深く考え込んだ。
「エルドリム大氷原……そこに行けば、この謎が解けるかもしれないんですね。」
「そうかもしれません。ただ、あそこは極寒の地で、探索は決して容易ではありません。何かの手掛かりを得るとしても、それには危険を伴うでしょう。」
「それでも行く価値はあるはず……」
マコトが深い考えに沈む中、フィオナが静かに口を開いた。
「もしエルドリム大氷原へ向かうつもりなら、私も同行させていただけませんか?」
その言葉に、マコトとアイリスは同時に驚きの声を上げた。
「え!? フィオナさんが?」
「……無茶だよ! あんな極寒の地に行くなんて――」
アイリスが心配そうに言いかけたところで、フィオナは微笑みながら静かに手を挙げて制した。
「ご心配は無用です。母からもあなたたちがこの地に向かう理由を聞いています。そして、私の研究はまさにその古代国家と精霊に関するもの。これほどの好機を見逃すわけにはいきません。」
「いや、それはわかりますけど……危険すぎますよ。」
マコトは困惑した表情を浮かべながら反論するが、フィオナは揺るがない眼差しで言葉を続けた。
「私の力が役に立つはずです。文献の解読や、精霊に関する知識。あなた方だけでは気づけないことも、私がいれば可能になるかもしれません。」
「いや……でも……。」
マコトは目を泳がせながらエルナに助けを求める視線を送った。
すると、エルナは肩をすくめてから苦笑いを浮かべた。
「まあ、フィオナがそう言い出したら止められへんで。昔っからそうやからな、なぁ?」
フィオナはにっこりと笑って小さく頷く。
「ありがとうございます、エルナ様。では、決まりですね。」
マコトは頭を抱えつつも、フィオナの熱意に完全に反論する気力を失い、最後にはため息をついた。
「……わかりました。ただ、危険なことには無理に関わらないでくださいね。」
「もちろんです。」
フィオナはその言葉に微笑みながらも、瞳の奥に強い決意を宿していた。
こうして、マコトたちの旅に新たな仲間が加わることが決定した。
次なる目的地、極寒の地エルドリム大氷原への旅路が、いよいよ幕を開ける――。