元お飾り妻は何を思う
ミーシャに保護されたリーリアのその後のお話。
一度目の結婚はダメになってしまった。
お飾りでも結婚した以上妻として居ようとしたが、お飾りですらいられなくなった私は耐えられずに逃げ出してしまったのだ。
その後、荷物を整理し家を出たあとにフラフラ歩いていたところをたまたま教会に来ていたミーシャに見つかった。
「そこの騎士、その子捕獲して馬車につめこんでおいて」
護衛の一人を指さし、女王さながらの命令である。
え?と思った時には騎士に担がれていて、疑問を口に出す暇もなく気づいた時には既に馬車の中だった。誘拐とか得意な部類の人ですか?と言わんばかりの手際の良さ。さすが未来の王太子妃についている護衛は質が違う。
そしてあっという間に何故か王城へ。
結婚式を控えているからミーシャは王城にいるのだと言う。保護する名目もあるのだろう。
到着するや否や王城の質のいい侍女に服を剥かれ、磨きあげられ、シェフ渾身の美味しいスープをいただき。
そんな数日を繰り返した頃に殿下も合流。話を詰めるのに数週間かかったが、そこからは怒涛の展開だった。
まずリーリアを死亡したことにして別の名前で生きること。
家族やミーシャと交流はしてもいいけど好きなことをすること。
幸せになること。
私に利点しかない契約とも言えないものだった。
ただ、王族の結婚式には参加出来ないのでそれだけが残念だと伝えたら仕上がったドレスを着て見せてくれた。
結婚式の数日前に。いいのかそれでと思ったけれど、両陛下からの許可もとってるらしいので問題は無いそう。
しかもなんと殿下も一緒に結婚式の衣装を着てくれたので、私一人が間近で見れて贅沢な時間を過ごした。贅沢にも程があるというものである。
「ミーシャ、すごく綺麗だわ……」
「当たり前でしょう! 貴方もまたいい人がいたら結婚して幸せになった姿見せなさいよ! またあんなことになってみなさい。今度は王城で監禁するから」
「おい王太子妃になるやつが犯罪発言するのはやめろ」
「あら、いいじゃない。またクズみたいな男に引っかかるより」
「……それは、そうなんだが」
監禁の未来が待っているらしい。
殿下とミーシャの中では彼をクズと呼んでも伝わっているので、相当ミーシャが愚痴を言ったのだろう。私の話をしたあとは怒りのあまり、悪役の女王様か魔王のようだった。──もちろん、顔ではなくその怒りの様が。
「シアならきっと幸せになれるわよ。あのクズよりまともな男性なんてあちこちにいるんだから!」
シア。
私の新しい名前。リーリアのリアと音が似たシア。周囲が早く呼び慣れるほうがいい、となるべく似た音になるようにしてくれたのだ。
「顔だけクズのことなんか忘れて、幸せになりなさいよ! 絶対結婚式には呼ぶのよ!?」
「……この間から思ってたのだけれど。ミーシャ、彼の顔の良さは認めてるのね」
とたんに形容し難い顔をした。
確かに顔はいいけど認めてることを肯定したくないとでも言いたそうな、なんとも苦い顔。隣の殿下も似たような顔をしている。
「ふふ、結婚は機会があったら、ね……」
「ええ、それでいいのよ! 私は最低限、シアが幸せに生きててくれればそれでいいわ。欲を言えば貴女の結婚式に出たいことと、貴女の子供を抱き上げたいことだけれど。それは私の願望だもの」
「そうだな。それはミーシャの願望だから気負わなくていい」
願望くらい言ってもいいじゃない
せめて心にしまえ
とにこやかながらもテンポよく言い合いをしている二人。
「私、二人みたいな夫婦になりたいと思うの。燃えるような愛情じゃなくていい。家族愛でもいいから私と楽しく過ごせるような……そんな家庭がいいわ」
きょとん
とこちらを見る四つの瞳に思わず笑いがこぼれた。素敵な関係である。
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いつまでも王城にいるわけにはいかないため、諸々が終わったころ私は王城を後にした。
その後は、大通りより少しだけ外れたところにあるお店で働かせてもらえることになったのだ。
一階が店舗で、二階と三階に従業員が住んでいる所謂日用雑貨など色々な商品を売っているお店。
もちろん家がある人はちゃんと通いをしている。上の階は私のような人向けの部屋で、奥には共同のキッチンやバスルームが各階に完備されていて家賃は給料から引かれる。しかも男女でフロアが別れているのだ。
この、とても好条件すぎるお店はミーシャの実家が経営する店舗なのだ。もちろん紹介しては貰ったが、きちんと面接などの手順を踏んで、採用されている。
ちなみに面接はミーシャの友人だということは伏せたうえで。
何もかもが初めてで覚えることも沢山あり、 最初の数ヶ月はもう慌ただしく、嵐のように過ぎ去っていた。ふと気づくと肩につかないほどばっさり切ったはずの髪が、いつのまにか肩を越えるほどまで伸びていた。
そんなある日。
開店準備でお店の前を清掃していた時だった。
小さな声でリーリア様と呼ばれたのは。
あまり社交的ではなかった私は友人などミーシャくらいのもので、顔を覚えてる人がいるとは思えなかった。しかも声は男性。身内はシアと呼ぶので例外だし聞き覚えのない声。
声を忘れただけで実は元旦那か?と思い振り返った先にいたのは──少しだけラフな格好をした知らない男性だった。
……え、だれ?
声には出なかったものの、張っていた気が解かれて、ちょっと覚悟していた気持ちがしゅるしゅるとしぼんでいく。
元旦那の騎士団にも知り合いと呼べるような人物はいない。
ただ、ふわりと風に揺れる少し癖のある茶髪とラピスラズリのような深い青の瞳。見た事があるような気もする。が、知り合いにはいない。
「……あの、どなたですか。私リーリアって名前では無いのですが」
「ああ、すみません。多分覚えてらっしゃらないと思いますが、以前教会で……その 」
少し気まずそうに言い淀む。
教会?
私が覚えてない?
気まずい……?
首をひねり教会をいくつか思い出す。最近は行っていないので、遠くから見かけてと言うわけではなさそうだし、昔の名前を知ってる人物となると限られてくる。
「教会ですか。教会、教会………」
「数ヶ月ほど前の話になるのですが」
「……数ヶ月? 教会。──え、もしかして、あの……。私を馬車に詰め込んだ……?」
「ええ、はい。その時の騎士です」
そう彼はミーシャの護衛。あの日ミーシャの命令で私を捕獲し、馬車に詰め込んだ騎士だった。
なるほど、名前と顔を覚えられていても不思議では無いし、こちらが覚えていないのも仕方がない。
「思い出していただけて良かったです。あの時は命令とはいえ大変失礼いたしました。……あの時と比較するとかなりお元気そうで」
「お陰様で。あの時ミーシャの命令に従ってくださったからこうして元気に過ごせてます」
少し肩の力が抜けたようだ。
確かにあれは、女性を運ぶと言うよりは荷物か無抵抗の犯人を運ぶかのようだった。彼のために言うと、ちゃんと丁寧ではあった。担ぎ方に少し問題があっただけで。
「いえ。後から女性を運ぶには不適切だったと思い……謝罪をしようにも詳細を教えていただけず。お怪我はなかったと伺っておりますが、本当に申し訳なかったです」
「気になさらないでください。あれは……あの命令だとすぐ捕まえる必要があるように感じますし、致し方ないかと」
「そう言っていただけてほっといたしました。……あ、お仕事中ですよね。すみません、お邪魔しました」
ではと去っていく彼の背中に思わず声をかけた。
「あの、私の名前はシアです! 今度見かけても呼び間違えないようにお願いします!」
彼は分かりました!と声を上げながらふわりと笑った。
「……あ、お名前聞くの忘れたわ」
もし、次に会う事があればその時にでもいいだろう。
しかし、その数週間後。
「シア、貴女にお客様よ」
「……え? 私に、ですか?」
「表を掃いていたら声をかけられて。貴女がいるか聞かれたから」
「はあ……。お名前とか伺ってますか?」
「ジュードと名乗っていたわ。……ああ、あと名前聞いても分からないと思うとも仰ってたわよ」
どことなく浮かれている同僚。
「でも、開店前よ」
「数分で済むのでお店に迷惑はかけないそうよ。あ、店長の許可はいただいてるから!」
やることがあるのだろう彼女は足早に、少しだけ浮かれながら去っていく。
名前を聞いても分からず。店長の許可も得てるそうだし、待たせてしまうのも良くないと思い制服を気持ちだけ整えて入口へと向かう。
扉を開けた先にいたのは、先日謝罪してきた例の護衛さんだった。
「……あの、お呼びだと伺いましたが」
「あ、いえ……その。その後お変わりないかなと思いまして」
「特には変わりないですよ。……といってもまだつい数週間前のお話じゃないですか」
そうですよね
と少し恥ずかしそうに頬をかく。
「そんなに気になるなら、来週シアお休みなのでおふたりでどこか行ったらどうですかー!!」
と、上から聞こえた同僚の声。
見上げると三階部分から数名の女性が顔を出してにやにやしている。
そこまで気にしなくてもいいという私の主張は通らず、結局同僚が言った通りお出かけすることになったのだった。
大興奮の同僚達に着飾られ送り出された当日。
先日のラフさもありつつキチッとしたような格好で現れた彼。
そんな彼に綺麗ですねと笑顔で褒められたり、エスコートされたり、プレゼントをくれたり。……あれ、これはもしかしてデートなのでは。
「え、今気づいたんですか……? 最初からそのつもりでしたよ」
そんなことを言った彼は笑いながら、美味しそうにケーキを食べている。
「あの人に、鈍感だから外堀埋めてアプローチすると効果的だと聞いたので、一旦同僚の方を味方につけさせてもらいました。……ああ、ここのチーズケーキお好きなんですよね? 食べないんですか?」
ミーシャから情報が渡り、食べ物の好みなども熟知されていて。
「あの時すごくボロボロで、あんなに軽くて。本当に大丈夫なのか心配になって。そういう風にずっと貴女のこと考えてたらいつの間にか好きになってたんですよね」
「……お話ししたの先日が初めてですよね」
「そうですね。それでもやはり好きだなあと」
なので、覚悟してくださいね
嬉しそうに笑う彼の瞳は確かに熱を感じた。
元旦那からも向けられた事のない視線に少しだけドキッとした。
──前向きに考えてもいいのかもしれない。
バタバタしていて考えていなかったけれど、元旦那と上手くいかなくて本当に良かったのかもしれない。今後の楽しみと共に、何となくそう思った。
ここまで4作読んでいただきありがとうございます。
一応これで書きたかった(書きたくなった)お話は終わりです。