色をのせて
[好きを自由に]
何かをを嫌いになるのも、好きになるのもそんなくだらないことで嫌になる。
「好きに理由はいらない」と言うけれど、嫌いにも理由はいらない。
「何か嫌だ」と「何か好きだ」は受け取る人の都合で良し悪しが決まるものなんだから。
僕はピンクが好きだ。だけど小学生に入った時に顔も思い出せない誰かが、
「ピンクは可愛いと思っている奴の色」と声高々に言った。
クラスの男子はそれに同感して、口々に声を上げる。
僕は否定できなかった。声を上げられなかった。
僕はそれで水色を表面上好きな色にした。澄んで空のように明るい色はどんどん僕の心に影を落としていった。
僕はネイルが大好きだ。爪の先に色をつけて自分の世界を表現する。
だけど僕には手が出せなかった。ネイルは女の人のものだから。
歳を重ねるにつれて、どんどん増えていく偽りの好き。心を閉ざしていくのが自分でもわかる。
誰かの意見に左右されて生きていくのも嫌だ。だけど……、
人から嫌われるのはもっと嫌だ。
一人って本当に怖いことで、一人だと思っている人も絶対に一人なんかじゃない。
そのご飯は誰がくれた? 家は?
なんて数を挙げればキリが無い。誰かに助けられないと生きていけないのが人間だから。
だから僕は好きを隠した。誰にも嫌われないために、呆れられないために。
僕の居場所は偽りの僕が座っていた。
〈数年後〉
ジメジメして熱い季節。
夕暮れ時。空は赤色に染まっていく。
僕の爪の先にはマットになった黒いネイルが塗られていた。太陽の光すら反射しない完全な黒。僕はそれが美しいと思っていた。
だけど彼女は違った。
「そんなものつけて、女じゃないんだから」と顔を一発ビンタされ別れを告げられる。
みんなの視線は僕たちの方に集まり、まるで彼女が悲劇のヒロインで僕が悪役。 という構図ができあがっていた。
あぁ、ここにも僕の居場所はないのか。
そんなことの帰り道。僕はネイルを落とそうと、ネイルサロンに行こうと思っていた。
自分で頑張って自分で塗って良くできたと思っていた。
沢山勉強して、必死に塗ってやっと上手くいったのに。彼女は「そんなもの」といった。
自分にとっての価値は他人から見たら違うのだ。
気づいたらネイルサロンの前に立っていた。
看板には『遊蘭』と書かれている。
少し暗くなった空のした僕はドアノブを手で握った。左に捻り、ドアを押す。
カランとなった木製の風鈴。
「いらっしゃいませ」と出迎えてきたのはピンクの髪を一つに結った男性だった。
黒いエプロンが髪をより際立たせている。
「ネイルを落としてもらっていいですか?」
僕はおぼつかない言葉遣いで話す。男のピンク髪に圧倒されたのか、ネイルをしている男に戸惑ったのか。
「ではこちらに」
と言われ案内された部屋はキラキラとした小瓶が並び、丸椅子とレトロな机が置かれていた。
僕は手を置き椅子に着く。
「どうして外そうと?」
と尋ねてきた店員。
「いや、特に……。」
「自分で塗ったのですか?」
「はい」
「綺麗ですね」
と笑った彼はゆっくりと僕の爪を眺めた。
「ありがとうございます」
「誰かに何か言われましたか?」
「‼︎、はい」
「彼女に男なのにって」
「貴方の好きは隠す必要なですよ。
貴方の一度きりの人生ですから。価値は貴方にしか決めることはできないですから。」
そこから僕は糸が切れたかのように彼にいろいろ話してしまった。
ピンクが好きなこと。彼の髪の色が好きなこと。ネイルが好きなこと。
途中で涙ぐんでいたかも知れない。
そんな僕を彼はゆっくりと相槌を打ちながら聞いていくれた。
初めて心を曝け出すのは怖かった。だけどこの人なら平気だと思った。
何故だろうか。彼の人格を気に入ったのだ。
理由なんてない。
「ありがとうございました!」
「またいらして下さい」
「はい。」
と店を出た僕の爪にはピンクの海が描かれていた。
自分の好きを伝えたところ、こんなのはどうかと提案してくれた。今の季節にふさわしい海と好きなピンク色。
初めて派手な色を乗せた爪は輝いて見えた。
ちなみに親指には、飛燕草が咲き誇っていた。
好きなものを嫌いになる前に、行動できて良かった。
好きなものを諦めないで良かった。
僕の人生なんだから。
〈数ヵ月後〉
『はい、こちら遊蘭でございます』
「すいません。予約したいのですが」
『ありがとうございます。日程は?』
「はい……」
偽りの僕は壊れ落ちていった。
偽りの僕が座っていた椅子はボロボロになり、新しい場所に椅子を作った。
ありのままの自分を愛してくれ、受け入れてくれるとこに。
これで『色をのせて』は完結となります。
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