クラウディオ・ケラヴノス 二十七
あれから人間の世界では二十年くらい経ったらしい。
エリィは相変わらず仕事が終わるとほぼ毎日ここに来て、一晩過ごして直接出勤する。ここにいる間、人は年齢を取らないので、僕は未だに24歳のままだし、エリィもどう見ても三十前後のままだ。
さすがに見た目が若すぎるので違和感を覚える人が出てくるのではないかと気がかりではあるが、それこそ創世神が何とかすべき事だろう。
僕たちをここに連れてきたのは完全に彼女の都合と気まぐれの問題なのだから。
彼の政務がたまっている時は、ここに書類を持ち込んで一緒に処理する事にしている。たまに旧友のマリウス殿下やマシューから相談の手紙を寄越すので、気が向いた範囲で返事を書いたりもする。
自分から常世に関わろうとは思わないが、ちょっと知恵を貸すくらいで役に立てるなら、旧友の頼みくらいは聞いてあげるのもやぶさかではない。何しろ今は時間がたっぷりあるのだから。
最近、エリィが職場で面白い子を見つけたとご機嫌だった。どうやら僕の兄弟子の教え子が警邏を担当する第二旅団にいるらしい。鮮血の白薔薇、なんて大仰な二つ名を持つその子は、自分の所属する部隊の本来の任務である犯罪捜査と治安維持にあたりつつ、国境付近での小競り合いに派遣されてはそのたびに目覚ましい軍功をあげているそうだ。
生真面目で一生懸命なところが昔の僕を見ているようで可愛いよ、と笑っていたが、目をつけられた彼はなかなかに苦労しそうだ。
このシュチパリアは一見平和だが、周辺諸国をめぐる情勢は日に日に緊迫感を増している。今はたまたま旧カロリング王国周辺で紛争が相次いでいて、列強があちらで利権を争ってくれているから見逃されているだけ。
文明の十字路と言えば聞こえは良いが、諸大国の隙間におさまった、吹けば飛ぶような小国のこの国は、いつ何かのついでに蹂躙されてもおかしくない立場なのだ。
地理的に考えて、オスロエネの影響下に入るか、さもなくばオストマルクの軍門に下るか……最悪の場合はヴァリャーギに蹂躙されるか。遠からずしていずれかの大国に飲み込まれ、実質的にこの国は地図の上から消え去るだろう。
どう転ぶにせよ、白薔薇くんが十年以上生き延びる事はまずないだろう。
数々の手柄を立てた二つ名持ちで、治癒魔法の名手、しかも若くて見目が良く、将兵に人気がある。そんな将校が戦時に放っておかれる訳がない。
生真面目なその子は背負わされた期待に応えるために精一杯自らを差し出し続けるだろう。そして前線でそこまで目立った功がある……言い換えれば敵国から恨みを買っている武官が、講和時に人身御供になるのはよくある事だ。
幸運にも戦死するのでなければ、贖罪の山羊となる可能性が高い。
何もかも差し出させられ、最期に何もなくなって切り捨てられる時に、その子がどんな顔をするだろうね?エリィは人の悪い顔で笑っていた。
僕には関係のないことだけど、それでも彼の最期があまり悲惨なものにならない事を願いたい。
しょせんはどこまでも他人事で、「寝覚めが悪いのは嫌だから、気が向いた時に適当に祈っておく」程度の気持ちなんだけど。
茜色に染まった僕たちだけの秘密の花園で、僕はただエリィと在ることだけを心から望んでいる。